1 / 60
プロローグ
しおりを挟む「ねえ――見惚れてしまうような大人の女性になるにはどうすればいいのかしら?」
大きなピンク色の瞳でじっと見つめ、やわらかな金髪と一緒に小首をゆっくり傾げるとアリーシアはくまのぬいぐるみを抱きしめながらつぶやいたーー。
◇ ◇ ◇
これはアリーシアが生まれる少し前のことーー
絵に描いたような青空が広がる気持ちのいい休日の朝。
「父上、やはり女の子にはぬいぐるみがいいのではないでしょうか?」
「うむ、そうだな。私たちが選んだ大きなぬいぐるみを抱っこする姿はかわいいだろうな!」
「ああっ! それはかわいすぎるでしょうね!」
王都にある人気のあるおもちゃ屋には、平民にとけこむような変装をしている親子二人組が腕を組み、かれこれ一時間以上なやみを話し合っている。まわりの客はそんな親子のようすを生あたたかい視線を投げては通りすぎていく。
当の親子二人組は、妊娠中の妻、母親が「お腹の子はねえ、女の子な気がするわね」とつぶやいたのを聞いた途端、生まれて来る娘、妹のために王都で人気のおもちゃ屋へすてきな贈りものを選びにやってきたのだ。
「いらっしゃいませ。お子様は女の子でございますか? おめでとうございます」
子供のためにお忍びで通う貴族もいる。
この親子二人組も平民に変装はしているけれど、上質なものを着ており、所作もきれいなため貴族であると店長は踏んでいた。
貴族がわざわざ店の者を呼びつけないで来店した場合は、自分で選びたくてきているので店の者達もできる限りそっとしておく事が多いのだが、かれこれ一時間以上も会話が進展していないのを見かねた店長が助け船を出すことにしたらしい。
「ああ。まだ生まれていないが、女の子に決まっているだろうな!」
「ええ、父上。妖精みたいにかわいい妹に会えるのが今から楽しみです……っ!」
親ばか、兄ばかな二人組に、店長が少し遠い目をしたのは仕方がない。
この国では、生まれるまでは性別が分からないのが普通なのだ。もちろんお金に余裕がある貴族は、どちらの性別であっても大丈夫なように両方のものを準備することも多いが、この親子二人組みのように性別を思い込んで購入する者は――ほとんどいない。
「な、なるほど。小さな赤ん坊は力が弱く、大きすぎるぬいぐるみが顔に覆いかぶさると窒息することがございます。ぬいぐるみにするならば小さめがよろしいかと思います」
店長は、笑顔を顔に貼りつけて対応をする。
「なにっ! 赤ん坊というのは、ぬいぐるみで窒息することがあるのか? ああ、それでは小さなぬいぐるみがいいな。どこに行く時も持ち歩く姿もかわいいだろうしな」
「ち、父上――! 連れて歩く姿、それは尊いでしょうね」
二人組は大きくうなずくと、これから生まれる子供と妹の贈りものをぬいぐるみにすることに決めたのを見ると店長が店員にさりげなく目配せをする。
「お客様、このくまのぬいぐるみはいかがでしょうか? 王太子殿下が生まれてから当店で一番人気のぬいぐるみでございます」
店長は金色の毛並みで青い瞳のくまのぬいぐるみを見せた途端に。
「却下だ!」
「だめです!」
目をまたたかせて、あっけにとられる店長にかまわずに親子二人組は口をひらく。
「王太子殿下と同じ髪色に瞳の色なんて! かわいい娘が殿下に見初められでもしたら大変じゃないか! なんて縁起の悪い――!」
「王宮に行ってしまったら会えなくなるじゃないか……っ」
その言葉に店長は苦笑いを飲み込むのに苦労する。
こうしてふたたび未来の娘と妹の贈りもの選びはふりだしに戻り、店長と親子二人組でさらに一時間以上ああでもない、こうでもないと繰り返した結果、小さなくまのぬいぐるみに決まった。
もちろん王太子殿下と同じ髪色に瞳の色ではなく、こげ茶色のふわふわな毛並み、エメラルドグリーンの瞳のくまのぬいぐるみになった――どうしてこの色に決まったのか、それは今でもわからない。いや、きっと運命だったのだろう。
ほくほくと満足顔の親子二人組の贈りものが決まると、店内からどこともなく拍手が聞こえ、親子二人組を送り出す店長の顔がとてもやつれて見えたとか見えないとか――。
それからしばらくして親子二人組が待ちに待って生まれた子供は、女の子――!
王都に住むことが出来る身分ある貴族ウィンザー家の長女アリーシアとして誕生し、兄の望んだような妖精のような淡い金髪、やわらかなピンク色の瞳の赤ちゃんだった。
二人の選んだくまのぬいぐるみを見せると、ふにゃりとほほえむ赤ちゃんアリーシアはとてもかわいくて、ぬいぐるみを買って来た親子二人組をはじめとする母親や乳母、ウィンザー家の使用人一同はめろめろ夢中になってしまうほどだった。
みんなでくまのぬいぐるみでアリーシアをあやし、くまの絵本や物語を毎日読み聞かせをしていたアリーシアの生まれて初めて話した言葉は「くましゃん」というくらい、くまが大好きな子供として育っていく。
アリーシアが歩けるようになると、くまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、とてとてと動くようすはウィンザー家に笑顔をもたらした。
ウィンザー家の使用人たちの手によってアリーシアのとくまのぬいぐるみは毎日おそろいの洋服を着ており、その愛らしいアリーシアとくまのぬいぐるみを見るたびにしあわせな気持ちになって癒されるのがウィンザー家の日常となっていく――。
18
あなたにおすすめの小説
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!
六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。
家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能!
「ここなら、自由に生きられるかもしれない」
活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。
「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」
恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。
長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様!
しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが?
だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど!
義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて……
もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。
「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。
しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。
ねえ、どうして? 前妻さんに何があったの?
そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!?
恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。
私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。
*他サイトにも公開しています
【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました
藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】
※ヒーロー目線で進んでいきます。
王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。
ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。
不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。
才能を開花させ成長していくカティア。
そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。
立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。
「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」
「これからも、私の隣には君がいる」
甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました
チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。
王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。
エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。
だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。
そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。
夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。
一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。
知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。
経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。
子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる