上 下
2 / 8

攻略1:サラフィナ・アモール

しおりを挟む
  私、平凡な高校生こと萌出沙羅もえでさらは、何故か乙女ゲームのヒロインに転生しちゃいました。と、いうわけで、まずはヒロイン、サラフィナ・アモールについておさらいしていきたいと思います。

――サラフィナ・アモール。伯爵家令嬢。THEヒロイン気質の、私と同い年の17歳の少女。王子ホイホイか? っていうぐらいとにかく攻略対象プリンスどもを惹きつけていた。
 確か、家族構成は母、父、ヒロイン、兄と姉が1人ずつの5人家族。愛称はサラ。身長154センチ、体重は43キログラム……

 はは、そりゃあ昨日全攻略したんだから、ヒロインのことなんてわかってるよね。うんうん、我ながらさすがだよ。
……覚えられたのは、たまたま私と似たような名前してたからだけど。

 さて、どーしたものか……  

 サラの部屋で目を覚ましたとはいえ、どうしたらいいかわからない。私にしか見えないモニターとかないわけ?
 ていうか転生物の主人公の適応能力って高すぎない?

 よりによってサラに転生したのが面倒くさいのだ。そこら辺のモブとかになれば平穏に戻れる方法とか探せるのに。

 え? 身分があるから良いだろって? だからいけないんだよ。
 サラは乙女ゲームの「ヒロイン」だよ???

 超ご都合主義のこのゲーム。サラに課されちゃった使命。
①平日は現実と同じで王城附属の学校で集団授業を受けなければならない。 
②アモール家の因縁により週末は誰かしらの王子と会わなきゃいけない。
③最終的には18歳の誕生日に王子の1人を選び結婚しなければならない……これはとりあえずどうでもいいか。

 問題は①、②だ。……思い返すと超ハードスケジュール。ほぼ毎日王城通いとか……無理。絶対無理。
 無礼なことする未来しか見えないよ。

 そうして私が苦悩していたとき、コンコン、と、誰かがドアを叩く音がした。

「サラフィナ様、ご朝食の準備ができました。学院へのご支度が整いましたら、おいでください」
「は、はーい」

 びっっくりした。そうだ、ここは現代じゃない。異世界だ。
 しかもここはそこそこの伯爵家の邸宅、執事やらメイドがいて当然の世界なのだ。
 しかし今日は平日らしい……①を実行しなければならない。
 いよいよ転生の現実味が増してきた。夢オチにはさせてくれないみたいだ。
 
「……痛い」

 ほら、ほっぺだってつねったら痛い。

 あーあ、さようなら。私の平穏。

 現実世界で依利とたわいない話をするのが、私の唯一の癒やしだった。だから、絶対戻るよ。
 推しに会えるのは嬉しい。死ぬほどね。だけど、語る相手がいてこそ、私の萌えはできあがるんだ。
 ここでのことは、帰って笑い話にでもすればいいね。

 頬をつねった痛みから、何故か勇気が湧いてくるような気がした。まるで、沙羅からサラフィナへと変わるような感覚。

 よし、じゃあまずは着替えだ。

 ベッドを降り、バカデカいクローゼットを開けて、ギョッとした。

 ねえ、依利。私やっぱり無理かもしれない。

 そこには大量の服が並んでいた。いくらゲームで学校へ行く制服(ほぼドレスに近い)を知っているとはいえ、こんな何十着もある中から短時間で見つけ出すのは難しい。
 それに、ドレスなんて着たことないし。確実に詰んでいる。

 わあ~遅刻するわ~。
 どうしようもなくなって天を仰ぐ。きらびやかな照明が目に入ってイラっとする。

 もうどうにでもなれ、だ。よし。

 ゲームの記憶をたどる。サラは令嬢にしては珍しく、着替え、入浴、掃除、ときどき料理など、使用人に負担をかけたくないという気づかいから、自分でやりたがった。 

 両親はそれを尊重した。令嬢がやるのはどうなのかと反対する者もいたが、結局はサラの心意気に心を動かされたとかなんとか。
 
 だから、着替えを手伝ってよ♡
……なんて本来の彼女は言うわけない。でも私1人じゃあドレスなんて着れない。

 やるしかないんだ、ご都合主義Part1。
   
 ヒロインの部屋には3色ボタンがある。

 何だそれって思うよね。単純に言うと兄か姉と使用人が召喚できるんだよ。

 赤は兄か姉、青は執事、緑はメイド。

 ゲームでは結構重要だったりする。今回は緑を使うよ。

 緑は幼馴染のメイドが必ず来る。名をアルバ・フォレッタ。このメイドがとにかく有能で、攻略の手助けをしてくれるのだ。

 ボタンを押し、カチッと音が鳴った瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた……

「何か御用ですか!? サラ様!」

 いや、速すぎでしょ。ちょっと感動した。確かに、ゲームではボタンを押した瞬間このテキストが流れていたから。

「サラ様?」
「あー、えっとね、実は……ちょっとき、筋肉痛で、着替えがし辛くて、申し訳ないんだけど、手伝ってくれないかな……?」

 かなりどもった。やばいな。筋肉痛って言い訳が苦しいかも。でも、これぐらいしか思い浮かばなかったんだよ。
 というかアルバの様子がおかしいのが1番怖い。うつむいて黙っている。幼馴染で、相当サラのことが好きそうだったから、らしくないのがばれたのかもしれない。

「ううっ…………喜んでッ……!」
「え、何で泣いて、」

 目の前には顔をぐしゃぐしゃにして泣くアルバ。困惑を隠せない。泣くほど嫌だった? でもゲームでは嬉々としてサラの手伝いしてたし……

 いろいろ考えていると、気がついたら服が制服になっていた。
 やっぱりこのメイド、できる……!!

「昔を思い出します……サラ様が1人でいろいろなさるようになってからは、自然とお会いすることも減ってしまって……取り乱してしまって申し訳ございません……」 
 
 なるほど、昔はサラの専属メイドだったのか。あのゲームにはこういう背景が描かれていないからなあ。

 いいこと閃いた。

「えっと、よかったらなんだけど、これからも着替えとか手伝ってくれないかな。最近、学校が忙しくて疲れちゃってて……」 
 
 ただでさえハードスケジュールなんだ。アルバはサラと会えて、私はいろいろ手伝ってもらえる。Win-Winじゃないか。
 でも、アルバの純情をもてあそんではいけない。私は沙羅でサラではない。だから、成り切ろう。完璧に。
 さっきは私も動揺してたけど、演じるのは得意だから……
 きっとサラに成り切ることが、帰る近道でもあると思うんだ。

「喜んでお手伝いいたします!」
「ありがとう、アルバ」

 従順でかわいらしい。なんて健気なんだろう。こういう子が報われればいいのにね。

「では、下で皆様が待っております。いってらっしゃいませ、サラ様」
「うん。着替えありがとう、行ってくるね」 

 アルバのおかげでなんとか第1関門を突破したけど、次もまた難関だなあ。学校行くまでにもう疲れてるし。
 アモール家、いわば癖強人間の集まりである。というかこのゲームには一癖ひとくせ二癖ふたくせもある人間しかいない。

 学校に行けば王子の数だけ悪役令嬢。王子の数だけ当て馬。
 さすが乙女ゲーム、イベントいっぱい。

……はあ、うまくやってくしかないよね。

 ストーリーは大体知ってるし。

 私は軽快に階段を降り、自室よりもさらに重厚感のある扉を開いたのだった。
しおりを挟む

処理中です...