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始まりの種

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 「えー、というわけでこの主人公は桜に女性への愛を込めたというわけだ。」
教師を始めて3年目。俺は今、1学年の担任と2学年の2クラスだけの国語の担当をしている。俺は2年でやる「君に桜を」という小説の話をする時に毎回課題として出していることがある。それは生徒一人一人に自分の中の「I love you 」を考えてもらうことだ。
「今日はみんなに自分にとってのI love you を考えてきてもらいたい。期限は1週間後、早く出さなくていいからしっかり考えてこいよー」
この課題に君はなんて書いてくるのだろうか、そう考えてしまう俺は教師失格なのかもしれない。
 それは今の2年が入学してきたばかりの頃、俺はある女子生徒に目を奪われてしまった。その子は愛川ひより、他の生徒より目立っているわけでもないごく普通の生徒だ。しかし、俺はその生徒に一瞬で心を奪われてしまった。愛川たちが1年の頃はなんの接点もなくただの気の迷いだ、そう自分に言い聞かせていた。2年になり国語を受け持つ時には俺の心の中には愛川なんてこれぽっちもいなかっただろう。いや、いないと思い込んでいただけなのかもしれない。その証拠に初めての授業で愛川の姿を見た時、自分でも驚くほど動揺を隠せていなかっただろう。それから2ヶ月ほど経った今、6月になっても愛川を追ってしまう俺は本当に教師失格なのかもしれない。
 1週間後、課題の提出の日だ。授業の後、教官室で提出状況を確認していた俺は愛川の分だけがないのに気づいた。他の生徒はしっかり考えて書いてきてくれたものから適当に書いただろと思うものまで沢山あったので、俺はなにも考えずに愛川の元に向い、
「おー、愛川、課題まだ出てなかったから放課後教官室まで持ってこい。」
と言ったのだ。愛川は少し苦笑いをしながら首を右に傾け
「はい、」
と小さめの声で言った。
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