僕が「可愛い」と言うと彼女はとても喜ぶんだ 〜難民対策課で働く僕の職場は異世界〜

たまぞう

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彼女と出会い、勇者と出会う

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僕と千歳の出会いは、九州の都市にあるライブ会場だった。

そのとき僕はまだ千歳のことを何も知らないし、彼女も僕のことなんて知りもしない。

「先輩、いつもこんなとこに?」
「こんなってなんだよ」
「いや、人が多すぎる……」

至って普通のサラリーマンの僕は、先輩に連れられてアイドルのイベントに訪れた。

知らないグループ名なのは、僕が興味ないからだろう。

武道館やドームほどに広くはない会場は、収容人数2000人ほどらしいが、すでに満員で男たちの汗臭さに吐きそうになる。さすがにそれは誇張か。

「いま一番勢いのあるグループだからな。俺の推しはもちろん──」
「はじまりそうですよ」

会場のあまり好きじゃない類の熱気に包まれて、耐え忍ぶ時間は思ったより長くはなく、観客の歓声がその登場を教えてくれた。

「何人、いるんだ……」
「今日は12人だ。んでもこれだけ埋まっているのはあの子がいるから、なんだぜ?」
「あの子?」

シルエットにすればみんな見分けのつかない女の子たちだ。最年少は中学に上がったばかりだというんだから、いよいよもって分からない。

せめてゴリラ似の先輩が追っかけをしている相手が犯罪臭のしない相手であって欲しいと願うばかりだ。

「グループのリーダー。不動のセンターポジション、我らがアイドル桃里ちとせちゃんだ」
「ももさと……」

漢字さえ分からない。甘い果実かピーチ姫と頭の中に浮かんだ僕だが、先輩の指さす先の彼女は、確かに可愛かった。

みんなに愛想を振りまく彼女と目があったかは分からない。

先輩の趣味に連れられた僕と、彼女の出会いとも言えない出会いはこの日だった。



「だからといって何も起きないわけだけどさ」
「当たり前だろ?ただの営業マンがどうこうできるもんじゃないんだからさ」

居酒屋の個室で、僕は懐かしの高校の同窓生に呼ばれてビール片手にライブの話をしている。

「まあお前がアイドルの追っかけねえ」
「追っかけてはない。連れ回されただけだ」

実のところそのグループのライブにはそれから何回か先輩に連れていかれた。理由は他に誘える相手がいないからだそうだ。

「で、握手会とか行ったの?」
「ライブのあとは必ずあるんだけど、俺はチケットもないからやってないよ」

よく知らないアイドルのCDの2枚に1枚の割合で握手券なるものが入っているそうだが、さすがにそれには付き合えない。その1枚でたったの10秒の握手には。

「先輩は営業成績いいからCDなんていくらでも買えるんだろうけどさ」
「なに?握手したかったの?俺がしてやるよ?」
「やめろ、気持ち悪い」

そいつが絡めてきた指を払って僕はビールを口に流し込む。

さっきのは当然、握手会に参加したいわけじゃなくて、成績の良くない僕の僻みってだけだ。

契約を取ってこないと給料は雀の涙ほどしかなく、普段飲めない酒を奢ってくれるっていうから、絡みのない同窓生に付き合っている。

ありきたりなセピア色の思い出をポツポツと語った後で話すこともそれほどに無いくらいの間柄で、僕は珍しい体験を語ったにすぎない。

地元を出たわけでもない僕とこいつだから、会いたければいつでも会えるが、そういう関係でもないただの同窓生。

なのに僕なのは、指を絡めてきたのは、もしかしてこいつ──。

「なあ、宮古。いや、健太郎って呼んでもいいか、友だちだしっ」
「ん、ああ」

やっぱり、アレなのか⁉︎ いくら僕が彼女いない歴イコール年齢な非モテでも、さすがにその好みの根本をひっくり返すことはないぞ?

「健太郎、俺さ──勇者になったんだ」
「は?」

どうやら俺の仲良くもない同窓生はおかしいヤツだったらしい。キンキンに冷えたビールもぬるく感じるほどに。
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