【完結】妹が魔法少女だったので、姉のわたしは立つ瀬がない

千鶴田ルト

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第一章 妹は魔法少女

第一話 妹は魔法少女

 ――信じられない。

 長谷川はせがわ瑛夏エナは、三つのことで同時にそう思った。

 一つ目は、化物。灰色のカゲのように見えるそれは、幻や目の錯覚などではなく明確に実体を持って動いている。これは生き物なんだろうか? 少なくとも、瑛夏エナの常識では測れない存在だった。
 二つ目は、その化物と戦う戦士。シルクのような生地のころもの上に、純白の西洋風鎧が星明かりを浴びて鈍く光を放っている。右手に一振りの槍を携え、化物の攻撃を防ぎながら反撃している。長い黒髪をなびかせながら戦うその様は神々しくすら見えた。こちらは、瑛夏エナの常識に当てはめるとファンタジー系アニメやゲームに登場する戦士のようだ。
 三つ目は、その戦士こそが瑛夏エナの実妹、長谷川美冬ミトだったことである。服装には見覚えがないが、髪型、体の線、何よりその顔は瑛夏エナのよく知る妹に他ならなかった。

 時は遡り同日夕刻――。
「ただいまー」
「おかえり、瑛夏エナ
 瑛夏エナが高校から帰ると、お母さん――長谷川千秋ちあきが出迎えてくれた。その後ろに妹の美冬ミトが見えたので、声をかける。
美冬ミト、今日は早いね」
「……」
 無視である。ここのところ、美冬ミトは積極的に話しかけてくれないばかりか返事さえもしてくれない。瑛夏エナは全く心当たりがないが、思春期だしなとあまり気にせず対応している。
「宿題やるから、ご飯できたら教えて」
 美冬ミトは目も合わせず二階の自分の部屋へと向かっていった。

 美冬ミトは、絵に描いたような優等生である。中学二年生で生徒会長を務め、成績優秀で、生徒や教師からの信頼も厚い。部活動には所属していないが、運動神経も抜群。前髪は綺麗に切りそろえ、背中まで伸ばした黒髪は瑛夏エナから見ても惚れ惚れするほど美しい。学校でもモテているという噂は聞いているが、興味がないのか恋人はいないようである。
 一方、瑛夏エナの方はというと、これも絵に描いたような凡庸な高校一年生。成績は平均プラスアルファ程度、運動は人並み以下。人より優れた部分は、数学が少し得意なのと、体の柔軟性くらいのものだ。また視力が悪く、眼鏡は必須。唯一、恋人がいないのは妹と同じである。
 幸い、両親は気にすることなく(または、気にしていてもそんな素ぶりを見せず)、『妹を見習え』というようなことを言われることもなかった。そもそも妹が完璧過ぎて、張り合う気すら起こらない。高校に入った頃くらいからは、マイペースに生きていくことにしていた。同じ両親のもとで同じように育ってこれほど差があるのは、自分の問題ではなく生来の気質によるものだろうと自分を納得させていた。
 瑛夏エナは、自室で宿題をすることにした。こうやって良い影響もあるから、妹が優等生というのも悪くはなかった。得意な数学は後回しにして英語に取り掛かっていると、隣りの美冬ミトの部屋から壁越しに話し声が聞こえた。会話の内容までは聞こえないけど、最近よく誰かと話しているようだ。もしかしたら恋人でもできて電話をしているのかもしれないが、妹の色恋沙汰に踏み込む気はないので宿題を続けた。

 夕食の時間になった。お父さんはいつも仕事で遅いので夕食には居ないことが多い。この日もいつも通りお母さんと姉妹の三人で席に着いた。
美冬ミト、誰かと電話してるのか知らないけどさ、私の部屋に声聞こえてるよ」
「何盗み聞きしてんの? きも」
「は? 聞きたくて聞いてるんじゃないんだけど。中身まで聞いてないから。ってか、聞かれたくないなら気をつけてよ」
「余計なお世話だし」
 最近は瑛夏エナの方もつい言い返してしまい、口を開けば『キモい』『ウザい』の応酬となってしまうのであった。学校で美冬ミトを優等生扱いしている人たちには信じられないだろう。
「おい、メシ食いながらケンカすんなっつってんだろが」
 見かねたお母さんが諌める。そして二人の口の悪さは、おそらく母親譲りなのだろう。この場にお父さんがいたら居た堪れない気持ちになっていたに違いない。その後は会話もなく食事を済ませた。

 夜の九時。入浴し、後は寝るだけの状態になった。
(はぁ。ほんとはケンカなんてしたくないんだけどな……)
 ベッドに座り込んでぼーっとしていると、また美冬ミトの部屋から声が聞こえてきた。何か焦っているように聞こえる。
 そして、窓を開ける音と、外で何かが着地する音。
 まさかと思って自分の部屋の窓から外を見ると、美冬ミトの後ろ姿が遠くへ走っていく。
「嘘でしょ、飛び降りたの!?」
 瑛夏エナたちの部屋は一軒家の二階である。飛び降りられない高さではないが、ケガをしてしまうかもしれないしふつう緊急時以外にそんなことはしない。瑛夏エナは思わず上着を着て、外へ出た。お母さんは一階のリビングでテレビを観ているから、気づかないだろう。

 美冬ミトが向かった、すずめ公園の方向に走る。雑木林の茂る自然の多い公園。幼少の頃から馴染みのあるところだが、暗い夜に訪れたのは初めてだった。街灯は心許ないので、走るのをやめてスマホのライトを照らして歩いた。声を出して美冬ミトを呼びたいところだったけど、事情が分からないためやめておいた。おそらく近くにいるはず。
 すると、林の向こうで何かが激しく光った。瑛夏エナの目に入ったのは、白い鎧を身につけた美冬ミトが、灰色のモヤと戦う姿だった――。

 ――どうして美冬ミトが戦ってるの? その姿は何? いつからこんなことをしてるの? ケガとか大丈夫なの? 相手は何? もしかして夢?
 疑問が次々に生じるが、考えても解決できないのは明らかだった。瑛夏エナは隠れて見ていることしかできなかったが、美冬ミトは灰色の化物の攻撃の隙を窺い、手慣れた様子で、光り輝く槍を突き刺すとモヤは四散した。
 物陰から、青白く光る丸いものが出てきた。よく見ると、それはドラゴンの形をしたぬいぐるみだった。いや、ぬいぐるみにそっくりだが、明らかに生き物だ。ドラゴンが持っている水晶玉のようなものに、さっき弾けた灰色のモヤが吸い込まれる。そこで美冬ミトが一息つくと、鎧が消え私服に戻った。ドラゴンと少し何かを話した後、家のある方角へと歩いていった。
 瑛夏エナは、今見つかるのは不味いと思い、頭の中を落ち着かせるために隠れたまましばらく待った。

 ――どうしよう。私の妹、魔法少女だった。
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