律と欲望の夜

冷泉 伽夜

文字の大きさ
51 / 72
第二夜 酒も女も金も男も

心変わり 1

しおりを挟む



 営業終了後、千隼はレジカウンターでミーティングの内容を確認していた。ナンバー2である部長の志乃と話し合い、要点をメモ帳に書き込んでいく。

 二人のもとにほうきを持った新人ホストが近づき、おそるおそる声をかけた。

「あの、すいません、今いいですか?」

 千隼ではなく志乃が顔を向けた。ベイビーフェイスで、この店の中では身長が低い。女性にかわいがられるタイプだ。

「なに?」

「その、律さんが千隼さんを呼んでて……」

 千隼はメモ帳から顔を上げ、志乃を見る。志乃はかわいらしい顔をイラ立たしくゆがめ、低い声を出した。

「ああ? なんで?」

「すみません、そこまでは……。でもどうしても聞きたいことがあるからって」

 志乃はカウンターに片肘を乗せて寄りかかり、攻撃的な声を放つ。

「ってか本人がそれ言いに来いよ。今どこにいんの?」

「トイレで吐いてます」

 舌打ちが大きく響いた。

「ああ……そう」

「すぐに出るから、白湯を用意して待っててって言ってました」

 顔をゆがませたまま、志乃はため息をつく。カウンターを指でコツコツとたたき続けた。

「まあ、俺が行くなとは言えねえよな。あいつはこの店の特別だから」

 千隼に顔を向け、厨房ちゅうぼうに顎をしゃくった。

「どうぞ、行ってきてください。こっちは一人でやっておくんで」

「ごめんね……」

 千隼は苦笑しながら、新人ホストとともに離れていく。

 白湯を持った千隼が厨房ちゅうぼうを出たころ、律がフロアに戻ってきた。律は酔いのさめていない青白い顔で、ひと気のない卓席を選び、座る。

 律の前にコップを置いた千隼は、となりに腰を下ろした。

「あ、となりは嫌だった?」

「別にいいですよ。このほうが話しやすいですし。……変な勘違いされるかもしれませんけど」

 周囲はまだ掃除中で、役職たちはミーティングの打ち合わせ。店長はスタッフと一緒に、なにやら話しこんでいる。誰もかれもが、律と千隼の話に聞き耳を立てる余裕はない。

 それでも用心に越したことはなかった。

「……それで、俺に聞きたいことって、なに?」

 律は用意された白湯を手に取る。湯気の立つ表面を見つめ、尋ねた。

進捗しんちょくはどうですか? 彼女さんとのこと」

「あ、あ~、うん……」

 顔を引きつらせる千隼に、短く息をつく。

「まだ何も進んじゃいないんですね」

「……そうです」

 千隼は苦笑しつつ顔を伏せる。その姿を、律は白湯に息を吹きかけながら見すえた。

 彼女が大事なら仕事を辞める覚悟で結婚すればいいし、仕事が大事なら彼女と別れればいい。言葉にするのは簡単だが、どちらにしても千隼にとっては大きな決断だ。

 そのうえで、決断に至らない何かが、千隼の中で絡み合っている。

「彼女がどういう女性か、わかればいいんですね?」

「え?」

 きょとんとした顔を上げる千隼に、律は目を合わせる。

「容姿に関しては実際に会って見定めるとして、先にいくつか質問してもいいですか?」

 千隼は目を丸くしつつ、ぎこちなくうなずいた。

「まず、同棲はしてますか?」

「……ううん。一緒に住むのは結婚してからがいいと思って」

「今どき珍しい考え方ですね」

 律は足を組み、背もたれに背を付ける。

「彼女、モテます?」

「うん。たぶんね。かわいいしおしゃれだし、彼女のことを嫌いにならない男性はいないんじゃないかな。クラスにいたら人気になるタイプだと思うよ」

 彼女に関する質問に、千隼はほほ笑みながらきちんと答えていく。

「どういう服装を好みます? お客さんで言えば、スーツ姿が多いとか、フェミニンな感じ、とか」

「服装? う~ん……休みの日に会うときは流行のモノを着てることが多いかな。万人受けするような……女性らしい感じで」

「おしゃれが好きなタイプ?」

「そうだね。俺もしょっちゅうプレゼントしてるよ。ブランド物の靴とかバッグとか。……好きだって言うから」

 千隼は目を伏せて、どこか寂し気に笑う。

 一方、律は神妙な顔でふむふむとうなずいていた。事務的に質問を続けていく。

「彼女、仕事はできるタイプですか?」

「あー……どうだろう? 仕事の話、お互いにしたことないし」

 律の眉がぴくりと動く。対して千隼は、穏やかに笑っていた。

「まあ、でも、本人が望むなら専業主婦もアリだと思ってるんだ。俺が稼げばいいだけだし、無理してまで働いてほしくないしね」

「……そうですか」

 律の中で、少しずつひっかかっていく千隼の回答。あえて深追いはせず、淡々と情報を聞き取っていく。

「じゃあ、育ちの良さはどうですか?」

「育ちのよさ……? 別に、普通じゃない?」

「普通、ですか」

 白湯に息を丹念に吹きかけて、律はようやく口をつけた。まだ律にとっては熱く、飲みすすめることはできない。

「彼女の実家に行かれたことは?」

 千隼は首を振る。

「そうですか。それなら、わかりにくいかもしれないですね。まあ、でも、千隼さんが違和感を持たないレベルってことなんでしょう」

 白湯を少量すすり、さらに続ける。

「じゃあ、交友関係はどうですか? 友達は少ないほう? 多いほう? 千隼さんへの連絡が多すぎるとかはありません?」

「それはないかなぁ。普通に友達もいるんじゃない? たまに友達と飲みに行ってるみたいだし」

 律は白湯に視線を落とし、しばらく考え込む。彼女の情報はわかったものの、千隼の考えがはっきりと見えてこない。

 千隼が彼女のどこを惜しみ、悩むのか。仕事と、彼女のなにをはかりにかけているのか、まだ把握できていない。

 黙ったままの律を見る千隼の目が、不安に染まってきたことに気づく。律は気を取り直し、冷ややかな声で尋ねた。

「千隼さん、週末は絶対出勤してますよね。ってことは、彼女に会うのは日曜日だけってことですか?」

「そうだよ」

「千隼さん、同伴のときもあるでしょ? いくらアフターは断ってるとはいえ、彼女さんに見られたりしないんですか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...