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十九話
しおりを挟む夜に輝く月の女王。
暗き森の深淵。
颶風千刃。
炎魔大帝。
この世界で四禍と呼ばれる最強最悪の四体の魔物。
名前だけが独り歩きし、一匹を除いてその姿を知る者はほとんどいない。
出会えばまず間違いなく命を奪われるからだ。
出会ってはいけない。
刺激してはいけない。
攻撃などもってのほか。
その命欲すれば国が消えることを覚悟せよ。
そんな言葉が生まれる程の魔物。
実際にその存在を疎んだ暗愚なる王が国を挙げて四禍の一体の討伐に兵を向かわせた事がある。
刃を向けた相手は炎魔大帝。
結果は悲惨なものであった。
たった一体の魔物に差し向けられた兵士の数は二万。
二万の兵士達が、当時の炎魔大帝の住み処であったモルルト山に向かい、その全てが灰も残らず燃やし尽くされた。
のみならず、兵を差し向けられたことに怒りを覚えた炎魔大帝は敵と認識した王を都ごと全てを灰塵へと帰した。
残ったのは焦土と化した大地のみ。
「おかしいよなぁ。 我がそんな四禍なんて魔物の一体に数えられるなんて」
「突然押し掛けてきたと思ったらなんだ急に。 貴様が都一つを消し飛ばしたのは事実だろう」
今日も今日とてレーティアを幸せにするためのお金を稼ぐ為にムルル平原という場所でブラックホーンという良質な肉がいい値段で売れる魔物を狩っていたところ。
懐かしい奴が突然空からやってきた。
十年程前に初めて森にやってきて私に喧嘩を売ってきたこの男。
アグニ・ストライカ。
長い黒髪の中に血のような色の髪が所々見え、端正な容姿に切れ長の黄金の双眸。
左目の中に特徴的な謎の紋様が浮かんでいる。
ガッシリとした肉体に日に焼けたような肌を半分露出したような妙な服を好むこの男は、四禍などと言うとこの世界で危ない魔物に分類される。
なぜ突然こんな所にやってきたのか分からない。
私が狩ったブラックホーンのうちの一体を見事な程に一瞬で捌き、焼き始めた。
……火の扱いがめちゃくちゃ上手いなこいつ。
「まあ事実なんだが……この肉旨いな。 おっと本題を忘れるところだった……ごくん。 実はお前に頼みがあって来たんだ」
「断る」
「いや断るな! お前の唯一の友たる我の頼みだぞ!」
「友になった記憶などない。 貴様は度々押しかけて来ては妙なことばかり言って迷惑をかけてくる鬱陶しいやつだ。 断る」
最初に喧嘩をふっかけてきた時も森が半分近く無くなる大惨事だったし、その後も私の洞窟から食べ物を奪っていったり森に現れたどこかの冒険者を狙って来たりと自由奔放過ぎて鬱陶しいことこの上ない。
「いや実はマジな頼みなんだよ。 どうしてもお前に力を借りたい。 頼む」
いつものおふざけかとも思ったが、この男が頭を下げるのは初めて見たな。
いつもと違い真剣な様子だ。
「我は見た目こそ人間に近いが魔物でしかも強い。 こうして気軽に話せるのは我に近い強さのお前や月の者くらいだ。 そして相談が出来て、かつ理性的な判断を下せるのはお前しか思い付かなかったのだ」
「…………話だけは聞いてやる。 代わりに私の分の肉を焼け」
「本当か!? よし任せろ!」
私が言うのもなんだがこの男も以前よりずいぶんと感情表現が豊かになったな。
初めてあった時はただの狂戦士のようなやつだったが。
今は嬉しそうに肉を焼きはじめている。
それほどまでに相談したいこととはなんなのだろうか。
「で、頼みとはなんだ?」
「おう、実はな……助けたい人間がいるんだ」
「助けたい人間ね。 助ければいいじゃない…………は? 貴様が? 人間を?」
「そういう反応になるよな。 だが、ああ事実だ。 我は助けたい者がいるんだ」
アグニが焼いた肉を頂き、さて満足したからと本題に入ったのだが予想外の言葉に思わず聞き返してしまった。
以前突然襲われたからと人間に対して悪感情しか抱いていなかったこの傍若無人悪逆非道の阿呆が?
人を助けたいと?
正直信じられないが、そんな嘘のために頭を下げるような男ではない。
本気なのか。
「……断るつもりだったが、今は思うところがある。 話を聞かせろ」
「ああ。 我はいまイシュタルの町に身を寄せているのだがな。 そこでとある娘に頼み事をされたのだが、どうしても解決手段が分からず、小賢しい貴様に知恵を借りに来たのだ」
「小賢しいは余計だ。 それでどんな事を頼まれたんだ?」
「うむ。 両親を殺した者を見つけて罰して欲しいというものだ。 その見つけるというのに難儀しておる」
「…………その娘は貴様の事を知っての頼みなのか? 一応貴様は世界でも恐れられている魔物だろう。 正体を隠していないのか?」
「隠しておる。 ただ我がたまたま町の近くに現れた魔物を焼き殺したところを見られてな。 我の強さに気づいたようだ。 我の強さはやはり隠しきれんらしい! はっはっはっはっ!」
なるほど、たまたまか。
炎魔大帝なんて呼ばれているこいつに頼み事をするというのは並の人間ではまず考えないだろう。
しかし事実として見ればこんな化物に人を罰して欲しいとは随分な頼み事だな。
安請け合いして罰するどころか町を滅ぼしかねないだろ。
「そうか。 それでどこまで調べたんだ?」
「うむ。 その両親とやらが殺されたのが自宅でらしくてな。 その家の中を調べはしたが手掛かりも見つからず、周辺住民に心当たりがないか尋ねても分からないというものばかりでな。 全員が全員同じことばかり言いおって話にならん」
「全員が全員?」
「おう。 この話には関わるな、だの怯えたように知らないなどと言って逃げおるのだ」
……十中八九知ってるのではないかそいつら。
脅せばいいんだろうが、この男は良くも悪くも純粋だから否定されればそのまま信じてしまうんだろう。
「……はぁ、分かった。 手伝おう。 私も準備してくるから貴様は先にイシュタルに戻って待ってろ」
「おう! 助かるぞ友よ!」
「友じゃない」
「はっはっはっはっ! 照れるな照れるな! ではな! とうっ!」
笑いながら飛んでいったアグニ。
あの人の話を聞かない性格もどうにかならんのか。
……さて、折角だしレーティアもイシュタルに連れていってみるか。
初めて見る町は彼女にとっても良い刺激になるだろう。
ちょっとした小旅行気分だな。
楽しんでくるとしよう。
※更新遅くなっちまったぜ(*´∀`*)!
応援ありがとうございます!
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