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第二夜 酒も女も金も男も
働く女性のためのスタッフ
しおりを挟む事務所に、女性のすすり泣く声が響く。洋室のソファにカナが座り、顔を手で覆いながら体を震わせていた。
となりにメイコが座り、カナの背中をさする。
「怖い思いをさせてしまってすみません。お客さまには注意しましたから」
開いていた引き戸から、たった今来たばかりの律が顔をのぞかせる。カナの姿に、優しい声を放った。
「ありゃ、どうしたんですか、カナさん。そんなに泣いちゃって」
カナはおびえるように純を見上げる。赤く腫れた目は、涙が止まりそうにない。
「す、すみませ……すみません……」
「ちょっと頑張りすぎちゃいました? 大丈夫ですよ。気がすむまでここにいていいですから」
律の背後から優希が近寄り、そっと耳打ちした。
「お客さんから本強されたあげく怒鳴り散らされたらしいです」
デリヘルでは禁止されている本番行為を強要し、カナが断ると大声で罵倒した、ということだ。デリヘルを利用する客の中で、こういった存在は少なくない。
小さくため息をつき、優希に体を向ける。
「だろうね」
声を潜めて続けた。
「いろんなことが重なって、本強で爆発したって感じか。高い会員費はらってるからって、好き勝手しようとする客もいるからな。新人相手だとなおさら」
優希は神妙な顔でうなずく。
「お客さまには厳重注意で対応してます」
「そう。二回目があったら即ブラックに入れといて」
律は洋室に視線を戻す。
少し落ち着いたのか、カナは泣きはらした目をハンカチでおさえていた。メイコが優しく声をかける。
「もう、帰ってもいいんですよ?」
「だ、大丈夫です!」
悲痛な声だった。再び、目に涙がにじむ。食い入るようにメイコを見て、何度も頭を下げた。
「すみません、泣いてしまって、すみません。ほんと、いい歳なのに情けない……」
「そんな……。カナさんが謝ることじゃないですよ」
カナは無理やり深呼吸を繰り返し、必死に落ち着こうとしていた。
「すぐに化粧直して落ち着きますから。働かせてください。がんばって稼がないと……。この程度で辞めるわけにはいかないんです」
本人がそう言っている以上、無理に帰らせるわけにもいかない。
メイコは眉尻を下げ、ほほ笑む。
「わかりました、少し休憩していいですから。あまり、無理しないでくださいね」
そのとき、玄関から野太い声が響きわたった。
「う~っす。戻りましたよ~」
送迎を終えた部長が、重い足音を響かせてリビングに入ってくる。洋室の前でたたずむ律と優希に気づき、立ち止まった。
「ん? どうした」
まだ状況がつかめていない部長を、律はキレイな顔で見すえる。その姿に、部長はますます困惑していた。
律の視線が、洋室の中に戻る。
「カナさん、ちょっと提案があるんですけど」
「はい……」
泣きはらした顔をおそるおそる向けたカナに、律はにっこりと笑う。
「カナさんには、しばらく部長が固定で送迎するっていうのはどうですか?」
律は身をひるがえし、部長の腕をつかんでひっぱってくる。カナに対して「この人」と手を向けた。部長はいまだに話がわからず、怪訝な表情を浮かべている。
「ほらウチって、ドライバーがお客様のいらっしゃるお部屋までついていくのが決まりじゃないですか」
Platinum系列の送迎スタッフは、できる限り女性とともに行動しなければならない。スタッフの姿で客の身勝手な行動を抑制し、女性が少しでも安心して仕事をこなすようにするためだ。
「ウチのドライバーって女性もいるし、男性も比較的若い子ばかりで、カナさんにとっては安心できないかなって思うんです。その点、部長はカナさんより年上ですし経験もあるので、たよりやすいんじゃないかなって」
部長はスタッフの中で最年長だ。その丸々とした体に反し、顔はいかつい。サングラスをかけてストールを首にかければ、その手の職業にも見える。
「お客さんも部長を見たら、委縮するほどなんですよ。……どうですか?」
カナは、部長の姿をじっと見据える。部長はいきなりの提案に戸惑っていたが、とりあえず見つめ返した。
カナの視線は律に移り、ぎこちなく、しっかりとうなずいた。
いまだに理解が追い付いていない部長の背中を、律はポンとたたく。これで一段落したとばかりにほほ笑み、デスクに向かった。
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