贖罪のための求婚はお断りします ~虐げられ令嬢は自立したいけど王弟殿下は甘やかしたい~

真曽木トウル

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21 お誘い④

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 ……殿下に身を委ねて、どれほど時間がたっただろう。
 冷静な自分が返ってくると同時に、いま自分が、殿下に抱き締められているのだという事実が脳を焼き始めた。

 燃えるかと思うほど顔が熱くなり、恥ずかしくてたまらなくなって殿下の腕から逃れてしまった。


「!……すまないマージェリー嬢。嫌だったか」

「そんな! そんなことは断じてありません……!」


 殿下の体温があまりに安心できるから。
 弱い自分がつい甘えてしまったのだ。
 本当に、私は恥ずかしいところばかり殿下に見られてしまう。ゴシッと目をこすって涙を拭き取った。


「もう大丈夫です。ご心配をお掛けいたしました」

「本当に大丈夫か? 無理をしていないか?」

「大丈夫です、殿下」


 こんなことで精神やられている場合じゃない。私は強くならないと。


「せっかく作ってくださったお時間を無駄にしてすみません。次に行きましょう、殿下」

「次か……大丈夫か?」

「大丈夫……かと」


 殿下が仰りたいことはわかる。
 美術館の次に行きたかったのは王立博物館だ。だがそれは王立公園に隣接している。


「馬車の窓から、外を見なければ……公園さえ目に入らなければ、きっと」

「いや、やめておいた方がいい」

「……殿下?」

「一度心に重い負荷がかかったのだ。落ち着いたとは言っても無理は禁物だ。博物館は日を改めよう」

「……はい……」


 悔しい。
 今日は私のために殿下が用意してくださった日なのに。
 どうしてあんな誘拐犯に縛られなければならないんだろう。十年もたっているのに。悔しい。


「すみません……本当に申し訳ございません」

「いや、謝ることではない。
 このあとの予定をどうするか。そうだな……」


 殿下は私を見て、少し思案なさったあと、こう仰った。


「少し変わった場所に行っても大丈夫か?」


     ***


 そこは確かに、貴族が来ることはまずない場所だった。


「美味しいよー! チーズいり白身魚のフライだよ!」

「パリッパリホックホクの揚げ芋よ! ハーブがたっぷりかかって一度食べたら癖になるわよ!」

「ゴロゴロの豚かたまり肉のワイン煮だよ! 脂がトロットロだ! パンに乗せて食べると頬っぺたが落ちるよ!」


 平民たちが行き交う市場の一角……雑多な屋台が詰め込まれるように並んでいるその空間は、むわっとした異様な熱気と活気に包まれていた。


「ここは、食べものを売っているのですか?」

「食べ歩き前提の屋台群だ。騎士団にいた頃よく仲間とここに来た。いつもわずかな給金を握りしめて何を食べるか吟味していたな」


 余談だけど、殿下はいま、王侯貴族と一目でばれる上着をお脱ぎになり、さらに頭に銀髪のカツラをかぶっていらっしゃる。
 さすがに王弟殿下と即バレてしまいかねない見た目で平民たちの巣窟に入るのはご遠慮なさったようだ。確かにパニックが起きてしまうものね。

 でも殿下の浅黒い肌と綺麗なお顔と銀髪の組み合わせはこれも反則級に素敵で、先ほどから道行く女性たちの視線を一人占めしている。


(騎士団にいたころということは、あの頃の殿下もここに通っていらしたのね)


 十五歳の殿下が、騎士見習いの仲間の少年たちと何を食べようかと迷っている図を想像すると、何だか微笑ましくて可愛い……。

 さっきまで重い気持ちでいっぱいだったのに、否応なく気分が高揚する。


「そうだな、よく食べていたのが……ああ、あった」


 殿下はある屋台で、こんがり焼けたお肉を二本買っていらした。

 見せられて、目を丸くする。
 それは、みっちりと大きく重たいお肉の塊が、沿った骨にくっついたものだった。
 香辛料の香りが鼻をくすぐる。


「羊のあばら肉だ。旨いぞ」
「はっ……はいっ。ありがとうございます」


 手袋をはずし、お肉を受け取った。
 手掴みでものを食べるのが久しぶりだけど、何だかとっても美味しそう。
 でもお行儀よく食べるのは難しそう。

 熱々のお肉をふうふうと吹いて、思い切ってガブリとかじってみる。


(……!!! お……美味しいっ!!!)


 何にたとえたら良いのだろう。炭火がつけた香ばしい焦げとたっぷりの肉汁と羊肉の風味と塩気と香辛料が、口のなかでたまらないハーモニーを奏でる。
 咀嚼すると、肉がプリプリぷるぷると口のなかで弾んで、更なる肉汁と旨味があふれだす。


「……これ、美味しすぎますっ……!」
「だろう? ここの羊肉がいまでも一番好きだ」


 殿下の、歯並びのいいお口が肉を咥え、引き裂き、はむっと召し上がっていく。
 それを見ていて、なぜかドキドキした。


(私、さっきはあんなことになったのに……ロデリック殿下と一緒にいると、すっかり頭のなかが殿下でいっぱいになってしまってる)


 抱き締められたさっきの感触がよみがえる。頬が熱い。
 うつむきながらお肉を食べ、ちらりと殿下を見ると、殿下はこちらを見ながら微笑んで召し上がっている。
 周りに人はいるけれど二人きりで歩きながら同じものを、しかも十年前の殿下も召し上がっていたものを食べられているなんて。

 殿下よりも大分遅れてお肉を食べ終えると、不意に口に押し付けられるものがあった。


(!!)


 なんと殿下が、ハンカチで私の口を拭ってくださっている……?
 確かに、夢中になってお肉を食べたから、口の周りが脂だらけだ。


「す、すみませ……むぐ」
「うまそうに食べていたな」


 ハンカチ越しに殿下の長い指の先が、私の唇を、口周りを、丁寧に優しくぬぐっている。
 心臓の音が、さっきと違った意味でうるさくて、殿下に聴こえてしまうんじゃないかって思うぐらい。きっといま私の顔、真っ赤になってしまってる。


「骨を」
「え、あ、いえそんなっ」


 私の手に残っていた骨をヒョイと摘まんで、殿下は屋台の前のゴミいれに入れ、ご自身もハンカチで手を拭いた。


「あ、あのっ、ありがとうございますっ、その……」


 恥ずかしくて、殿下と目が合わせられないままお礼を言う。
 なぜだか殿下も私から目をそらしながら「ああ、いや、その……気にしないでくれ」とおっしゃって、ご自身の指先をちらりと見た。

(……?)

 私が違和感を覚えたのは一瞬のことで。


「さぁ、おすすめはまだまだあるぞ。行こう」


 明るく殿下に声をかけられ「は、はいっ」と私は返事をした。
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