11 / 20
2章 仮面
11 ヴァシュタルテ閣下
「レインリッヒ! お前、何をした!」
夜勤を終えて昼過ぎに出勤したレインリッヒを出迎えたのは、店主であるラヴァンドの怒号であった。
昨夜の出来事は、レインリッヒの理解の及ぶ範囲を明らかに超えていた。貴人に胸倉をつかまれ、出自を明かされたかと思えば、所有を宣言されたのだ。腰を抜かしているうちに、彼の客は金貨を机に置き、席を立って去ってしまった。引き留めなければ――そう思い立った時には、既に出入り口の扉は閉じていた。
放心ながらに仕事を終えたレインリッヒは、出勤後に店主であるラヴァンドに相談してみようと心に決めていた。だが店に入った途端、地鳴りにも似た低い声に強襲されたのである。
「ボス、まずは話聞きましょうよ」
レインリッヒが言いあぐねていると、同僚のアラモナが間に入り、ラヴァンドの胸板をそっと抑える。鮮やかな夕焼け色を思わせる橙の髪の毛をうねらせている彼女の、その腕はすべて羽毛に覆われた翼だ。髪の色よりもさらに赤い、寝起きには目の冴えるような鮮やかな羽である。「コックコートをきちんと着ろ!」と、ラヴァンドはかっかとしたままアラモナにも食って掛かるも、肢体をくねらせたアラモナは「やだわあ。私は給仕専門だもの」と曖昧に笑った。それでもこれ以上火に油を注ぐまいと思ったのだろう。「なんでボスはそんなに怒ってるの?」しぶしぶコックコートのボタン留め、彼女の豊満な胸の谷間は衣服の下に隠れた。
「朝出勤したら、こんなもんが店の真ん前にあった」
眼前に封筒が突き付けられた。赤い蝋で封じられているそれには、宛先として美しい筆記体でレインリッヒの名が書かれている。当然ながら封は開かれていないのだが、封筒が届いただけで、なぜラヴァンドがこれほど怒りをあらわにしているのか、レインリッヒには見当がつかない。困惑し口を噤んでいると、アラモナがあらあら、と口を掌で覆った。
「北の派閥の印じゃない! 厄介なのから手紙もらっちゃって」
「お前が留守の間に、北派閥の奴に目ぇつけられたんじゃねえのか。うちの店が取り壊しになるようなことがあったらどうするんだ」
二人の様子からするに、封筒の封蝋印が関係しているようである。レインリッヒが顔を近づけて観察すると、蝋の模様に見覚えがあった。昨日の客の首元に、同じ刺繍があったからだ。そういえばあの客も「派閥」という問いかけをしていたではないか。レインリッヒは昨日の出来事をかいつまんで報告した。
突如、銀髪の貴人が訪れたこと。派閥襟章がないことを咎められたこと。なぜか所有物のように扱われたこと。
(ヒトであることを明かされたことは、伏せておこう)
自分の正体については、同僚たちが察している可能性は否定できないが、わざわざ口にすることは憚られた。そもそも、ヒトであることを「知った」時点で、罪に捕らわれてしまうのではないか、あの銀髪の男の反応からしてそうも考えられる。
「お前の説明を整理するとだ」。レインリッヒの話を聞き終えたラヴァンドは重い口を開く。「昨日、なぜかあのヴァシュタルテ閣下がご来店された。てめえの態度に文句を仰った。ところが閣下はお前を手下に抜擢されたわけだ」。一方、アラモナはどこか嬉しそうだ。「やだ、あたし、用事が入ってたの残念だわ。閣下のこと、見たかったのに」。
どうやら銀髪の客人の名は「ヴァシュタルテ」というらしい。驚くべきことではあるが、簡単な容姿の説明だけで、二人はその名を言い当てた。動揺を隠しきれぬレインリッヒを、アラモナは愉快そうに笑った。
「北派閥で、銀の麗しいお方。そんなの城の有名人、ヴァシュタルテ閣下に違いないのよ。ところであんた……ほんとに物を知らないのねぇ」
あなたにおすすめの小説
何かと突っかかってくる公爵様との婚約はお断りです。
あちゃーた
BL
剣術を磨き、王国最年少騎士となった真面目な主人公アーバン。
ある日、アーバンの元に実家から手紙が届く。
そこにはアーバンに婚約者ができたと綴られていた。
そんなの聞いてないし、第一相手はアーバンに何かと突っかかってくる公爵家のジェランではないか!?
「回避だ!回避!!こんなの絶対にお断りだぁぁぁぁ!!!」
ツンデレ溺愛攻め×鈍感受け
不思議の森の小さな家
エウラ
BL
ユーリは理由も分からず、一五年前、五歳の時に異世界に転移した。世間からは『聖域』と呼ばれるこの深い森に住んでいたハイエルフの青年エルリオに保護されて、魔法や錬金術を教わりながら暮らしていたが、ある理由で現在は一人暮らし。
森から出たことがないユーリはちょっと寂しいと思いながらものんびり過ごしていたが、ある日、行き倒れの冒険者を拾ってしまう。
彼はアイオンと名乗り、しばらくユーリの家に同居することになるのだが……。
R15。ハッピーエンド。
いつものように思いつきです。短編予定ですがたぶん不定期更新です。→ちょっと長くなったので長編に変更しますが、そんなに長くはならないと思います。
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
愛されたいだけなのに
まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。
気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。
しかしまた殺される。
何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。
チートなしの無能令息ですが、5人の攻略対象に逃してもらえません!
村瀬四季
BL
異世界に転移したと思ったら、俺だけまさかのチートなし!?
前途多難ですが自由気ままに生きていこうと思います!
って思ったのに周りの人達が俺を離してくれない!?
※たまに更新が遅れると思います。
※変更する可能性もあります
※blです ざまぁもあると思う…!
※文章力は大目に見てください
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。