律と欲望の夜

冷泉 伽夜

文字の大きさ
42 / 72
第二夜 酒も女も金も男も

働く女性のためのスタッフ

しおりを挟む



 事務所に、女性のすすり泣く声が響く。洋室のソファにカナが座り、顔を手で覆いながら体を震わせていた。

 となりにメイコが座り、カナの背中をさする。

「怖い思いをさせてしまってすみません。お客さまには注意しましたから」

 開いていた引き戸から、たった今来たばかりの律が顔をのぞかせる。カナの姿に、優しい声を放った。

「ありゃ、どうしたんですか、カナさん。そんなに泣いちゃって」

 カナはおびえるように純を見上げる。赤く腫れた目は、涙が止まりそうにない。

「す、すみませ……すみません……」

「ちょっと頑張りすぎちゃいました? 大丈夫ですよ。気がすむまでここにいていいですから」

 律の背後から優希が近寄り、そっと耳打ちした。

「お客さんから本強されたあげく怒鳴り散らされたらしいです」

 デリヘルでは禁止されている本番行為を強要し、カナが断ると大声で罵倒した、ということだ。デリヘルを利用する客の中で、こういった存在は少なくない。

 小さくため息をつき、優希に体を向ける。

「だろうね」

 声を潜めて続けた。

「いろんなことが重なって、本強で爆発したって感じか。高い会員費はらってるからって、好き勝手しようとする客もいるからな。新人相手だとなおさら」

 優希は神妙な顔でうなずく。

「お客さまには厳重注意で対応してます」

「そう。二回目があったら即ブラックに入れといて」

 律は洋室に視線を戻す。

 少し落ち着いたのか、カナは泣きはらした目をハンカチでおさえていた。メイコが優しく声をかける。

「もう、帰ってもいいんですよ?」

「だ、大丈夫です!」

 悲痛な声だった。再び、目に涙がにじむ。食い入るようにメイコを見て、何度も頭を下げた。

「すみません、泣いてしまって、すみません。ほんと、いい歳なのに情けない……」

「そんな……。カナさんが謝ることじゃないですよ」

 カナは無理やり深呼吸を繰り返し、必死に落ち着こうとしていた。

「すぐに化粧直して落ち着きますから。働かせてください。がんばって稼がないと……。この程度で辞めるわけにはいかないんです」

 本人がそう言っている以上、無理に帰らせるわけにもいかない。

 メイコは眉尻を下げ、ほほ笑む。

「わかりました、少し休憩していいですから。あまり、無理しないでくださいね」

 そのとき、玄関から野太い声が響きわたった。

「う~っす。戻りましたよ~」

 送迎を終えた部長が、重い足音を響かせてリビングに入ってくる。洋室の前でたたずむ律と優希に気づき、立ち止まった。

「ん? どうした」

 まだ状況がつかめていない部長を、律はキレイな顔で見すえる。その姿に、部長はますます困惑していた。

 律の視線が、洋室の中に戻る。

「カナさん、ちょっと提案があるんですけど」

「はい……」

 泣きはらした顔をおそるおそる向けたカナに、律はにっこりと笑う。

「カナさんには、しばらく部長が固定で送迎するっていうのはどうですか?」

 律は身をひるがえし、部長の腕をつかんでひっぱってくる。カナに対して「この人」と手を向けた。部長はいまだに話がわからず、怪訝けげんな表情を浮かべている。

「ほらウチって、ドライバーがお客様のいらっしゃるお部屋までついていくのが決まりじゃないですか」

 Platinumプラチナム系列の送迎スタッフは、できる限り女性とともに行動しなければならない。スタッフの姿で客の身勝手な行動を抑制し、女性が少しでも安心して仕事をこなすようにするためだ。

「ウチのドライバーって女性もいるし、男性も比較的若い子ばかりで、カナさんにとっては安心できないかなって思うんです。その点、部長はカナさんより年上ですし経験もあるので、たよりやすいんじゃないかなって」

 部長はスタッフの中で最年長だ。その丸々とした体に反し、顔はいかつい。サングラスをかけてストールを首にかければ、その手の職業にも見える。

「お客さんも部長を見たら、委縮するほどなんですよ。……どうですか?」

 カナは、部長の姿をじっと見据える。部長はいきなりの提案に戸惑っていたが、とりあえず見つめ返した。

 カナの視線は律に移り、ぎこちなく、しっかりとうなずいた。

 いまだに理解が追い付いていない部長の背中を、律はポンとたたく。これで一段落したとばかりにほほ笑み、デスクに向かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...