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4 人生が狂ったあの日のこと④
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(知らせがいっているということは、お父さまとお母さまももう知っているのよね? ずっといらっしゃらなかったのは……お忙しかったのかしら?)
不安で仕方ない。
早く両親の顔が見たい。
いつものように抱き締めてほしい。
私たちは馬車に乗って、邸に帰る。
馬車に揺られている間に日は沈んでしまい、不安はますます大きくなる。
早く早く、と心が急く中、ようやく馬車はヴァンダービル伯爵邸についた。
私は急いで馬車を降り、扉のノッカーを鳴らす。
玄関扉はゆっくりと左右に開かれた。
「あっ、お父様、お母様っ」
ホールで並んで待つ、お父様とお母様の姿。
私を待っていてくださったんだわ。やっと会えた。良かった。
思わず私は駆け寄り……
「この、馬鹿者がっ!!!」
(……え……)
お父様に力まかせに頬をひっぱたかれた。
(…………?)
一瞬意識が飛び、気がついたら目の前に床があって這いつくばっていた。
痛かった。それ以上に、何故という思いでいっぱいになった。
(何が起きたの? …………お父さま?)
「お、お嬢様っ、お怪我はっ……」
混乱するアンナに助け起こされながら、お父様を、床から見上げる。
子どもの私よりも遥かに大きいそのお姿は確かにお父様なのに、この時別人みたいに恐ろしく見えた。
「マージェリー、おまえは……自分が何をしでかしたのかわかっているのか!?
この……この、ヴァンダービル家の名に泥を塗ったんだぞ!?」
(え……え?)
これまで見たことがない顔で、私を睨みつけてくる。
自分の娘じゃなく、まるで自分の敵のように。
お母様の顔を見た。苦々しいお顔で、目があった瞬間顔を背けられた。
(……どういう、こと?)
「あ、あのっ、お待ちください、旦那様!
お嬢様が誘拐されましたのはっ、私が一瞬お嬢様から目を……ゔっ!?」
「アンナっ!?」
私をかばったアンナもお父様にお腹を蹴られた。
「まったくだ! ヴァンダービル伯爵家にふさわしい淑女になるよう金と手間ひまをかけて育てた娘を、たった一日で傷物にするとは! 恩知らずの田舎娘が!」
(きず……もの?)
「この無能め、とっとと出ていけ!!」
「うっ!」
「やめて、おとうさま!」
床にうずくまり、痛みにうめくアンナをさらに蹴りつける。すがりついた私の顔を、お父様は一瞥する。
「あっ!?」
また乱暴に振り払われた。
お父様は神経質そうに髭をいじり、もうこんなものは見たくもないと言いたげなため息をつく。
そして「説明しておけ」とお母様に命じて踵を返した。
「まっ、まってくださ……おとうさま!」
お父様の背を追おうとした私を、お母様が押し止めた。
「やめなさい、マージェリー。
貴女が悪いのよ」
「お母様、いったい……どういうことなのです」
「もしたとえ実際には何もされていなくても、誘拐された娘は、もう純潔だとは見なされない。
それが貴族の世界のルールなのよ」
「……?」
純潔って……?
「つまり、マージェリー、貴族の娘としてあなたはもう傷物。不良品。一生結婚はできず、社交界で淑女として扱われることはない。処女ではないと見なされているから」
処女って、何?
お母様はなんの話をしているの?
「そしてそれは家の醜聞ともなる。
傷物の娘を出した家の名誉もまた地に落ちるの。
社交界の笑い者よ。人々の記憶に残る限り、私たちは好奇の目に晒され続けるのよ。あなたのせいでね」
「わたし、わたしは……」
「お父様とお母様だけじゃないわ。
これはジェームズとエヴァンジェリンの将来にも関わる事態なのよ。
跡継ぎのジェームズはともかく、エヴァンジェリンは結婚できないかもしれないわ。
あなた一人のせいで」
「そんな…………」
(……助けてもらえたと、無事に帰れたと思ったのに、何が起きているの……? 私は知らずにとても悪いことをしてしまったの?)
お母様は苛立たしげに扇子をバチンバチンと鳴らす。
「ああ、もう……アンナったら、なんで誘拐だとわかったらすぐ邸に戻らなかったのよ」
(……?)
「身代金目当ての誘拐だったのでしょう?
さらわれた後騒がずに犯人からの連絡を待って、こちらがおとなしく身代金を払ってマージェリーを返してもらえていたら……誰にも知られず、マージェリーの名誉も我が家の名誉も傷つかずに終わったかもしれないのよ?」
「で、でも、そんなことをしたらお嬢様の御身が……!」
「何かあっても、誰にも知られなければなかったのと同じことなのよ。言わせないでちょうだい。
大騒ぎして、憲兵や騎士団が動いて、しかも周りの一般の平民たちまで捜索に協力したなんて……。
ヴァンダービル家の長女マージェリーが誘拐されたことは、もう王都中に知られてしまったに違いないわ。
本当にもう……なんてことをしてくれたの、あなたたちは!」
────誰にも言わなければ、お嬢ちゃんとおうちの『名誉』は傷つかないんだからね。
────ま、まさか!? き、貴族だろ? 貴族が、そんなこと、するわけ……っ。
お母様が言っていることは相変わらずわからないけど、私をさらった犯人の不可解な言葉が、少しだけわかった気がした。
なぜか、貴族は、娘がさらわれたとしても『大事』にはしないのだという。
だから犯人は今回もそうなると踏んで、私を標的にしたのだ。
その目論見は、貴族の常識にかまわず私を助けるために必死で周りの人に助けを求めたアンナによって崩れてしまった。
「……マージェリー。朝一番で領地に向かいなさい。お父様が良いというまで、あちらの邸に大人しく籠るのよ。
それが今あなたのできる唯一の償いよ」
私は一晩、真っ暗な納戸に閉じ込められ、夜明けに、暗い面持ちの使用人たちの手で馬車に押し込まれた。
お兄様とエヴァンジェリンには会えないまま、そして結局アンナがどうなったかもわからないままで。
***
不安で仕方ない。
早く両親の顔が見たい。
いつものように抱き締めてほしい。
私たちは馬車に乗って、邸に帰る。
馬車に揺られている間に日は沈んでしまい、不安はますます大きくなる。
早く早く、と心が急く中、ようやく馬車はヴァンダービル伯爵邸についた。
私は急いで馬車を降り、扉のノッカーを鳴らす。
玄関扉はゆっくりと左右に開かれた。
「あっ、お父様、お母様っ」
ホールで並んで待つ、お父様とお母様の姿。
私を待っていてくださったんだわ。やっと会えた。良かった。
思わず私は駆け寄り……
「この、馬鹿者がっ!!!」
(……え……)
お父様に力まかせに頬をひっぱたかれた。
(…………?)
一瞬意識が飛び、気がついたら目の前に床があって這いつくばっていた。
痛かった。それ以上に、何故という思いでいっぱいになった。
(何が起きたの? …………お父さま?)
「お、お嬢様っ、お怪我はっ……」
混乱するアンナに助け起こされながら、お父様を、床から見上げる。
子どもの私よりも遥かに大きいそのお姿は確かにお父様なのに、この時別人みたいに恐ろしく見えた。
「マージェリー、おまえは……自分が何をしでかしたのかわかっているのか!?
この……この、ヴァンダービル家の名に泥を塗ったんだぞ!?」
(え……え?)
これまで見たことがない顔で、私を睨みつけてくる。
自分の娘じゃなく、まるで自分の敵のように。
お母様の顔を見た。苦々しいお顔で、目があった瞬間顔を背けられた。
(……どういう、こと?)
「あ、あのっ、お待ちください、旦那様!
お嬢様が誘拐されましたのはっ、私が一瞬お嬢様から目を……ゔっ!?」
「アンナっ!?」
私をかばったアンナもお父様にお腹を蹴られた。
「まったくだ! ヴァンダービル伯爵家にふさわしい淑女になるよう金と手間ひまをかけて育てた娘を、たった一日で傷物にするとは! 恩知らずの田舎娘が!」
(きず……もの?)
「この無能め、とっとと出ていけ!!」
「うっ!」
「やめて、おとうさま!」
床にうずくまり、痛みにうめくアンナをさらに蹴りつける。すがりついた私の顔を、お父様は一瞥する。
「あっ!?」
また乱暴に振り払われた。
お父様は神経質そうに髭をいじり、もうこんなものは見たくもないと言いたげなため息をつく。
そして「説明しておけ」とお母様に命じて踵を返した。
「まっ、まってくださ……おとうさま!」
お父様の背を追おうとした私を、お母様が押し止めた。
「やめなさい、マージェリー。
貴女が悪いのよ」
「お母様、いったい……どういうことなのです」
「もしたとえ実際には何もされていなくても、誘拐された娘は、もう純潔だとは見なされない。
それが貴族の世界のルールなのよ」
「……?」
純潔って……?
「つまり、マージェリー、貴族の娘としてあなたはもう傷物。不良品。一生結婚はできず、社交界で淑女として扱われることはない。処女ではないと見なされているから」
処女って、何?
お母様はなんの話をしているの?
「そしてそれは家の醜聞ともなる。
傷物の娘を出した家の名誉もまた地に落ちるの。
社交界の笑い者よ。人々の記憶に残る限り、私たちは好奇の目に晒され続けるのよ。あなたのせいでね」
「わたし、わたしは……」
「お父様とお母様だけじゃないわ。
これはジェームズとエヴァンジェリンの将来にも関わる事態なのよ。
跡継ぎのジェームズはともかく、エヴァンジェリンは結婚できないかもしれないわ。
あなた一人のせいで」
「そんな…………」
(……助けてもらえたと、無事に帰れたと思ったのに、何が起きているの……? 私は知らずにとても悪いことをしてしまったの?)
お母様は苛立たしげに扇子をバチンバチンと鳴らす。
「ああ、もう……アンナったら、なんで誘拐だとわかったらすぐ邸に戻らなかったのよ」
(……?)
「身代金目当ての誘拐だったのでしょう?
さらわれた後騒がずに犯人からの連絡を待って、こちらがおとなしく身代金を払ってマージェリーを返してもらえていたら……誰にも知られず、マージェリーの名誉も我が家の名誉も傷つかずに終わったかもしれないのよ?」
「で、でも、そんなことをしたらお嬢様の御身が……!」
「何かあっても、誰にも知られなければなかったのと同じことなのよ。言わせないでちょうだい。
大騒ぎして、憲兵や騎士団が動いて、しかも周りの一般の平民たちまで捜索に協力したなんて……。
ヴァンダービル家の長女マージェリーが誘拐されたことは、もう王都中に知られてしまったに違いないわ。
本当にもう……なんてことをしてくれたの、あなたたちは!」
────誰にも言わなければ、お嬢ちゃんとおうちの『名誉』は傷つかないんだからね。
────ま、まさか!? き、貴族だろ? 貴族が、そんなこと、するわけ……っ。
お母様が言っていることは相変わらずわからないけど、私をさらった犯人の不可解な言葉が、少しだけわかった気がした。
なぜか、貴族は、娘がさらわれたとしても『大事』にはしないのだという。
だから犯人は今回もそうなると踏んで、私を標的にしたのだ。
その目論見は、貴族の常識にかまわず私を助けるために必死で周りの人に助けを求めたアンナによって崩れてしまった。
「……マージェリー。朝一番で領地に向かいなさい。お父様が良いというまで、あちらの邸に大人しく籠るのよ。
それが今あなたのできる唯一の償いよ」
私は一晩、真っ暗な納戸に閉じ込められ、夜明けに、暗い面持ちの使用人たちの手で馬車に押し込まれた。
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