『その瞳に触れた時』

ゆう

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新たな担当者

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冷たい空気が研究所の廊下を包み込んでいた。透は無言で歩きながら、自分の役目を再確認していた。新しい担当、04番。名前はアザミ。前任者が担当していた被検体で、透が引き継ぐことになった。

この施設は、人間の中にごく稀に発現する「異常な力」を解析し、抑制・管理するために存在している。
感情や人格は後回しにされ、能力だけが数値化される世界――透はその一部であることを、いつの間にか当然と受け入れていた。

扉の前で立ち止まり、透は軽くノックをすると、返事もなく静かな空気が続いた。少しだけ戸惑いながらも、透はドアを開ける。

部屋の中は薄暗く、冷たい光が差し込んでいた。中央には、青みがかった黒髪の少女が無表情で立っている。彼女は、まるで透の存在を意識していないかのように、どこか遠くを見つめている。その目は冷徹で感情を見せない。まるで、最初から誰にも期待していないような、そんな目だった。


アザミは一瞬、透は軽く息をつき、その冷たい視線をじっと見返した。
「君がアザミか?」
……沈黙
まるで聞こえていないかのように、アザミは一瞬、わずかに視線を動かしただけだった。その冷たい視線だけが透を一瞥した。

透はその無反応に、少し肩の力を抜く。「君の担当が変わったことを聞いているか?これから、君の実験データを取ることになる清水透だ。」

彼女はただ静かに立っているだけで、言葉がない。

透は冷静に、必要なことだけを言う。

「今日の実験は、脳波測定だ。君がどんな反応を示すのかを調べる。」

アザミは無言で頷く。その反応に、透は何も感じなかった。彼女の目にどんな感情があるのか、今はまだわからない。ただ、今は彼女がどんな状態にあるのか、データを取るだけだ。

透はアザミを実験室に案内する。廊下を歩く足音が響き、二人の距離はどんどん開いていく。透はあくまで冷静に、その足取りを進める。途中、いくつもの扉が並ぶ廊下を通り抜け、最終的に目的の部屋へとたどり着く。

実験室に入ると、部屋の中央に設置されたベッドに、アザミを寝かせる。透は手際よく、脳波を測定するための装置を準備する。アザミは特に抵抗することもなく、ただ静かに横たわる。その無表情な態度に、透は少しだけ不安を感じるが、すぐにそれを振り払う。

「準備が整いました。」

研究員が静かに声をかけ、透は無言で頷く。モニターを操作し、アザミの脳波をリアルタイムで計測する。数値が画面に表示され、その波形が徐々に安定していく様子が見て取れる。

「特に変わった反応はないか?」

透が質問すると、研究員は即座に答える。「はい、現在のところ、通常の反応です。」

透はその答えを聞いても、特に何も感じなかった。アザミは完全に無反応で、目を閉じている。

しばらくして、アザミの脳波がわずかに乱れる。しかし、すぐに元に戻り、再び安定する。透はその波形をじっと見つめ、データを記録する。

「もう終わりだ。」

透が言うと、研究員が装置を止め、部屋の空気が再び静けさを取り戻す。透はアザミに目を向けるが、彼女はまだ無表情で、何も言わずに横たわっている。

透は軽くため息をつきながら、実験室を後にする準備をする。アザミは無言のままだが、その瞳が微かに動いたことを透は見逃さなかった。その瞬間、透は一瞬だけ心の中で何かを感じる。しかし、それが何かは分からない。

「今日はこれで終わりだ。」

透が告げると、アザミはまた無言で目を閉じた。その静かな様子に、透は何とも言えない気持ちを抱きながら部屋を後にした。

実験室を出た後、廊下を歩きながら、透は考え込む。アザミがどんな反応を示すのか、少し興味が湧いてくる自分を感じる。しかし、その気持ちに気づかないふりをして、透は無理に冷静を保つ。

「また明日だ。」

透が扉を開けると、またアザミの目がほんのわずかに動いた。

それに気がつかないふりをし、透は振り返らずに部屋を出て行った。
アザミがどんな存在で、何を抱えているのか、それを知るために、透は明日もまたここに来ることになる。
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