【完結】くま好き令嬢は理想のくま騎士を見つけたので食べられたい

楠結衣

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プロローグ

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「ねえ――見惚れてしまうような大人の女性になるにはどうすればいいのかしら?」

 大きなピンク色の瞳でじっと見つめ、やわらかな金髪と一緒に小首をゆっくり傾げるとアリーシアはくまのぬいぐるみを抱きしめながらつぶやいたーー。


 ◇ ◇ ◇


 これはアリーシアが生まれる少し前のことーー


 絵に描いたような青空が広がる気持ちのいい休日の朝。

「父上、やはり女の子にはぬいぐるみがいいのではないでしょうか?」
「うむ、そうだな。私たちが選んだ大きなぬいぐるみを抱っこする姿はかわいいだろうな!」
「ああっ! それはかわいすぎるでしょうね!」

 王都にある人気のあるおもちゃ屋には、平民にとけこむような変装をしている親子二人組が腕を組み、かれこれ一時間以上なやみを話し合っている。まわりの客はそんな親子のようすを生あたたかい視線を投げては通りすぎていく。

 当の親子二人組は、妊娠中の妻、母親が「お腹の子はねえ、女の子な気がするわね」とつぶやいたのを聞いた途端、生まれて来る娘、妹のために王都で人気のおもちゃ屋へすてきな贈りものを選びにやってきたのだ。

「いらっしゃいませ。お子様は女の子でございますか? おめでとうございます」

 子供のためにお忍びで通う貴族もいる。
 この親子二人組も平民に変装はしているけれど、上質なものを着ており、所作もきれいなため貴族であると店長は踏んでいた。
 貴族がわざわざ店の者を呼びつけないで来店した場合は、自分で選びたくてきているので店の者達もできる限りそっとしておく事が多いのだが、かれこれ一時間以上も会話が進展していないのを見かねた店長が助け船を出すことにしたらしい。

「ああ。まだ生まれていないが、女の子に決まっているだろうな!」
「ええ、父上。妖精みたいにかわいい妹に会えるのが今から楽しみです……っ!」

 親ばか、兄ばかな二人組に、店長が少し遠い目をしたのは仕方がない。
 この国では、生まれるまでは性別が分からないのが普通なのだ。もちろんお金に余裕がある貴族は、どちらの性別であっても大丈夫なように両方のものを準備することも多いが、この親子二人組みのように性別を思い込んで購入する者は――ほとんどいない。

「な、なるほど。小さな赤ん坊は力が弱く、大きすぎるぬいぐるみが顔に覆いかぶさると窒息することがございます。ぬいぐるみにするならば小さめがよろしいかと思います」

 店長は、笑顔を顔に貼りつけて対応をする。

「なにっ! 赤ん坊というのは、ぬいぐるみで窒息することがあるのか? ああ、それでは小さなぬいぐるみがいいな。どこに行く時も持ち歩く姿もかわいいだろうしな」
「ち、父上――! 連れて歩く姿、それは尊いでしょうね」

 二人組は大きくうなずくと、これから生まれる子供と妹の贈りものをぬいぐるみにすることに決めたのを見ると店長が店員にさりげなく目配せをする。

「お客様、このくまのぬいぐるみはいかがでしょうか? 王太子殿下が生まれてから当店で一番人気のぬいぐるみでございます」

 店長は金色の毛並みで青い瞳のくまのぬいぐるみを見せた途端に。

「却下だ!」
「だめです!」

 目をまたたかせて、あっけにとられる店長にかまわずに親子二人組は口をひらく。

「王太子殿下と同じ髪色に瞳の色なんて! かわいい娘が殿下に見初められでもしたら大変じゃないか! なんて縁起の悪い――!」
「王宮に行ってしまったら会えなくなるじゃないか……っ」

 その言葉に店長は苦笑いを飲み込むのに苦労する。
 こうしてふたたび未来の娘と妹の贈りもの選びはふりだしに戻り、店長と親子二人組でさらに一時間以上ああでもない、こうでもないと繰り返した結果、小さなくまのぬいぐるみに決まった。
 もちろん王太子殿下と同じ髪色に瞳の色ではなく、こげ茶色のふわふわな毛並み、エメラルドグリーンの瞳のくまのぬいぐるみになった――どうしてこの色に決まったのか、それは今でもわからない。いや、きっと運命だったのだろう。

 ほくほくと満足顔の親子二人組の贈りものが決まると、店内からどこともなく拍手が聞こえ、親子二人組を送り出す店長の顔がとてもやつれて見えたとか見えないとか――。


 それからしばらくして親子二人組が待ちに待って生まれた子供は、女の子――!

 王都に住むことが出来る身分ある貴族ウィンザー家の長女アリーシアとして誕生し、兄の望んだような妖精のような淡い金髪、やわらかなピンク色の瞳の赤ちゃんだった。

 二人の選んだくまのぬいぐるみを見せると、ふにゃりとほほえむ赤ちゃんアリーシアはとてもかわいくて、ぬいぐるみを買って来た親子二人組をはじめとする母親や乳母、ウィンザー家の使用人一同はめろめろ夢中になってしまうほどだった。

 みんなでくまのぬいぐるみでアリーシアをあやし、くまの絵本や物語を毎日読み聞かせをしていたアリーシアの生まれて初めて話した言葉は「くましゃん」というくらい、くまが大好きな子供として育っていく。

 アリーシアが歩けるようになると、くまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、とてとてと動くようすはウィンザー家に笑顔をもたらした。

 ウィンザー家の使用人たちの手によってアリーシアのとくまのぬいぐるみは毎日おそろいの洋服を着ており、その愛らしいアリーシアとくまのぬいぐるみを見るたびにしあわせな気持ちになって癒されるのがウィンザー家の日常となっていく――。
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