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第1話 山の上の家
「勉強、勉強」と口うるさい両親に堪りかねて家を飛び出した。
飛び出したはいいが、九州地方の山奥の家からはそんなに良い家出先もなく、暗くなると森など特に不気味な様相を呈するし、大体この辺の人たちの情報網も半端じゃないため、息子はどこだと親が聞けば、あそこだ、向こうだと答えが飛び交い、いつもどこにいるか分かられてしまうのだった。
ならばと思い、山道の続く限り上まで、と力の限り登っていくことにした。そうすると、最後に行き着く先に見晴らしのいい丘と大きな家がポツンとあった。
さすがにここは分かるまい。
頂上が拓けていて、とても見晴らしがよく、自分の家がよく見える。近所にまばらに家があって、向こうに谷があるから道は細く、大きな畑を裏庭に持ってる家も少なくない。
家々の並びは大きな階段みたいに段々となっているのも分かった。
そろそろ動く頃かな、と思うとおかあがやはり慌てて出てきた。村人に聞いて回っているが今日はうまく隠れながら来たんだ、分かるまい、と、とても愉快な気分になった。
しめしめ、と思いながら観察しているうちに日が落ちてきて、お日様も黄色から段々と赤みを帯びてきた。村の人たちも何事かと家を出始めて、軽い騒ぎの感を呈している。
流石にまずいかな、でも戻りたくもない。そう思っているうちに、後ろからいきなり
「坊や、なんしよるとね」
と、声がかかり、ビックリして振り向くと、品の良さそうな老婆が立っていた。
「えっと、どうも…」
心に後ろめたいものもあり、しまったばれたと思った。
その表情を見て察したようで、老婆はしたりがおで、
「あんた、なんか悪さしとっちゃろ。まあ、ちょっと婆がこらしめんといけんね。」
と少し怪訝な顔をしながら言い放つ。
まずい、逃げねばと思うが、思ったとてするりと捕まり、老婆に手を取られ、ずるずると大きな門の中に引き込まれていった。
中に入ると立派な庭があって、思わず、すげえ、と声に出た。すると婆は表情がゆるみ、
「凄かろう、凄かろう。あんた分かっとるね」
と、少しニヤけたような声が聞こえた。
立派な玄関からまるで猿回しの猿みたいに手を引かれながら家に入り、見渡すと囲炉裏のある小さな部屋だった。
「そこ座らんね」
と老婆は手を離した。囲炉裏の傍に用意された座布団の上にちょこんと正座した僕は、これからガミガミ怒られるのか、おかあに捕まったがよっぽどましだった、と変なところまで逃げてきてしまったことを悔いた。
婆が対面ではなく右隣に座っておっかない顔になってしゃべり始める時、怒鳴られると思って思わず肩を強ばらせ、ぎゅっと膝の上に手を握りしめ、目もまたぎゅっとつぶる。
ああ、怖い……。
そう思っても、婆の声は聞こえない。
あれ、おかしい、とちらっと目を開けて婆を見た。
途端に婆は
「なんばしたとね!!!」
と怒りだした。
ヒエっ、と僕は言って、突然のことに涙が少し出た。タイミングを見計らって、待ってたんだな、ずるいぞ。僕はそう思って恨めしくなった。
「アンタはこのずっと下の家の子やろ!おかあさんに電話するけん、ちょと待っとき!」
そう言って婆は囲炉裏を離れた。
おかあに婆が電話して、おかあが来て、連れて帰られて、ガミガミ言われる。
いつも通りの展開だ。そう思ってた。
ところが、別の部屋に行った婆の笑い声が聞こえる。
えっ、なん話よるんやろ……。おかしい……。
意外な笑い声がずっと続いて戸惑って、戸惑って、そしたら婆が帰ってきて、
「お母さんと話してきたけん。」
と、言った。ああ、余計なことをと絶望していると、
「だけん、今晩は泊まっていきんしゃい」
と言ってにやりとする婆。
ポカン、として正座の上で手を緩めて婆をみた。
白髪で笑顔ジワが幾重にもあり、おかあよりもずっと長身、背中は丸まっておらず、シャンとしている。今まで気づかなかった婆を見て、状況がよく分からず僕は困惑の度を深めた。
飛び出したはいいが、九州地方の山奥の家からはそんなに良い家出先もなく、暗くなると森など特に不気味な様相を呈するし、大体この辺の人たちの情報網も半端じゃないため、息子はどこだと親が聞けば、あそこだ、向こうだと答えが飛び交い、いつもどこにいるか分かられてしまうのだった。
ならばと思い、山道の続く限り上まで、と力の限り登っていくことにした。そうすると、最後に行き着く先に見晴らしのいい丘と大きな家がポツンとあった。
さすがにここは分かるまい。
頂上が拓けていて、とても見晴らしがよく、自分の家がよく見える。近所にまばらに家があって、向こうに谷があるから道は細く、大きな畑を裏庭に持ってる家も少なくない。
家々の並びは大きな階段みたいに段々となっているのも分かった。
そろそろ動く頃かな、と思うとおかあがやはり慌てて出てきた。村人に聞いて回っているが今日はうまく隠れながら来たんだ、分かるまい、と、とても愉快な気分になった。
しめしめ、と思いながら観察しているうちに日が落ちてきて、お日様も黄色から段々と赤みを帯びてきた。村の人たちも何事かと家を出始めて、軽い騒ぎの感を呈している。
流石にまずいかな、でも戻りたくもない。そう思っているうちに、後ろからいきなり
「坊や、なんしよるとね」
と、声がかかり、ビックリして振り向くと、品の良さそうな老婆が立っていた。
「えっと、どうも…」
心に後ろめたいものもあり、しまったばれたと思った。
その表情を見て察したようで、老婆はしたりがおで、
「あんた、なんか悪さしとっちゃろ。まあ、ちょっと婆がこらしめんといけんね。」
と少し怪訝な顔をしながら言い放つ。
まずい、逃げねばと思うが、思ったとてするりと捕まり、老婆に手を取られ、ずるずると大きな門の中に引き込まれていった。
中に入ると立派な庭があって、思わず、すげえ、と声に出た。すると婆は表情がゆるみ、
「凄かろう、凄かろう。あんた分かっとるね」
と、少しニヤけたような声が聞こえた。
立派な玄関からまるで猿回しの猿みたいに手を引かれながら家に入り、見渡すと囲炉裏のある小さな部屋だった。
「そこ座らんね」
と老婆は手を離した。囲炉裏の傍に用意された座布団の上にちょこんと正座した僕は、これからガミガミ怒られるのか、おかあに捕まったがよっぽどましだった、と変なところまで逃げてきてしまったことを悔いた。
婆が対面ではなく右隣に座っておっかない顔になってしゃべり始める時、怒鳴られると思って思わず肩を強ばらせ、ぎゅっと膝の上に手を握りしめ、目もまたぎゅっとつぶる。
ああ、怖い……。
そう思っても、婆の声は聞こえない。
あれ、おかしい、とちらっと目を開けて婆を見た。
途端に婆は
「なんばしたとね!!!」
と怒りだした。
ヒエっ、と僕は言って、突然のことに涙が少し出た。タイミングを見計らって、待ってたんだな、ずるいぞ。僕はそう思って恨めしくなった。
「アンタはこのずっと下の家の子やろ!おかあさんに電話するけん、ちょと待っとき!」
そう言って婆は囲炉裏を離れた。
おかあに婆が電話して、おかあが来て、連れて帰られて、ガミガミ言われる。
いつも通りの展開だ。そう思ってた。
ところが、別の部屋に行った婆の笑い声が聞こえる。
えっ、なん話よるんやろ……。おかしい……。
意外な笑い声がずっと続いて戸惑って、戸惑って、そしたら婆が帰ってきて、
「お母さんと話してきたけん。」
と、言った。ああ、余計なことをと絶望していると、
「だけん、今晩は泊まっていきんしゃい」
と言ってにやりとする婆。
ポカン、として正座の上で手を緩めて婆をみた。
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どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。