46 / 72
第二夜 酒も女も金も男も
ベテランのご意見 1
しおりを挟む紅茶を飲み干した律は、カップを流しに置いてデスクに座る。ノートパソコンを開き、今日の売上を確認し始めた。
ななめどなりの席では優希が日報を記録し、反対側ななめ前の席で、メイコがスマホを耳に当てている。終業前の業務に追われ、リビングの空気は引き締まっていた。
「うん、伝えておきます。……はい。気を付けておいでね」
電話を終えたメイコが、律に顔を向ける。
「社長、ミズキくんから連絡あったんですけど、今から夏妃さんを事務所に連れてくるそうです」
「夏妃さん? なんだろ?」
「渡したいものがあるって言ってました」
「ふうん?」
夏妃が来るまで、律とメイコたちは作業を続ける。
しばらくして、事務所の玄関が開く音と、若い男性の声がリビングに届いた。
「お疲れさまで~す」
スーツ姿の青年、ミズキがリビングに顔を出す。律が不愛想に「お疲れ」と返した。
ミズキはPlatinum系列のドライバーだ。黒い髪に、前髪の金色メッシュが映えている。歳は優希とそう変わらない。
その後ろから遅れて入ってきた夏妃に、律は女性向けのキレイな笑みを浮かべた。
「お疲れ様です、夏妃さん」
「ごめんなさいね、社長。仕事の邪魔しちゃって」
夏妃は、地方に売っている土産菓子の袋を下げていた。
「お客さんからお土産をもらったから渡そうと思ったの。……ああ、ちゃんと確認したわ。変なものは入ってない。そういうお客さんじゃないしね」
まれに、風俗嬢は客から嫌な手土産をもらうことがある。食べかけのケーキや唾液入りの手作り菓子など、常人には理解できないようなものだ。
そういったものは、スタッフで処分することになっていた。
「ひいきしてくださるお客さんが地方に出張に行ったんですって。そのお土産。みんな気に入ると思うわ」
律が立ち上がり土産を受け取りに向かう。
「わざわざありがとうございます、夏妃さん」
受け取った袋はズシリと重い。チラリと中を見れば、色の違う小箱がいくつも入っている。
「たくさん入ってますね。ウチのスタッフ全員甘いもの大好きなので、嬉しいです」
「それはよかった」
「せっかくですから一緒にどうですか。夏妃さんさえよければですけど」
「あら、いいの? ご迷惑じゃない? 明日の営業の準備もあるでしょうに」
「夏妃さんが気にすることじゃありませんよ」
「……そう? じゃあ、ご一緒させてもらおうかな」
律はホストさながら、洋室に手を向ける。
「では、こちらにどうぞ。……メイコさん、紅茶の用意を」
「わかってます!」
律から土産を受け取ったメイコは、意気揚々とキッチンへ向かう。
その姿に、夏妃が喉を鳴らした。律に言われたとおり、先に洋室へ向かう。
「あら、部長じゃない。お疲れさま」
自身のカップを持って出ようとする部長と、鉢合わせた。
「お疲れさまです、夏妃さん」
「あんたも大変ねえ、カナさんにつきっきりって。自由に動き回れないでしょ」
「いえいえ、これも仕事のウチですし」
部長は律を一瞥し、夏妃にほほ笑む。
「では、ごゆっくり」
すみやかに部屋を出て、自身のデスクに座った。
洋室に入った夏妃は、ソファに浅く腰かける。背筋を伸ばして足をななめにする姿は、それだけで教養を感じさせた。
正面に座る律に、夏妃は眉尻を下げた。
「やっぱり、まだ仕事残ってるんでしょ? 気を遣わせちゃってごめんなさいね」
律は薄い笑みを浮かべ、丁寧に返す。
「お気になさらず。夏妃さんと話したいこともあったので。夏妃さんこそ引き止めてしまってすみませんでした」
「私はいいのよ。……話は変わるけど、体調は大丈夫? さっきからお酒とか……たばことか香水とかいろいろ匂ってくるけど」
「いつものことです。ご心配にはおよびません。不快な気分にさせてしまったら謝ります」
「ううん。私は大丈夫。大変よね、ナンバーワンホストも」
キッチンのほうから、優希とミズキのはしゃぐ声が届く。
「やっぱりもみじまんじゅうだ! おいしいやつですよ、これ!」
「ねえ、なんか、いろいろ入ってるよ。チョコとかクリームとか、いろいろ」
メイコが紅茶の準備をしているとなりで、すでに土産の箱を開けていた。
「ぬうう……いろいろあって選べない……」
「やっぱり安定のあんこじゃない? 他の味はさ、おうちに持って帰ろう。いいですよね? メイコさん」
「はいはい。わかったから、少し静かにしてて」
洋室にいる律は苦笑する。
「すみません、騒がしくて」
「いいじゃない。にぎやかで。良い職場だわ」
メイコが紅茶と菓子をトレーに乗せて運び、洋室のテーブルに置く。律の前に紅茶を置き、続けて夏妃の前に置いた。
「中身、あんこでよかったですか?」
「ええ、大丈夫」
最後に、メイコは菓子ののった皿をテーブルの中央に置く。
扉を開けたまま、キッチンへ戻っていった。
優希とミズキは、まだ菓子を見てはしゃいでいた。紅茶片手に中身が違うものをいくつか取り出す。デスクに座る部長がそれに気づき、とりすぎだと一喝されていた。
明るい声が続く中、洋室のソファに座る夏妃は紅茶を持ち上げる。口をつける直前、律が尋ねた。
「ご家族とは最近どうですか? 息子さんが試験を控えてると聞きましたが」
夏妃はしみじみと答える。
「そうよ。国家試験がね。相対評価で決まるらしいから、高い点数とるほど有利らしくて、猛勉強中」
「旦那さんとも相変わらず?」
「そうよ。……ほら、お先にどうぞ」
眉尻を下げる夏妃は、テーブルの菓子を手で示しつつ、紅茶に口をつけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる