君に棲まう僕は此処に

蒼泉

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「ただいま。」
仕事から帰って、靴を脱ぎながら声をかける。
「おかえり。」
部屋の奥から、可愛らしい声が返ってきた。玄関まで出迎えに来てくれるということは、ある日を境に無くなってしまったけど、それでも彼女から"おかえり"と声を返してもらえるだけで安心できた。
「今日はサラダと唐揚げとうどんにしてみたんだけど。」
コンビニの袋の中が見えるように、彼女の目線まで上げてみる。
「今日のバランスはまあまあだね…けど、うどんと唐揚げがセットなのね。」
いつもよりはバランスを考えて買ってみたつもりだったから、少し褒めてもらえてよかった。けど、やっぱり笑われてしまった。食に興味がなかったんだから、このセットになってしまうのもしょうがないと思って欲しいところなのに。
「わたしが、毎日作ってあげれればいいのにね、ごめんね。」
頬を膨らまして拗ねていると、彼女が唐突に謝ってきた。
彼女はあの事が起きた日から、身体が動かなくなってしまっていた。まだ若いのに、寝たきりの状態になってしまった。仕事から帰って、コンビニで買った飯を食っているのもそのためだった。
「気にしないで。おかえりって言ってくれる相手がいるだけでどんだけ幸せだと感じれてると思ってるの。これ以上幸せになって、バチが当たっちゃったなんて事がないように、そのままでいてよ。」
辛そうに目を逸らして、天井を見つめる彼女に明るく声をかけた。正直、こういう時にどう声をかければいいのかわからない。謝られたくなかったし、謝られたくないからといって、冗談めかして返すこともできなかった。彼女と一緒にいる時の唯一の苦しい時間だった。
「うん、ごめんね。ありがとう。」
やっとこちらを見て、微笑んでくれた。彼女の笑顔が見れて、ひとまずほっとした。

部屋着に着替えて、コンビニの袋を広げる。彼女は話すのに疲れて、眠ってしまったようだった。微かに聴こえる寝息が、規則正しく僕の鼓膜を震わせている。
「いただきます。」
妙に味のしないコンビニの飯を、味わう暇もなく喉をくぐらせていく。胃の中に異物が落ちていく感覚を感じながら、満たされていくのを確認して食事を済ました。

起こしては可哀想と思って、同じベッドには転がれない僕は、拡げておいた敷き布団に横になる。照明を少しだけ落として、目覚ましをセットして眠れないのに目を瞑った。
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