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うしお

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第1弾『俺の保護者は王子様』

第1弾『俺の保護者は王子様』

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「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってっ! えっ、これ、てじょ……っ? てじょう? えっ、なんで? なんで? えっ、これ、手錠? 手錠だよね? えっ、なんで? なんでなの? なんで、おれに、手錠なの? ねぇっ! 木だけど、これって絶対手錠ですよねっ?! なんで、おれ、捕まってるんですかっ?!」

「なんでって、それは君が侵入者だからだよ」

混乱する秋彦のあごを掴み、にこやかな笑顔で答えた男は、綺麗な金色の髪と蒼い目をした美丈夫だった。
「やあ、こんにちは」なんて、当たり前のように挨拶をして、笑顔で握手を求めてきたから、秋彦は反射的に手を差し出しただけだというのにこの仕打ち。
一体、秋彦が何をしたのというのだろう。

「侵入者は、捕らえるものでしょう?」

少しきょとんとした顔で返されて、秋彦はがく然とした。
侵入者?
秋彦は、一体どこに入り込んでしまったと言うのだろう。
ついさっきまで、会社の中にいたはずなのに。

「さて、可愛い顔をした侵入者くん。君は、どうやってここに入り込んだのかな? 僕とじっくり話をしようか。時間はあまりないけれど、君のためなら時間を作るよ。なんだか、君のことはとても気になってしまって、しょうがないんだ」

◆◆◆

正直なところ、見覚えのない場所で目を覚ましてからずっと、秋彦は混乱していた。
秋彦がいつの間にか立っていた場所は、見慣れた会社のシンプルなビルとは似ても似つかぬ、まるで豪邸かお城にありそうな部屋だった。
そこは、ダンスパーティーが余裕で開けてしまいそうなほど広かった。
とてもとても大きくて、広すぎるくらい広すぎる本当の意味で大広間だった。
秋彦がぽかんとしながら見上げた天井は、二階建ての家が一軒まるまる入りそうなくらい高く、商店街のアーケードのように丸い天井には、見事な天井絵が描かれており、きらびやかで大きなシャンデリアがいくつもぶら下がっている。
あんな高いところにシャンデリアなんかぶら下げて、どうやって掃除するのだろうか。
自宅にあるLEDライトの掃除すら、サボりがちな秋彦には想像もつかない。
思わず、現実逃避したくなるほど、目の前の光景には現実味がなかった。

コンクリートのコの字もないような自然み溢れる建物の中には、きらびやかな装飾を施された家具や花瓶が等間隔に配置されており、その合間には、物々しい甲冑が立ち並んでいた。
鞘に入った剣を体の前に突き立て、両手でそれを押さえている甲冑たちは、見慣れぬ景色にきょろきょろしている秋彦を見ても微動だにしない。
秋彦は、ただただ広いだけの部屋に戸惑いながら、部屋の隅を目指して歩いた。
とにかく、大きな部屋のど真ん中に立っているという状況に、純然たる庶民の秋彦が耐えられなくなった結果だ。
どこでもいい、どこか狭くて安心できる場所に。
そうやって歩いていった先で、秋彦は囚われの身となってしまったのだった。

落ち着かない。
もぞもぞと尻を浮かせながら、秋彦は誰も助けてくれない状況に悲鳴をあげたくなっていた。

「ほら、逃げないの」

少しでも尻をずらして逃げようとしているのだが、秋彦がずれる度に、引き寄せられて元の位置に戻されてしまう。
とてつもない馬鹿力だ。
平凡なサラリーマンでしかない非力な秋彦には、抵抗する術がない。
秋彦は、いまや男の膝の上に囚われた憐れな虜囚だった。
初めて会った時は、鎧のようなものを着ていた男も、いまはただのインナー姿だ。
抱き寄せられると秋彦の背中に、引き締まった筋肉という名の背もたれが、ぴったりとはりついてくる。
正直、これが落ち着かない。
お互いに薄い布しか身につけていない体が、ぴったりとはりついているのだ。
気にするな、というのが、酷だと思う。
スーツのジャケットを奪われ、Yシャツ一枚にされてしまった秋彦は、筋肉質な男の体温が思ったよりも高いことを知った。
秋彦からすれば、あまり知りたくなかった情報に分類される類いのものだ。
ついでに、熱くて固い筋肉背もたれよりも、もっと激しく困る部分があったりする。
尻のあたりに、とても硬くて熱いものが当たっているのだ。
それが何なのか、聞くのが怖すぎて、秋彦は何も言えない。

「……君は、とてもいい匂いがするね」

抱きしめられるだけでもどきどきするようなイケメンなのに、男は秋彦の耳元で囁きながらさりげなく匂いを嗅いでくる。
秋彦が心の中で「やめてくれー」と叫んでいるが、男には届かない。
そのうち男は、秋彦に対する遠慮を捨てたらしい。
耳の後ろに鼻先を突っ込んだまま、すーはーっと深呼吸をしはじめる。
もはや、全然さりげなくない。
秋彦は涙目になりながら、男のなすがままになっている。

「そろそろ、君がどこからきたのかいってごらん。悪いようにはしないから」

その言葉が本当であったことを知るのは、それからずいぶん先のこと。
異世界からの異物として殺されそうになった秋彦を、男が命懸けで助けにきたときのことだ。

「きみ、を……まもると、ちかった、んだ……きみを、すきに、なってしまったんだよ……いのちを、ひきかえにしても、いいくらいに……」

死に際の告白に、秋彦は死なないでと泣き叫んだ。
どこからきたのか、うまく答えられなかった秋彦を、それでもいいと保護してくれた優しい男。
男は、魔獣と呼ばれる恐ろしい生き物がいるこの世界で、一番最初に秋彦の味方になってくれた。
彼のおかげで、少しずつではあるが、秋彦にも味方をしてくれる人ができはじめていたのだ。
震える指で、秋彦の涙を拭いながら「泣かないで」と微笑んだ男に、秋彦は泣きながら口付けた。
もう、ずいぶん前から、秋彦はこの男にはほだされていた。
ただ、それをただの好意以上の意味で受け入れるためのきっかけが、まだ足りていなかったというだけのことで。

「俺も、好きだよ」

この美しい男の正体が、この国の王子であることを秋彦が知るのは、ほんの少し先のこと。
秋彦の口付けひとつで、何故か全回復をした男が、この件に関わった者たちを笑顔で粛清しようとしはじめ、全力で抱きついて止めたときのことだ。

◆◆◆

それから秋彦は、命を救った神の子として王子と結婚し、いつまでも幸せに暮らしたのだった。

王子が秋彦の匂いを嗅ぐ癖は、最期のときまでなくならなかったと、秋彦が残した手帳には、誰も読めない文字でひっそりと記されていた。
それは、王位よりも異世界からきた青年を選んだ王子へ、最後に送られたラブレターでもあった。

『好きなだけ嗅がせてあげるから、ちゃんと俺を迎えにきてね』

それに対する返事がどうだったのか、答えを知る者は誰もいない。
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