不運社畜への意外な哀れみ

神崎翼

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不運社畜への意外な哀れみ

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 朝、家を出た瞬間に靴のヒールが折れた。慌てて玄関に取って返し靴を履き替えて遅れた分ダッシュで駅まで走ったら、肩にかけていた合成革のカバンに生垣から伸びた枝が引っかかりビリッと一筋傷ついた。中身は無事だったので諦めて駅に飛び込んだら目の前で電車の扉が閉まった。次の電車は十五分後。それに加えて、玄関先のバタバタですでに十分はロスしている。朝の二十五分のロスは致命的過ぎた。
 それでもなんとか朝礼ギリギリに会社に飛び込んだものの、荒れた息と滝のような汗が止まらず「もっと余裕をもって出社しなさい」と朝礼中みんなが注目する中で小言をもらう羽目になった。そんな仕事始めで捗る筈もなく、小さなミスと落ち込みを繰り返しつつ迎えた昼休みで気づいた。お弁当忘れた。台所に置き去りにされた弁当の幻覚が頭をよぎる。風が生ぬるい今の気候上、家に帰ったら即廃棄にするしかない。食材を無駄にしたこととコンビニで予定外に出費したことに自分でも予想以上にダメージを負う。よろよろと午後の仕事を始めたところ、営業のミスで取引先からクレームが来た。電話を取ったせいで全面的に矢面に立つ羽目になったし上司にも怒られた。営業は外回りから戻ってこなかったうえに直帰した。死ね。
 クレーム対応で手持ちの仕事が遅れに遅れ、残業が嵩増しされて、現在午後十時。ちなみに定時は午後六時。ふらっふらになりつつ帰宅途中、小石に蹴躓いて転んだ。もはや涙も出ない。頭の中には虚無だけが広がっていた。
 そのとき、転がり無様に地に伏す私の頬を、するりと何かすべすべのものが撫でで通り過ぎて行った。あまりの心地よさにマイナスになった体力が一時回復して、顔を上げる。一匹の猫が隣に立っていた。
「にゃおん」
 猫は優美に流し目を寄越して、一声鳴くとそれきりしゃなりしゃなりと夜の街へ消えて行った。優美かつ高貴。なんというか、あまりにも哀れな姿をさらす下等種族に一滴の情けをかけていったという風情だった。頭の中の虚無に宇宙が生まれ、ぽかんとその後姿を見送る。そっと頬に手をやった。本当に素晴らしい触り心地だった。…………また明日もがんばろう。
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