贖罪のための求婚はお断りします ~虐げられ令嬢は自立したいけど王弟殿下は甘やかしたい~

真曽木トウル

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23 ロデリックの葛藤①

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      ***


「……大丈夫か?」


 今夜の宿へ向かう馬車の中、ロデリックはリンゴのように赤く頬を染めたマージェリーに声をかける。


「だっ、大丈夫です! 元気です!」


 そう言って彼女は笑ってみせるものの、何だかぽーっとしているようで。
 市場の次に向かったカフェでも、植物園でもディナーの間も、どこか上の空だった。
 体調が悪いのではないかと聞くと懸命に否定するし、額に触れても熱はなかったのだが。

 あまり心配するとまた謝られてしまうので、ロデリックはそれ以上言うのをやめたが……何だか妙に手持ち無沙汰な気持ちになる。
 彼自身も、今日は何かがおかしい。


(思うことを伝えたいだけなんだが、うまくいかないな)


 笑っていてほしい。幸せでいてほしい。自分を責めず、許し、肯定してほしい。精神的につらいときには支えたい。
 そう伝えたいだけなのだが、なぜか彼女にはうまくできない。

 淑女に対してそれなりにスマートな接し方はできるつもりでいた。
 だが、今朝からの自身の行いを思い返すと、紳士としては落第だ。

 事件の恐怖をよみがえらせてしまった彼女を衝動的に抱き締めてしまったり。子ども相手のようについ口許を拭いてしまったり。うまくコントロールができない。十八歳の淑女に対して、ベタベタと触れて礼を欠いている。


(唇……)


 ハンカチ越しに触れたマージェリーの柔らかい唇の感触が、妙に指先に残って離れない。
 不意に彼女の唇を見てしまい、ロデリックは反射的に目をそらした。


 今日のマージェリーは綺麗だ。

 ドレスは思っていた以上によく似合っているし、髪型も化粧も、控えめな彼女の魅力を引き出し、若々しくも大人の女性の魅力を醸し出している。

 もちろん普段の彼女が魅力的でないというわけではない。

 まず彼女には日々、癒されている。何も特別なことをしなくても、帰る場所に彼女がいて、会話をして、笑ってくれて、思いやってくれるだけで、活力がわいてくるのだ。人柄ゆえか、ロデリックと相性がいいのか、あるいは両方か。
 それに彼女は賢い。教育を受けていなかったことをコンプレックスに思っているようだが、新聞を読み込んでいたためか社会情勢や政治に対しては詳しいし、新たな知識や情報も柔軟に取り込む。
 淑女としての所作も振る舞いもあっという間に取り戻した(時々ひどく動揺してしまうときもあるが)。
 それに小柄さや容姿も本人は気にしているようだが、ロデリックからは可愛らしく思える。それでいて大人びた表情も見せる。悪いことなど何一つない。

 そういうわけで、ロデリックはマージェリーに対して普段から好感しか抱いていないのだが、なぜか今日の彼女を見ていると胸の辺りがざわつくような、むずがゆいような感覚に襲われる。

 ウィズダム城の玄関ホールで外出仕様の格好で現れた彼女を見てから、まるで蝋燭に火をつけられたように、その胸の感覚が消えないのだ。
 不快なのではない。
 何かをしたい気持ちを掻き立てられているのに、その何かが自分でもわかっていない、そんな焦れったさだった。


『さぁ、お手を』


 そう言って彼女の手をとったとき、その、足りなかったものがちょうどピッタリと埋まった感じを覚えた。
 彼女に触れたからか?と気づき、きっとこれは庇護欲なのだろうと思った。
 自分の手でマージェリーをヴァンダービル伯爵家から助け出したものの、それからあとは忙しさにかまけてリサや城の者に任せきりになっていた。
 それに自分で納得いっていなかったのではないか。


(たぶん俺は、もっと彼女の世話を焼きたいんだろう)


 昔から自分はそういうところがあると、ロデリックは自覚していた。

 子どもの頃から物語の本を読み漁っていた彼は、大好きな物語の主人公が他の人を守り助ける姿に惹かれた。
 一方、現実のロデリックは、自分のことさえ何でも周りの人間にやってもらえる立場だ。弟や妹もいない。それで物足りなさを感じ、ついつい人の世話を焼きがちになった。
 口の悪い姉にいわせれば、それは『良い格好カッコしい』とか『英雄ヒーロー願望』らしいが、何をいわれようが気にしたことはない。

 ……ただ、今日一日過ごして思った。
 どうも庇護欲とは違う感情のようだ。
 馬車の中でマージェリーを抱きしめたとき、安心させるための行為のはずだったのに、ずっと抱きしめていたいと思う自分がいた。

 それほど、今日の彼女が魅力的だったからか?


(浅ましくも肉欲を覚えてしまったのだろうか? 彼女に)


 だとしたら、隠し通そう。
 彼女にとって、安心できる居場所でありたい。この先も、ずっと。


(……ずっと?)


 自分で呟いた心中の言葉に引っ掛かった、その時、馬車の窓から今夜の宿が目に入った。


「あのホテルだ、マージェリー嬢」

「あちらですか! とても素敵ですね……迎賓館のようです」


 外国の要人が極秘裏に来訪し、大っぴらに王宮に宿泊できない時につかうなど、王政関係者が何かと懇意にしているホテルだ。
 建物の大きさにくらべ客室の数は少なく、部屋はどれも広くて調度品も良い。不用意に他の貴族と顔を合わせる確率も低い。

 昨日王都を出る前に使いの者を送り、一番良い部屋を二つ押さえたので、問題はないはず────だった。


「大変申し訳ないことでございます、王弟殿下。
 その……ご予約いただきましたお部屋にお泊まりだった方が、ご出立前に発作を起こされまして。
 対応しておりました結果、そのお部屋の清掃と支度が間に合いませんでして……」


 ────ロビーにて、ものすごくものすごく申し訳なさそうに頭を下げる支配人。
 確かに急病人ならば仕方がない、仕方がないのだが。タイミングが悪すぎる。


「それは、つまり?」

「つまり、その……お部屋はお一つのみご用意できます」
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