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第二章 敵は魔法少女
第五話 謎の美少女
「もう大丈夫なの?」
翌朝、制服で降りてきた美冬を見て瑛夏は言った。美冬はスカートの裾を少し捲って、
「もう治ったよ」
と無愛想に答えた。絆創膏の貼ってあったところは、まったく何もなかったかのようにキレイになっていた。思わず撫でそうになったが、触れる前に手を止めた。
「あんまりまじまじと見ないでくれる? セクハラだから」
「ご、ごめん。でもよかったよ、跡が残らなくて」
「応急処置が良かったんじゃない」
珍しく褒めてくれたので顔を見上げたら、目を逸らされてしまった。
[[オーちゃん、ありがとね]]
二階の美冬の部屋にいるであろうオーダードラゴンに頭の中で話しかけると、
[[滅相もない]]
と返事が来た。
オーダードラゴンに対する念話――と呼ぶことにする――は、話す内容を決めてしっかりと飛ばさないといけないため普通に喋るよりも疲れる。美冬が部屋でオーちゃんと会話するときに念話ではなく、声で喋っていた理由が分かった。距離は、だいたいだが視認できる程度の距離までであれば届くようだ。実際に視認できているかどうかは関係ないらしい。
また、昨日のようなことを考慮して出動のときは教えてほしいと言ったが断られた。瑛夏が現場に行くことで害を被る可能性が高いので、守るために割く労力がかかってしまうこと、さらに瑛夏に知られてはいけない情報があるからだそうだ。〈上役〉への報告とやらで回答があったのかどうかも、情報は共有されていない。
(やっぱり、私にできることはないのかな……)
無力感と歯痒さを覚えながら、数日は何事もなく経過した。
ある放課後――。
瑛夏は帰宅のため電車に乗っていた。定期テストが近いので英単語ノートを何となく眺めていたが、頭には入っていなかった。美冬とは、あれ以来あまり会話をしていなかった。喧嘩をするわけでもないが、雑談もなくコミュニケーション自体がほとんどない状態だった。
美冬が小学生のころまでは、仲の良い姉妹だった。当たりが強くなったのは中学に入ってからだ。反抗期の類いと思っていたが、原因は分からない。瑛夏としては妹を大事に思う気持ちはあるが、姉とはいえたった二つ歳上なだけなので、売り言葉に買い言葉で罵り合うことは止められなかった。だが、この前の怪我の対処以来、美冬からの対応が少し優しくなっている気がしていた。文字通り怪我の功名とでも言うのだろうか。〈修繕者〉としての活動について、美冬と直接話をしてもいい時期なのかもしれないと思ったが、踏ん切りがつかず先延ばしになってしまっていた。
ノートを閉じ、顔を上げると正面にいる女子高校生がこちらを見ていた。記憶を辿ったが、知り合いではなさそうだ。この辺りの名門私立高校の制服だった。図らず目が合ってしまったので思わず逸らそうとしたが、
「こんにちは」
と声をかけられた。鈴を転がすような、という比喩がぴったりの美しく通る声だった。整った顔立ちは、穏やかな目でありながら芯の強そうな印象を受けた。微笑みと共に顔を傾げてみせ、パーマで柔らかく肩にかかっている毛先がふわりと揺れた。
「私は神宮寺彩芽。同業者です」
その言葉の意味が分かるのに数秒かかった。だが思い当たる『同業者』は一つしかない。彼女は〈修繕者〉……?
「貴方にお伝えしたいことが二つあります」
彩芽は二歩、三歩と近づき、言った。
「一つ目は、今夜〈ホコロビ〉が発生します。二十時ごろ、すずめ公園。是非現場にいらしてください」
突然のことすぎて、瑛夏は反応できなかった。何故瑛夏に教えるのか? 彼女はさらに歩み寄り、顔を瑛夏の耳元に近づけて続けた。甘いような艶やかな香りが鼻をくすぐる。
「二つ目は、――」
それを聞いた瞬間、瑛夏は心を乱され、どうしたらいいか益々分からなくなった。
降りる駅のアナウンスが聞こえ、正気を取り戻すと既に彩芽は居なくなっていた。車両を移動したのか、途中の駅で降りたのか、どちらにせよ気配が全く消えてしまった。
夕日が差す電車の中、走行音だけが響いていた。
その晩、瑛夏は言われた時間の少し前にすずめ公園に来ていた。美冬やオーダードラゴンには何も言っていないが、〈ホコロビ〉が発生したら来るはずなので、隠れて待機していた。
果たして、〈ホコロビ〉は本当に発生した。
地鳴りのような腹に響く低音と共に、空気が揺れた。音の発生源に近づいてみると、何もない空間にひび割れのような亀裂が見え、裂け目からは雲のような灰色のモヤが湧き出していた。
「あの亀裂が〈ホコロビ〉です」
いつの間にか後ろに、電車で会った彩芽が立っていた。驚く瑛夏を気にする様子もなく、彼女は説明を続けた。
「亀裂から出てきたモヤモヤに触れたらいけませんよ。あれは〈ハザマの存在〉。『モノ』になりきれない非常に不安定な存在で、集めれば〈ツクロイの力〉に変換することができます」
「詳しいんだ」
「もちろん。貴方の妹さんもこれくらいはご存知のはずですよ。私のことは話しましたか?」
瑛夏は何も答えなかった。
「賢明です」
おそらく話していないことはバレているだろう。ニコリと笑みを浮かべる彩芽だが、優しさは感じられず不気味でさえあった。
「……と、そろそろ来ますね。隠れていましょう」
おそらく美冬たちのことだろう。物陰に隠れると彩芽が魔法の杖のような棒を取り出した。装飾の施されたステッキで、先端には丸く黄色い宝玉が嵌め込まれている。ステッキをくるくる回すと、宝玉の部分からシャボン玉のようなものが二つ現れ、瑛夏と彩芽の体全体をそれぞれ包み込んだ。
「この中にいれば外から見られることはありません」
「これは……もしかして〈サダメ〉?」
「ご名答です。お気をつけて。声や音は通してしまいますよ」
来たのは美冬たちではなかった。一人の少女が、空高くからふわりと着地した。美冬が〈修繕者〉の衣装を身につけているときと同様、特有の輝きのようなものを感じる。
少女は、美冬よりも歳下に見えた。真っ黒なゴシック・ロリータファッションに身を包み、金髪を耳の上で結びツインテールにしている。手に持っているのは杭。鉛筆くらいの長さでそれより少し太い杭を、二、三本握っている。彼女の武器だろうか。少女は〈ホコロビ〉をチラリと確認すると、何もせず周りの様子を窺っている。
(彼女も〈修繕者〉? でも、〈ホコロビ〉を放っておくのだろうか。オーダードラゴンは一緒じゃないの?)
疑問は尽きないが声を出すことはできないので、彩芽の顔を見ると、こちらを見ていつもの微笑を浮かべた後、少女に目線を戻した。
そこに、美冬とオーちゃんが現れた。瑛夏は、電車での彩芽の『二つ目』の言葉を思い出していた。
――『オーダードラゴンを信じてはいけません』――
翌朝、制服で降りてきた美冬を見て瑛夏は言った。美冬はスカートの裾を少し捲って、
「もう治ったよ」
と無愛想に答えた。絆創膏の貼ってあったところは、まったく何もなかったかのようにキレイになっていた。思わず撫でそうになったが、触れる前に手を止めた。
「あんまりまじまじと見ないでくれる? セクハラだから」
「ご、ごめん。でもよかったよ、跡が残らなくて」
「応急処置が良かったんじゃない」
珍しく褒めてくれたので顔を見上げたら、目を逸らされてしまった。
[[オーちゃん、ありがとね]]
二階の美冬の部屋にいるであろうオーダードラゴンに頭の中で話しかけると、
[[滅相もない]]
と返事が来た。
オーダードラゴンに対する念話――と呼ぶことにする――は、話す内容を決めてしっかりと飛ばさないといけないため普通に喋るよりも疲れる。美冬が部屋でオーちゃんと会話するときに念話ではなく、声で喋っていた理由が分かった。距離は、だいたいだが視認できる程度の距離までであれば届くようだ。実際に視認できているかどうかは関係ないらしい。
また、昨日のようなことを考慮して出動のときは教えてほしいと言ったが断られた。瑛夏が現場に行くことで害を被る可能性が高いので、守るために割く労力がかかってしまうこと、さらに瑛夏に知られてはいけない情報があるからだそうだ。〈上役〉への報告とやらで回答があったのかどうかも、情報は共有されていない。
(やっぱり、私にできることはないのかな……)
無力感と歯痒さを覚えながら、数日は何事もなく経過した。
ある放課後――。
瑛夏は帰宅のため電車に乗っていた。定期テストが近いので英単語ノートを何となく眺めていたが、頭には入っていなかった。美冬とは、あれ以来あまり会話をしていなかった。喧嘩をするわけでもないが、雑談もなくコミュニケーション自体がほとんどない状態だった。
美冬が小学生のころまでは、仲の良い姉妹だった。当たりが強くなったのは中学に入ってからだ。反抗期の類いと思っていたが、原因は分からない。瑛夏としては妹を大事に思う気持ちはあるが、姉とはいえたった二つ歳上なだけなので、売り言葉に買い言葉で罵り合うことは止められなかった。だが、この前の怪我の対処以来、美冬からの対応が少し優しくなっている気がしていた。文字通り怪我の功名とでも言うのだろうか。〈修繕者〉としての活動について、美冬と直接話をしてもいい時期なのかもしれないと思ったが、踏ん切りがつかず先延ばしになってしまっていた。
ノートを閉じ、顔を上げると正面にいる女子高校生がこちらを見ていた。記憶を辿ったが、知り合いではなさそうだ。この辺りの名門私立高校の制服だった。図らず目が合ってしまったので思わず逸らそうとしたが、
「こんにちは」
と声をかけられた。鈴を転がすような、という比喩がぴったりの美しく通る声だった。整った顔立ちは、穏やかな目でありながら芯の強そうな印象を受けた。微笑みと共に顔を傾げてみせ、パーマで柔らかく肩にかかっている毛先がふわりと揺れた。
「私は神宮寺彩芽。同業者です」
その言葉の意味が分かるのに数秒かかった。だが思い当たる『同業者』は一つしかない。彼女は〈修繕者〉……?
「貴方にお伝えしたいことが二つあります」
彩芽は二歩、三歩と近づき、言った。
「一つ目は、今夜〈ホコロビ〉が発生します。二十時ごろ、すずめ公園。是非現場にいらしてください」
突然のことすぎて、瑛夏は反応できなかった。何故瑛夏に教えるのか? 彼女はさらに歩み寄り、顔を瑛夏の耳元に近づけて続けた。甘いような艶やかな香りが鼻をくすぐる。
「二つ目は、――」
それを聞いた瞬間、瑛夏は心を乱され、どうしたらいいか益々分からなくなった。
降りる駅のアナウンスが聞こえ、正気を取り戻すと既に彩芽は居なくなっていた。車両を移動したのか、途中の駅で降りたのか、どちらにせよ気配が全く消えてしまった。
夕日が差す電車の中、走行音だけが響いていた。
その晩、瑛夏は言われた時間の少し前にすずめ公園に来ていた。美冬やオーダードラゴンには何も言っていないが、〈ホコロビ〉が発生したら来るはずなので、隠れて待機していた。
果たして、〈ホコロビ〉は本当に発生した。
地鳴りのような腹に響く低音と共に、空気が揺れた。音の発生源に近づいてみると、何もない空間にひび割れのような亀裂が見え、裂け目からは雲のような灰色のモヤが湧き出していた。
「あの亀裂が〈ホコロビ〉です」
いつの間にか後ろに、電車で会った彩芽が立っていた。驚く瑛夏を気にする様子もなく、彼女は説明を続けた。
「亀裂から出てきたモヤモヤに触れたらいけませんよ。あれは〈ハザマの存在〉。『モノ』になりきれない非常に不安定な存在で、集めれば〈ツクロイの力〉に変換することができます」
「詳しいんだ」
「もちろん。貴方の妹さんもこれくらいはご存知のはずですよ。私のことは話しましたか?」
瑛夏は何も答えなかった。
「賢明です」
おそらく話していないことはバレているだろう。ニコリと笑みを浮かべる彩芽だが、優しさは感じられず不気味でさえあった。
「……と、そろそろ来ますね。隠れていましょう」
おそらく美冬たちのことだろう。物陰に隠れると彩芽が魔法の杖のような棒を取り出した。装飾の施されたステッキで、先端には丸く黄色い宝玉が嵌め込まれている。ステッキをくるくる回すと、宝玉の部分からシャボン玉のようなものが二つ現れ、瑛夏と彩芽の体全体をそれぞれ包み込んだ。
「この中にいれば外から見られることはありません」
「これは……もしかして〈サダメ〉?」
「ご名答です。お気をつけて。声や音は通してしまいますよ」
来たのは美冬たちではなかった。一人の少女が、空高くからふわりと着地した。美冬が〈修繕者〉の衣装を身につけているときと同様、特有の輝きのようなものを感じる。
少女は、美冬よりも歳下に見えた。真っ黒なゴシック・ロリータファッションに身を包み、金髪を耳の上で結びツインテールにしている。手に持っているのは杭。鉛筆くらいの長さでそれより少し太い杭を、二、三本握っている。彼女の武器だろうか。少女は〈ホコロビ〉をチラリと確認すると、何もせず周りの様子を窺っている。
(彼女も〈修繕者〉? でも、〈ホコロビ〉を放っておくのだろうか。オーダードラゴンは一緒じゃないの?)
疑問は尽きないが声を出すことはできないので、彩芽の顔を見ると、こちらを見ていつもの微笑を浮かべた後、少女に目線を戻した。
そこに、美冬とオーちゃんが現れた。瑛夏は、電車での彩芽の『二つ目』の言葉を思い出していた。
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