贖罪のための求婚はお断りします ~虐げられ令嬢は自立したいけど王弟殿下は甘やかしたい~

真曽木トウル

文字の大きさ
18 / 26

18 お誘い①

しおりを挟む
     ***

 ロデリック殿下が王宮に出掛けられた翌々日の午後、ウィズダム城にアンナがやってきてくれた。
 この日の授業は早めに切り上げてもらい、私たちは二階のテラスでゆっくりお茶をする。
 庭園の薔薇が一望できる、私のお気に入りの場所のひとつだ。


「マージェリー様、このまえお会いした時よりずっとお顔色が良くなられましたね!
 こちらのお城には慣れましたか?」

「ええ。毎日とても楽しいわ。
 ねぇ、私、アンナのお仕事についてのお話がすごく聞きたいの。いろいろ聞いても良いかしら?」

「どうぞどうぞ!
 政治にかかわる仕事なので、内容によってはお話しできないこともありますけど」

「じゃあ、ええとねぇ、まずは……」


 紅茶とお菓子をいただきながら、アンナのお仕事の話を聞くのはとても興味深かった。

 彼女の父親は元々、国内屈指の豪商の家出身の官僚で、功績を認められて男爵になった人だ。
 貴族ではあっても元々社交界とは距離があった。そのため醜聞が直接立場に影響を与えることもなかったし、また、何か多少のことはあっても動じないほどお金持ちでもあった。

 もしこれが普通の貴族の家だったら、アンナも、私が想像していたように修道院に送られたり、領地の邸にずっと閉じ込められたりしていたのだろう。

「はっきり申し上げて、恵まれておりました。ありがたいことに」とアンナは言った。

 それでも、彼女がいまの地位にあるのはたくさん努力した結果だし、国を動かすお手伝いをするのは、責任が重いと同時にとてもやりがいがありそうだ。

 一方、アンナは私の近況を聞いてきた。
 基本的には私から語ることは楽しいことばかりだ。だから途中までアンナは「良かったですねぇ」とにこにこしていたのだけど、殿下が夫候補を紹介してくださるとおっしゃったけどお断りした、という話をすると、ん?という顔をした。


「その夫候補ってどういう方々なのか聞きました?」

「ええと……具体的に候補を決めていたわけじゃないと思うの。夫候補を紹介する、とだけおっしゃったので」

「で、お断りになったと」

「ええ。私は醜聞もちだし、結婚したら相手の方に迷惑よ。それに八歳から十年間教育を受けてきていないもの。
 貴族の夫人には社交や家絡みでたくさん仕事があるし、文官や騎士の妻だって夫をサポートする仕事があるでしょう? きっと力不足だわ。
 それより、この十年の分取り戻せるように勉強して、自分で稼いで生きていけるようになろうと思っているのよ。
 アンナみたいに自分一人の力で生きていける女性になりたくて」

「まぁ……自力で稼いで生きていける方が安心ではあると思いますが」


 真顔になったアンナは、急に私の両肩を掴んだ。


「マージェリー様、僭越ながら一つ申し上げたいことがございます」

「え、なに?」

「それでも、結婚を選択肢から外さない方が良いと思います」

「???」

「完全にご自身のお気持ちだけで結婚したくないとお思いなら別です。私のように男なんてめんどくさいという女もいますから。
 ただ、いまのご自身の価値を低く見積もって結婚に尻込みなさっているなら、その必要は全然ないと思います」

「……え、ええ……」

「マージェリー様は賢明で、努力もできる方でいらっしゃる。それにまだまだお若いです。お優しいしお顔も可愛いです。一緒に人生を歩みたいと思う男性はたくさんいると思いますよ」


 どう返事をして良いかわからず目を泳がせると、うしろで、なぜかリサがすごい勢いでうなずいていた。


「あと……実はですね、貴族令嬢は、令息に比べればそれほど教育に力を入れられてないことが多いんです」

「……そうなの?」

「ドレスや持参金にお金がかかるから、というのもありますけど、女に学をつけると婚家で素直に従わなくなるから……みたいな考え方のせいでもありますね。
 だから正直、マージェリー様がそこまでお気になさる必要はないと思います」


 なるほど……。

 同年代や年上の貴族令嬢たちがどんな風な人生を歩んでいるのか、私は全然知らなかった。
 私はまだまだ世間知らずなのだわ。


「ああ、もちろん、結婚すべきとか言っているわけではありません。
 ただ選択肢には入れておいて良いと思うのです。
 ロデリック殿下なら変な殿方は紹介しないでしょうし、一度お会いしてみても良いんじゃないですか?」

「……でも、私には醜聞スキャンダルが」


 そこで、リサが私の前に紅茶のおかわりをコトンと置いた。


「私も、結婚は是非なさって良いと思いますけどね。
 でも、すでにとても素敵な男性が同じ城にお住まいですからねぇ」

「ちょっ……リサっ」


 そのリサの言葉にアンナが「あ! なるほどなるほど、そういう……」と何かに納得して、それからなぜか二人は目で会話をし始める。


「失礼しました、マージェリー様。そういうことなら余計なことを申し上げてしまったようです。お許しください」

「そういうことならって何!?」


 リサとアンナが何か良くない方向で合意してしまった。


「あっ、あのね、待って?
 殿下の求婚は、ちょっと思い違いをなさっていたからだし、それはもうちゃんとお断りをしているの。だから殿下は……」

「私がどうかしたのか?」

「!!!???」


 いきなり、そこにいるはずがない人の声。
 口から心臓が飛び出るかと思った。
 胸をおさえ、呼吸を整えながら、私は後ろをふりかえる。
 幻ではなく、ロデリック殿下がそこに立っていらした……。


「で、殿下。おかえりなさいませ。お戻りは夜だったのでは……」

「予定を切り上げてきた。アンナ嬢やリサと話が盛り上がっていたようで何よりだ。ところでマージェリー嬢」

「は、はい」

「二日休みを取ってきた。明日は出掛けよう」

「は、はい!?」


 耳を疑った。あの、お忙しい殿下が!?


「二日あれば湖畔の別荘にも行っても良いし、ピクニックという手もあるな。王都でいろいろ遊んでも良い。君の希望を聞きたい」

「希望……と……いわれましても……」


 殿下とお出かけ……!?
 同じお城に住まわせていただいてるけれど、一緒にお出かけはまた別次元だ。
 別次元過ぎて頭がぐるぐるする。


(こ、これってデート!? デートということになるのかしら……いえそんなわけない。求婚は私からお断りしているのだし)


「すぐには浮かばないか。夜までに考えておいてくれ」

「そ……そうです、ね……?」


(そうだわ……きっと、私の気晴らしのために考えてくださったのだわ……。お忙しいのに、本当にお人が良いのだから……)


 心臓がバクバク騒いで、考えはまとまりそうになく。
 アンナとリサの方を盗み見ると、二人は小さく拳を握って『がんばってください』と口パクしてくるのだった。

      ***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃

ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。 王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。 だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。 ――それでも彼女は、声を荒らげない。 問いただすのはただ一つ。 「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」 制度、資格、責任。 恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。 やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。 衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。 そして彼の隣には、常に彼女が立つ。 派手な革命も、劇的な勝利もない。 あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。 遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、 声なき拍手を聞き取る。 これは―― 嵐を起こさなかった王と、 その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...