サイコさんの噂

長谷川

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サイコさんの噂

1





 かごめ かごめ
 かごなかの鳥は いついつ出やる?
 夜明けの晩に つるかめが滑った
 後ろの正面  だ あ れ ?




 ◆第零夜だいぜろや


 暗闇の中、頭から布団を被り、ベッドの上にひざを抱えて座っていた。
 恐ろしさのあまり歯の根が合わない。全身が細かく震えている。
 また夜がやってきた。
 もう駄目だ。逃げられない。眠ればまたあの悪夢ゆめを見る。かと言って眠らなくとも、悪夢ゆめは忍び寄ってくる。
 頭の中に響き続ける童謡どうよう。耳をふさいでもそれは消えない。
 どうして。どうしてどうしてどうしてどうして。
 同じ疑問が繰り返され、思考をり潰していく。自分は悪くない。こんなはずじゃなかった。あいつらが馬鹿にするから。だから見返してやろうと、自分の正しさを証明しようと、ただそれだけだった。なのに――
 恐怖で顔中をぐしゃぐしゃにしながら、スマホの画面を操作する。見慣れた掲示板。軽快なやりとり。そこに何度も登場する自分の名前。『メシウマ』『自業自得』『自殺に追い込め』――
 ああ、憎い。こいつらのせいで自分はこんな目にっているというのに。憎い、憎い、憎い、憎い!
 そのときだった。


 ピンポーン……


 突然玄関のチャイムが鳴る。暗闇の中、驚きのあまり飛び上がった。
 まただ。またこの時間がやってきた。スマホの右上に表示された時間を確認する――午前二時。
 恐怖のあまり視界がゆがんだ。ガタガタと全身を包む震えが激しくなる。のどり、吐き気がした。このまま胃の中のものを全部吐き出してしまえれば、少しは楽になるだろうか?


 ピンポーン……ピンポーン……


 再び暗闇にチャイムが響く。本当に気が狂いそうだった。いっそ狂ってしまいたかった。気の違ったような叫びを上げて、何もかも吹き飛ぶくらい暴れ回ることができたなら、きっとこの恐怖からも解放されるに違いない。
 けれどもはこちらに狂うひますら与えずに、


 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン


「あ……あ……ああああああああ!!」

 嫌だ。来るな。来るな来るな来るな!
 泣きじゃくり、悲鳴を上げて頭を抱える。耳を塞ぐように体を丸め、しかしそれでもは耳の奥から聞こえていた。
 ――誰か助けて。その一心でスマホの画面をタップする。

『サイコさんが来る』

 書き込みの送信ボタン。無我夢中でタッチした。
 誰か助けて。このSOSを受け取って。誰でもいい。誰でもいいから――助けて。
 画面の上のプログレスバーが満タンになり、パッと画面が切り替わった。
 けれどそこに見慣れた書き込み完了画面はなく――代わりに映り込んだのは、真っ黒な画面の向こうからこちらを覗く誰かの目。


「見ィツケタ」


 絶叫し、手の中のそれを放り投げた。すぐ耳元で聞こえた女の声を振り払い、のたうち回ってベッドから転がり落ち、なおも叫びながら部屋を飛び出していく。
 ――行かなければ、あの村に。
 そんな声が脳裏をよぎった。
 行かなければ。
 いかなければ。
 イカナケレバ……



 気がつくと、目の前に見慣れた調理台があった。
 その前にたたずみ、手にした刃のひらめきにヒヒッと笑う。
 そうだ。皆殺しだ。
 皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し皆殺し――

「――おい、そこで何をしてる?」

 背後からけんのある声がした。ふらふらとその声を振り返る。
 口角を吊り上げ、眼窩がんかからこぼれんばかりに目を剥いた。
 包丁をきつく握り締める。


          ●  ●  ●


 その晩、加賀稚かがちまちで一組の夫婦が惨殺された。
 殺された二人には息子がいたが、その行方ゆくえは今も分かっていない。




 ◆第弌夜だいいちや


「ねえねえ、〝サイコさんのうわさ〟って知ってる?」

 昼休みの開始を告げるチャイムが鳴ってから、三十分ほど過ぎた頃。昼食を終えた生徒たちがぼちぼち集まり、思い思いに休み時間を過ごす2‐Aの教室で、そうたずねたのは赤いカチューシャをした千賀ちがあかりだった。
 県立加賀稚高等学校。それが彼女たちの通う、町内唯一の高校の名だ。
 加賀稚町は本州の北、M県にある人口三万人ほどの田舎いなか町だった。町の東には青々とした大海原おおうなばらが広がり、西には大小の峰を従えた山岳地帯が、更に山沿いには近年開通したばかりの高速道路が走っている。
 燈たちの通う高校は、そんな町の中でもやや海寄りの小高い丘の上にあった。おかげで二階にある二年生の教室からは、少し遠いが太平洋が一望できる。その太平洋に向かって開け放たれたいくつもの窓から、かすかな潮の匂いをはらんだ風がせみの声と共に吹き込んでいた――猛暑のためだろうか、今年は蝉の鳴き始めがかなり早い。
 初夏。このところ陽射しはじりじりと強さを増し、湿気しけっぽい日が続いている。梅雨つゆの時期にしては珍しく、今日はからりと晴れた方だが、おかげで教室の隅に置かれたオンボロ扇風機せんぷうきはフル稼働かどう中だ。
 今年で創立五十周年を迎える加賀稚高校の校舎は古い。その佇まいは見るからに「田舎の高校です」という雰囲気をかもし出していて、垢抜あかぬけたところは一つもなかった。
 だが月初に衣替ころもがえを迎えた教室の中はいくらか明るい。女子も男子も冬の制服である濃紺のうこんの上着を脱ぎ捨てて、白い半袖姿になっているからだ。
 中でも今日の燈は特に華やかだった。いつもはふわりとやわらかく波打たせているミディアムヘアを、今は丁寧ていねいに編み込んで頭の後ろに上品なふくらみを持たせている。
 そこに鮮やかな赤のラインを描くカチューシャには、小振りだが可憐かれんな薄桃色の花の飾りがついていて、それがシャツのカラーに走る青いラインと美しいコントラストをかなでていた。

「何、その〝サイコさん〟って?」
「えーっ、玲海れみちゃん知らないのぉ。最近流行はやりの都市伝説だよぉ」

 と、燈は大袈裟おおげさに驚いてみせる。そんな燈と机を挟んで向かい合っているのは、隣のクラスの苅野かりの玲海だ。二人は中学時代からの友人で、昔からとても仲がいい。
 ただ玲海の見た目や性格は、文化部所属でどこかおっとりとした燈とは正反対と言って良かった。中学生の頃からバレー部に所属している玲海はつやのある黒髪をポニーテールに結び、目つきもどこかきりりとしていて、いかにも活発そうな少女という印象を見る者に与える。

「都市伝説ぅ? あんた、そんなのに興味あったっけ? 確か怖い話とか苦手でしょ?」
「うん、そうだけど、サイコさんは違うんだよぉ。なんかね、よく当たる占いみたいなやつ。最近ネットですっごく流行はやってて、みんなやってるんだって!」
「占い? そのサイコさんって人が占ってくれるの?」
「うーん、ちょっと違うけどそんな感じ! なんかね、夜になったら赤いペンで自分の知りたいことを十三回書いた紙を用意して、部屋を真っ暗にするんだって。それで、たとえばTmitterとかFacenoteとかに『サイコさんに質問です』って書き込むの。そのとき紙に書いたのと同じ質問も一緒に書き込むと、サイコさんが来て答えてくれるんだって! ただ〝私の未来はどうなりますか?〟みたいな漠然ばくぜんとした質問には答えてくれないらしいけど……」
「何それ」

 燈が喜々として話してみせるネット受け売りの知識に、玲海はたちまちまゆをひそめた。昔から占いとかおまじないのたぐいが大好きな燈は興味津々きょうみしんしんといった様子だが、現実主義者の玲海にしてみたら、荒唐無稽こうとうむけいにもほどがある話だ。

「それってつまり、そのサイコさんって人が色んなSNSのアカウントを持ってて、自分宛の質問を見つけたら答えてくれるってこと?」
「違うよぉ。サイコさんのアカウントはどのSNSにも存在してないの。前にTmitterでサイコさんに答えてもらえたって人がいたんだけど、そのときサイコさんの返信からアカウントを辿ろうとしたら、〝そのアカウントは現在凍結とうけつされています〟って出たんだって。しかも質問に成功したって人のうち誰が試してもそうなるから、サイコさんがどこからどうやって答えてくれてるのかは誰にも分からないの」
「んなアホな……じゃあそのサイコさんっていうのは実在してるのかどうかも分からないってこと? なんか、昔流行はやったっていうコックリさんみたいだね」
「そうそう! でもサイコさんはコックリさんと違って一人で手軽にできるし、しかもほんとによく当たるんだよ!」
「でもあくまで都市伝説でしょ? どーせ誰かの作り話かヤラセだって。ねえ、凛子りんこ?」

 と、玲海が話題を振ったのは、燈と玲美に挟まれた机の持ち主――佐久川さくがわ凛子だった。
 凛子はこんな田舎の学校には珍しく都会的な雰囲気をまとった少女だ。校則に触れているにもかかわらず胸まで届く髪は明るい茶色に染められていて、今はそれをサイドテールに結っている。
 が、当の凛子はスマホをいじることに熱中していて、そばで交わされる燈と玲海の会話も耳に入っていない様子だった。そんな凛子の様子にちょっと首をかしげた玲海が、責めるでもなく言う。

「凛子? 聞いてる?」
「……えっ? ああ、うん、ごめん、何だっけ?」
「サイコさんだよぉ、サイコさん! ねえねえ、凛ちゃんはサイコさん信じる?」
「あー……そのサイコさんってさ。具体的な質問ならどんな質問でも答えてくれるの?」
「うん! なんかね、わたしの見たサイトには〝イエスかノーで答えられるような質問だと答えてもらえる確率が高い〟って書いてあったよ。成功例のスクショもいっぱい載ってたし……」
「ふーん。それってググればすぐ出る?」
「出るよ~! 〝サイコさん 都市伝説〟で検索かければ、まとめサイトとか実際にやってみた人のブログとか、色々引っ掛かるみたい」
「へえ……なら、今度あたしもやってみようかな」
「ほんとぉ!? じゃあ凛ちゃんもやるとき教えて! わたし、タイムラインで待機してるから!」
「あんたたち、そんなのよく信じる気になるねぇ。ねえ、あんたはどう思う――宙夜ひろや?」

 そのとき若干呆れ顔をした玲海が、斜め後ろにある席をかえりみて言った。窓際から二列目、中ほどの席。そこに、ブックカバーつきの文庫本を開いて座った一人の少年がいる。
 窓から吹き込んできた風が、ページに目を落とす少年の黒髪をかすかに揺らした。昼休みの喧騒けんそうをものともしていないその横顔は、従姉いとこである玲海にさえどこか浮世離れして見える。
 真瀬ませ宙夜。それが少年の名前だった。名を呼ばれた宙夜は、それまで本の世界へ向けていた視線をつと上げて、涼しげな目を玲海に向けてくる。

「オカルトだよ。その手の話はフィクションとして楽しむ分にはいいけど、自分で手を出したりはしない方がいい」

 眼差まなざしだけでなく、宙夜は声色にまでなぎのような静けさを湛えていた。その達観した物言いと、透明とうめいの壁でへだたれた別世界にでもいるような態度はクラスの中でも特に浮いている。が、当の宙夜にそれを気にした様子はなく、本だけが生涯しょうがいの友とでも言いたげな振る舞いだ。

「ええっ。もしかして宙夜も信じてるの? 幽霊とかそういうの」
「幽霊は見たことがないから信じるも信じないもないけど、都市伝説は玉石混淆ぎょくせきこんこうだから。ただのデタラメの場合もあれば、本物の場合もある。でもそんなの素人しろうとには見分けがつかないだろ。だから安易あんいな気持ちで手を出すべきじゃない」
「ふーん。まるで自分は素人じゃないとでも言いたげな言い方ね?」
「別に。ただ、そういうオカルト話に詳しい知り合いがいるだけだよ」
「へえ! それじゃあ宙夜くんも、サイコさんのこと詳しいのぉ?」

 思わず身を乗り出して尋ねた燈を、宙夜はちらと一瞥いちべつした。
 そうしてすぐにまた手元の怪奇ミステリーへと目を落とす。会話の間もまったく動かない表情は、まるで彼の周りだけ気温が涼しく保たれているかのようだ。

「言うほど詳しくはない。でも、あんまりお勧めはしないよ。嘘でも本当でも、都市伝説なんて大抵ろくなもんじゃないから」
「うーん、そっかぁ……でも、本当に当たるって評判なんだけどなぁ」

 まるでつれない宙夜の返事に、燈はしょんぼりと肩を落とした。それは宙夜の冷ややかな態度にがっかりしたというよりも、期待がしゅんとしぼんだせいだ。



「――だけど知らなかったなぁ、宙夜にオカルト好きの知り合いがいたなんて」

 と、玲海が学校指定の学生かばんを前後に振りながらそう言ったのは、放課後、川沿いの土手を歩きながら家路に就いたときのことだった。
 宙夜たちの通う加賀稚高校のふもとには、駒草川こまくさがわと呼ばれるそこそこ大きな川が蛇行だこうしながら流れている。西の白雨しらさめ山脈から流れる何本もの小さな川が合流して、太平洋へと至る川だ。
 その駒草川沿いに伸びる堤防が、宙夜と玲海の帰り道だった。二人は学校から一キロほど行ったところで橋を通り、対岸へ渡る。その先にある住宅街が二人の暮らす蔚染うつそみ地区だ。

「別に俺がどんな相手と付き合おうが俺の勝手だろ」
「まあ、そーだけどさ。そんな人とどこで知り合ったのかなぁと思って」
「成り行き。で、気づいたらよくつるむようになってた」

 声変わりしたにしてはやや高く、ほとんど抑揚よくようのない声で素っ気なく宙夜は言った。しかし隣の玲海はそんな宙夜の態度にも慣れているから、気にしない。
 宙夜は二年前まで、この加賀稚町から電車で一時間ほど行った先にある天岡市あまおかしというところで暮らしていた。それが高校入学を機に、母方の故郷であるこの町へ越してきたのだ。
 母親が生きていた頃は、宙夜も夏休みや冬休みの度にこの町へ遊びに来ていた。ゆえにずっとこの町で暮らしている玲海とは幼い頃から付き合いがある。

「ふーん、成り行きねぇ。でも、それじゃあ宙夜は知ってたんだ、サイコさんの噂。だけどあれってどうなの? さっきはあんなこと言ってたけど、所詮しょせんはただの都市伝説でしょ?」
「さあ。俺も自分で試したわけじゃないから、真偽のほどは分からないけど。でもサイコさんの噂自体は、もっとずっと前からあったんだよ。ただ昔は今ほどインターネットやSNSが普及してなかったし、当時はコトリバコとかひとりかくれんぼとか、別の都市伝説が流行はやってたから」
「な、何? その〝コトリバコ〟とか〝ひとりかくれんぼ〟って」
「玲海は知らなくていいと思う」

 相変わらず淡々と宙夜は言い、ちらりとも玲海を見ずに歩を進めた。
 時刻は午後四時を回っている。この時期、それでもまだ日は高く、なおも日中の暑さが続いていた。ただ堤防の麓をさらさらと流れる駒草川の水音が少しだけ暑さをやわらげてくれる。土手として整備され、道にほとんど木陰こかげなどがない川沿いでは、その水音だけが夏の間のなぐさめだった。

「だけど当時はそれほど有名じゃなかった都市伝説が、最近になって突然流行はやり出したのには何か理由があると思う。それがオカルト的なものなのか、人為的なものなのかは分からないけど」
「それってつまり、誰かが意図的に噂を広めてるってこと?」
「あるいは噂が本当で、だからこそ爆発的に広まってるんじゃないかってこと」

 返ってきたのは思わせぶりな答えだったが、玲海は逆に興醒きょうざめしてしまった。元々オカルトやスピリチュアルといった類のものには否定的な玲海にとって、宙夜の推測はひどくつまらないものに思えたのだ。

「バッカバカしい。幽霊がわざわざネットの書き込みを逐一ちくいちチェックして、懇切丁寧こんせつていねいに返信してくれるなんて普通に考えてありえないでしょ。もしそんな親切な幽霊がいるんなら、ぜひお近づきになりたいけど」
「何かあるの? サイコさんにきたいこと」
「えっ、あ、別に~? ただ燈がずいぶん熱心に勧めてたから、ちょっと気になっただけで……」

 唐突な宙夜の質問に、玲海は目を泳がせながら答えた。そんな自分に宙夜が探るような目を向けてくるのが分かったが、それ以上は答えず無理矢理笑顔を作って言う。

「そ、そう言う宙夜は? もしサイコさんの噂が本当なら、何か訊きたいことないの?」
「……。あるよ」
「えっ、うそっ。何?」
「俺は本当にあのとき死ぬべきだったのかどうか」

 遠くから聞こえていた蝉の声が、突然その音量を増した。そう錯覚するほどの静寂せいじゃくが二人の間に舞い降りる。
 玲海は思わず足を止め、サッと顔色を変えて凍りついた。すると宙夜も立ち止まり、何食わぬ顔でけろりと言う。

「冗談だよ」
「宙夜が言うと冗談に聞こえない」
「……ごめん」

 それきり、宙夜は玲海から顔を背けた。再び歩き出した玲海もまた、しおれるようにうつむき視線を落とす。
 そのまま特に言葉を交わすこともなく、橋を渡った。堤防の上には歩道しかないが、鬼灯橋ほおずきばしと呼ばれるその橋の上には車道が走っている。橋の向こうは住宅街を貫くやや広めの町道だ。
 町道の両脇にはひなびた商店がぽつぽつと並び、中には年中シャッターが下りっぱなしで、元は何の店だったのか分からない建物も多くあった。そんな寂れた景観の中、唯一異彩いさいを放っているのが三年ほど前にできたばかりのコンビニだ。そのコンビニは宙夜と玲海がいつも曲がる道の角にあって、こんな田舎でもわりといつも繁盛はんじょうしている。

「玲海。ちょっとコンビニ寄っていい?」
「……え? あ、うん。何か買うの?」
「うん」

 宙夜の方から寄り道をしたいと言い出すのは、なかなか珍しいことだった。この朴念仁ぼくねんじんの従弟はことに出不精でぶしょうで、あまり長時間家の外にいることを好まない。だから学校が終わるとすぐに身をひるがえして帰ってしまうし、たまに外出しても「早く帰りたい」というオーラを全身から垂れ流す。
 そんな宙夜が一体何の用事でコンビニに寄るのか、不思議に思いながら玲海もついていく。

「ん」

 お世辞にも品揃しなぞろえがいいとは言えない雑誌コーナー。宙夜の買い物が終わるまでそこで時間を潰していた玲海は、いきなり横から差し出されたそれに目を向けた。
 真っ先に目に入ったのは、びっしりと細かく汗をかいたビニール袋。棒アイスだ。それも玲海の好きな、バニラアイスにクランチチョコがかかったタイプの。

「何、これ?」
「おび」
「何の?」
「さっきの」

 必要最低限の言葉だけ並べて答えると、宙夜はこれで用は済んだと言いたげにきびすを返した。ぽかんとしたままひとまずアイスを受け取ってしまった玲海は、そんな宙夜の背中と手元のアイスとを見比べる。
 ほどなく口元に浮かんできた笑みを、玲海は抑えることができなかった。

「待ってよ、宙夜!」

 冷房の効いた店内にも未練を見せず、さっさと自動ドアを出ていく宙夜を追う。そうして彼の隣に追いつくと、田舎特有の草熱くさいきれの中、二人並んでアイスを頬張りながら帰った。


          ●  ●  ●


【オカルト☆ナイツ(4)】  《6/26(金)》

 みっつん:『ばんわー!(^O^)/』20:09
 ハルマ :『みっつんさん、こんばんは』20:10
 やっさん:『ども』20:10
 むぎ   :『おばんでーすw』20:11
 みっつん:『わ、今日は皆さん揃ってますね♪ なんか嬉しい!(≧∀≦)』20:12
 みっつん:『あの、早速なんですけど、皆さん最近噂のサイコさんってどーですか?』20:14
 やっさん:『どうって、実際に試してみたかってこと?』20:15
 みっつん:『ですです! 最近なんかウチの周りで超流行はやってるみたいで、
       本当に答えてもらえた! とか言ってる子がいて(@_@) 
       あれって本当なんですかね?』20:18
 ハルマ :『僕、たまに5ちゃんねるの実況スレ覗いてますけど、
       いまいちよく分からないですね。質問者の自演くさいのが大半だし』20:20
 やっさん:『サイコさんってコテハンつけてくんないの?』20:21
 麦   :『コテハンwwwwwww』20:22
 みっつん:『つけてくれたら超親切ですけどね♪(´∀`*)
       ハルマさんは実況板見てるだけですか? 
       ご自分でやってみたりとかは?』20:26
 ハルマ :『してないですね。サイコさんって何だかんだで準備に手間かかるんで。 
       パワーストーン買ったりとか……』20:28
 やっさん:『言えてる。ひとりかくれんぼくらいなら自宅で材料揃えられるけどねー』20:30
 ハルマ :『僕が住んでるとこ田舎なんで、
       そもそもパワーストーンとか売ってないです』20:31
 麦   :『そっちかいwwwwww』20:31
 みっつん:『麦さんとやっさんさんも?』20:33
 麦   :『うーん、そっすねー。今のところ予定はないかなw』20:34
 やっさん:『ケネディ暗殺の犯人とかアポロ計画の真偽とか
       わかるならやってみてもいいよ』20:36
 麦   :『出たよ陰謀いんぼう論者wwwwww』20:37
 みっつん:『あの、それじゃあウチやってみようと思うんですけど(* ̄▽ ̄)ノ』20:40
 やっさん:『え? やるって、サイコさん?』20:41
 みっつん:『はい! いきなりなんですけど、今夜の2時とかどーですか?
       最初は噂がホントかどうか試すために
       めちゃ簡単な質問にしようと思ってます!』20:44
 やっさん:『どこでやるの?』20:45
 みっつん:『えっと、それはココとか……ダメですかね?(^^;』20:46
 麦   :『LIMEメッセージアプリでやるとか新しいなwwwwww』20:47
 やっさん:『いや、でも人のブログのコメント欄とか
       Yafoo! 知恵袋もできたって人いたみたいだし、案外イケるかもよ?』20:49
 みっつん:『マジですか!? ヤバいヤバい超楽しみ!!(≧∀≦)』20:50
 麦   :『じゃあ2時頃また集合する感じで?
       自分はいいけど皆さん大丈夫っすか?w』20:52
 やっさん:『俺はいいよ』20:53
 ハルマ :『すみません。僕はちょっと明日早いんで……』20:56
 みっつん:『そっかー、残念! でも良かったら履歴りれき覗いてみてくださいね!』20:58
 ハルマ :『はい。今日はもう落ちますが、明日ログ見るの楽しみにしてます(^^)』20:59
 麦   :『じゃ、夜更かし組は今夜また集合ねーwwwwww』21:01
 みっつん:『わーい!! めちゃ楽しみです!!(≧▽≦)』21:02




 ◆第弐夜だいにや


「は~、疲れた~」

 休みが明けて、迎えた六月二十九日月曜日。他校に比べて少し早めの期末考査初日、相変わらずオンボロ扇風機がカラカラと乾いた音を立てて回る2‐Aの教室で、多くの生徒が各々おのおのの机に突っ伏していた。
 本日予定されていた二教科の試験が無事終わり、これから帰りのホームルームが始まる。担任がやって来るまでの間、親しい友人とテストの答え合わせに熱中するクラスメイトたちの姿を後目しりめに、宙夜は一人海を見ていた。
 今日も空は爽やかに青い。白い浜辺の砂をちりばめたように輝く水平線の手前には、イワシ漁に精を出す何艘なんそうもの船が見える。
 ちょうどこんなよく晴れた夏の日だったな、と宙夜は思った。
 降りしきる蝉の声。
 アスファルトからゆるく立ち上る陽炎かげろう
 その向こうに見えた白いガーデンハットと――

「――よーしお前ら、席に着けー。ホームルーム始めるぞー」

 ざわりと教室の空気がうごめき、思い思いの場所にいた生徒たちが慌ただしく自分の席へと駆け戻った。その合図となった担任教師の声で宙夜はふと我に返る。
 たった今自分が何に思いをせようとしていたのか自覚して、自嘲じちょう的な気分になった。
 今年もこの季節がやってきたのか、と思う。
 夏は嫌いだ。それはまるで永遠に解けない呪いのように、毎年ささやきかけてくる。
 お前は私から逃げられない、と。

「燈、凛子! テストどーだった!?」

 手短なホームルームを終え、あまりやる気のうかがえない担任がさっさと引き揚げていくと、下校時刻を迎えた教室は再び生徒たちの談笑であふれ返った。そこに一際よく通る声を上げて飛び込んできたのは、帰り支度を整えた玲海だ。彼女は一足先に今日のテストについて盛り上がっていた二人の傍までやってくると、早速半泣きの燈に迎えられている。
 どうやら二人は二限目の数学がボロボロだったようで、夏休みは補習かも、と早くも悲愴感ひそうかんを漂わせていた。一方の宙夜はどの教科も危なげなく、明日の試験のための復習もほとんど済んでしまっている。ゆえに今日は帰ったら、ざっと教科書に目を通してあとは休もう。そう予定を立ててきびすを返したところで足を止めた。
 何故ならくるりと体を向けた先で、およそ二つほどの眼差しがすがるようにこちらを見ている。言わずもがな、玲海と燈だ。二人は宙夜と目が合ったあとも何も言わなかったが、その沈黙が何をうったえているのかは朴念仁の宙夜でも分かった。
 それを受けた宙夜は束の間考えたあと、やがて一つため息を落とし、同情半分諦め半分で言う。

「……叔母さんがいいって言うならいいんじゃない?」
「よしっ! 宙夜がうちで英語教えてくれるって、燈!」
「やったー! ありがとう、宙夜くん!」

 あれはなかば無言の脅迫きょうはくではないかと思う宙夜を余所よそに、玲海と燈は早くも満点を取ったようなはしゃぎようで歓声を上げた。本音を言うと宙夜は一人で粛々と勉強をするのが一番はかどるのだが、あそこまで期待に満ちた目で見つめられてはしょうがない。

「ね、それじゃあお昼もうちで一緒に食べようよ。今からお母さんに電話するからさ」
「えっ、いいのぉ? じゃあ、わたしもお母さんにメールする!」
「凛子は? あんたもうちで一緒に勉強する?」
「……」
「凛子? ねー、凛子ってば! 聞いてる?」
「……え?」

 と、何度呼んでも返事のない凛子を玲海が覗き込んだところで、ようやくまともな反応があった。どうやら凛子はまたしてもスマホをいじるのに熱中していたらしく、呼ばれて我に返るや慌ててスマホを鞄に入れる。

「あ、ご、ごめん。何の話?」
「だから、これからうちで一緒に勉強するよって。何ならお昼もご馳走ちそうするけど、凛子も来る?」
「あー、えっと……ごめん、あたしは今日はちょっとパス。このあと少し用事があってさ」
「えーっ! 凛ちゃん、明日は英語のテストがあるんだよぉ? なのに用事なんて入れちゃってだいじょぶなの?」
「あはは、用事って言っても大した用じゃないから大丈夫だって。じゃ、あたし先帰るね」

 凛子はそう言うが早いか席を立ち、あとは足早に教室を出て行った。いつもなら鬼灯橋のあたりまで玲海や燈と一緒に帰るのだが、よほど急ぎの用事があるらしい。
 その凛子から少しばかり遅れる形で、宙夜たちも教室をあとにした。生徒用のロッカーがずらりと並ぶ古い廊下は、試験を終えて帰路にく生徒たちでごったがえしている。
 騒がしい人混みの中を、宙夜は昇降口を目指して歩いた。玲海と燈もついてくる。
 ところが一階へ下りる階段を前にしたところで、突然「あっ!」と鋭い声がした。どうしたのかと宙夜が振り向けば、足を止めた玲海が慌てて鞄をあさっている。何か探しているらしい。

「ごめん! 私、教室にスマホ置いてきた! すぐ取ってくるから先に行ってて!」

 恐らく母親――ともえに電話をかけようとしてスマホがないことに気がついたのだろう。玲海は大急ぎで身を翻すと、謝りながら元来た方向へ走り去った。
 普段の言動からしっかり者に見える玲海だが、時折こんな風に抜けているところがある。それを子供の頃からよく知る宙夜は内心呆れながら、燈をうながして先に昇降口へ向かった。
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