身代わり婚約者になった元悪役令嬢役女優、塩対応しかしてないのになぜか溺愛されてます。

真曽木トウル

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◇48◇ 【マレーナ視点】謝罪

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 しばらく、その場の時が止まったように、しんと静寂が満ちました。
 ……くっ、と、我慢できなかったように大公殿下が口の端を持ち上げます。


「そんな……いや、きっと、逆側の肩なのだ!!」


 乱入者の重臣がそう言い、「いい加減にせよ、下郎が」眉をひそめたギアン様がわたくしの前に出ようとするのを止め、わたくしは逆側の肩も、服をめくって見せました。

 重臣も『協力者』の方々も、傷ひとつないわたくしの肌を見て、わなわなと唇を震わせるのです。


「…………まさか、マレーナ嬢ご本人?」

「最初からそう申し上げておりますわ。どなたと勘違いされたのかは存じ上げませんが、まぁ、聞き捨てならないことを並べたててくださいましたわね」


 カッ、カッ、カッ。わざとヒールの音を立てながら、わたくしは無礼で不敬な殿方たちに近づきました。

 青い顔の不摂生な老中年の男たちが、わたくしをにらみつけます。
 世間知らずの若い娘など、手のひらで転がせると思っていたのでしょうね?
 事実、手のひらで転がされて、愚かなわたくしは最愛の方の名誉を傷つけるところでした。

 ────怒っているのは、わたくしの方ですわ。


「こともあろうに、わたくしたちの崇拝する王太子殿下が、外交交渉の場に愛人を同行させるなどと? しかもそれが、同盟国たるレイエスの大公子の婚約者? あきれ果ててものが言えませんわね」

「……そ、それは!! その……」


 彼らの本当の目的は、わたくしを王妃にすることなどではなかった。
 王太子殿下の名誉を汚し、ベネディクト王国とレイエス大公国の間に不和を起こすこと。

 彼らの思惑どおりならば、わたくしは離れたベネディクトの王都におり、しかも誰にも見られないように邸の中に籠っているはずだったのです。
 ならば、少なくとも、このレイエス大公国の人々に対して
『マレーナ・ファゴットはクロノス王太子殿下と同行してはいない』
と証明することは非常に困難になってしまうはずだったのです。

 それを潰す、唯一の手段が、この場でわたくしがリリスと再度入れ替わることでした。


「────茶番は終わったか?」


 大公殿下が涼やかな声をあげます。
 紛れもない女性の声なのですが静かな威厳に満ちており、何か言いかけた『協力者』たちが一斉に黙りました。

 ────いまさらながら、この黒髪の凛とした女性は一国の元首なのだということを、わたくしは思い出させられたのです。


「ずいぶんと、我が国の顔に泥を塗りたくってくれたものだな。その答えが、人違い?
 怒りを通り越して呆れるところだが、我が弟の婚約者を侮辱した責は重いぞ」

「お、お待ちくださいっ」
「このマレーナ・ファゴットはっ」

「幸い、レイエス大公国の自治において、ベネディクト貴族の身柄も不可侵のものではない」


 大公の臣下、一目でいずれも武術の達人とわかる身のこなしの面々が、さっと乱入者たちを拘束します。

「な、何をなさるのですか!?」

「そなたらの身柄はいま我々が押さえる。王太子殿下のお戻りを待てはしまい。早急にベネディクトの国王陛下と宰相閣下に報告し、しかるべき処断を下していただこう」

「なん、だと!? この、レイエス人風情がッ貴様……」

「黙らせろ」


 何かしら悪態をつきかけた重臣の方は、レイエス大公の臣下の手によって軽く当ておとされ、簡単に気を失ってしまったのでした。


「牢獄に入れておけ」


 大公殿下の指示に、不埒な乱入者たちは引きずられるように連れていかれました。

 さらに殿下がお手をおふりになると、それが人払いの合図だったのか、わたくしと、ファゴット家の面々、そして大公殿下とギアン様を残し、レイエス側の人々はささっと下がっていきます。

 朝食のためのテーブルと、少しの人数が残る中で、大公殿下は一番大きな椅子にお掛けになり、指を組んでわたくしを見やります。

 なんというのか……厳しい表情ではございません、むしろほのかに笑っているようにさえ見えるのに、そのたたずまいには嘘を許さぬものがありました。


「狼藉ものどもを止められず、騒々しい目に遭わせたこと申し訳ない。時に、マレーナ殿」

「……はい」

「私に何か、言うことは?」

「まことに……まことに申し訳なく存じております……大公殿下」


 …………わたくしはスカートの裾をもち、深く頭を下げました。
 聡明なる大公殿下は、どうやらすでにお見抜きになっていらっしゃったようです。


「た、大公殿下。わたくしが、その」

「侯爵。家長の責は後で問う。私はいま、マレーナ殿に聞いておるのだ」


 ……すう、と深く息を吸い、わたくしは背筋を伸ばしました。
 ベネディクト王国の貴族社会の根底には、女とは夫か父親の所有物という思考が息づいております。それに従えば、わたくしがしでかしたことの責は、父であるファゴット侯爵にあるということになるのでしょう。

 しかし、今、大公殿下は、わたくしに問うています。
 わたくしの責任を問うているということです。父親の所有物ではなく、1人の独立した人間として、見て。

 ……本当ならば義姉になるはずだった方に、深く深く、心から、わたくしは頭を下げました。


「お久しゅうございます。マレーナ・ファゴットにございます。このたびは、わたくしの不心得により、多くの皆様を巻き込み、ご迷惑をおかけしましたこと、お詫び申し上げます」


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