【完結】くま好き令嬢は理想のくま騎士を見つけたので食べられたい

楠結衣

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仮の婚約者 3

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 ふわふわとした心地良さとティグルのあたたかさを感じてすりよると、ティグルがゆっくり髪をなでてくれるの。

 ――?

 ティグルはざらりとした舌でなめてくれるけれど、髪をなでてくれることはないわ!

「アリーシア嬢、起きたのか?」

 おだやかな声が頭の上から落ちてきて、ぱっと身を起こして目をひらいたの。

「――ガイ様! えっと、あの、いつ戻ってきたのですか?」

 目をぱちぱちまたたかせてガイ様を見つめる。

「ああ、一時間くらい前に家に戻ったところだな。アリーシア嬢が気持ちよさそうに眠っていたから子守役をティグルと交代したんだ」

 二年ぶりの再会なのに眠っていたなんて恥ずかしさで顔は真っ赤になり、頭の中は真っ白になってしまい顔を手でおおってしまう。
 一緒に眠っていたはずのティグルを指の間からちらりと見てみると、一度起きてガイ様の足元に移動していて、起きたときに私も起こして欲しかったわとティグルに心の中で話しかけたけれど、すやすやと眠ったままなの。

「アリーシア嬢、ただいま」

 赤らんだ顔をかくしたままの私にガイ様の大きなあたたかな手が髪をゆっくりなでていき、おだやかな声が耳に届くと胸の奥からほっとあたたかくなった。

「ガイ様、おかえりなさい」

 ガイ様の腕をぎゅっとつかむと洋服からガイ様の体温が広がっていく。
 ガイ様を見上げるとおだやかな瞳に見つめられていて胸がきゅうっとした。

「そうだ、アリーシア嬢に土産があるんだ」
「開けていいの?」
「ああ、もちろんいいぞ」

 ガイ様が手のひらに乗せてくれたかわいい袋にわくわくしながらあけてみると、小さな瓶の中にかわいいくまさんのクッキーが入っていたの。

「ガイ様、とってもかわいいです……っ」

 こんなかわいい形をしたクッキーを見るのがはじめてで、くまさんのかわいさに胸がきゅんとして、くまさんクッキーの瓶を抱きしめながらガイ様にお礼を言ったの。

「アリー、ガイ様と一緒に食べたいです!」
「ぶはっ! ああ、いいぞ」

 ガイ様と一緒に食べるともっともっと美味しくなるから一緒がいいとおねがいしたら、大きな声で笑って大きなあたたかな手で頭をぽんぽんとなでてくれたの。

「ガイ様、とってもおいしいです」

 紅茶を淹れてもらってガイ様と一枚ずつ食べると、さくさくしていてとってもおいしかったの。

「残りは全部アリーシア嬢が食べていいぞ」
「全部はなくなってしまうから、だめです……っ! お部屋に飾っておきます!」

 くつくつ笑ったガイ様はひと口紅茶を飲むと困ったような表情をうかべている。

「アリーシア嬢に似合うと思って買った土産がもうひとつあったんだが――二年の間に好みが変わったみたいだな」

 ガイ様が私が着ている大人っぽいすみれ色のドレスと髪型を見つめたあとに、ますます困ったように眉をさげたの。

「――無理に使わなくていいからな」

 そう口をひらいたガイ様はポケットから小さな箱――あわいピンク色の箱に金色のりぼんがかかったものを私の手のひらに乗せてくれる。
 お母様がお父様からもらうような箱にどきどきしながらりぼんをしゅるりとほどいて、宝箱みたいにそっとふたをひらいた。

「すてき――」

 嬉しいため息と一緒に言葉がこぼれてしまうくらいきらきらすてきな宝物が入っていたの。

 宝箱の中にはかわいい髪留めが二本ならんでいたの。
 ひとつは、ピンク色の小さなお花にエメラルドグリーン色の葉っぱをあしらったきらきらしたもの。
 もうひとつは、きらきらした茶色のくまさん――くまのカイにそっくりな茶色と緑色の瞳だったわ。

「あらあら、とってもすてきね――アリーの格好に似合うと思うわよ」

 見惚れるようなウインクをガイ様のお母様にされてしまい、いつもより大人っぽい格好をしていることをガイ様が知ってしまい、恥ずかしくて顔に熱が集まっていく。

「ああ、よかった。アリーシア嬢はこういう大人っぽい趣味に変わったと思ってあせったよ」
「アリー、ガイ様に大人っぽくなったねって言われたかったの――似合っていませんか?」

 ガイ様は私をのぞきこむように見つめ、ゆっくり口をひらいた。

「アリーシア嬢、俺にあわせようと思って無理をして背伸びをする必要はないぞ。今のアリーシア嬢が好きなものや好きな色を着て、笑顔ですごしていてほしい。このすみれ色のドレスもあと数年したらすごく似合うと思うぞ――アリーシア嬢、ゆっくり大人になっておいで」

 こくんとうなずくと、ガイ様の大きなあたたかな手が髪をなでてくれたの。

「ああ、似合うな――」
「アリー、とってもかわいいわよ」

 ガイ様がお花の髪留めを私にそっとつけてくださるとガイ様はおだやかな声で、ガイ様のお母様はにこにこ笑ってほめてくださったの。

 ずっとガイ様と一緒にいたいのにお仕事を終えられたアレクお兄様がオルランド侯爵家にお迎えにきてしまったの。
 ガイ様とガイ様のお母様に見送られて、私はアレクお兄様と一緒に馬車に乗って帰ったの。

 アリーシアを乗せた馬車が去ったあとに侯爵夫人がガイフレートに口をひらいた。

「ガイ、あの動物のクッキーは王都で朝から並ばないと購入できないくらい人気の店舗のものよね」
「ええ、そうですね」
「オルランド商会が経営する店舗のものを並んで買ったの?」
「たまたまですよ。アリーシア嬢はくまが好きですからね」

 侯爵夫人は笑みを深めて、息子のガイフレートをじっと見つめる。

「アリーに贈ったくまの色味があなたそっくりだったわね」
「たまたま、アリーシア嬢のくまのぬいぐるみと俺は同じなだけです」
「花の髪留めのアリーの瞳の色とあなたの瞳の色だったのも、たまたまなのかしら?」
「ええ、そうですね」

 侯爵夫人はきれいに口角を上げた。

「あらあら、あのお店はオーダーメイド専門・・・・・・・・・でしょう?」
「たまたま、アリーシア嬢が好きそうな花を選んだだけですよ」

 ガイフレートが話を切りあげて歩きはじめた背中を見送りながら、侯爵夫人が「無自覚ねえ」がつぶやいた声にティグルが同意するように鳴いたことをアリーシアは知らない。

 なにも知らないアリーシアは帰りの馬車にゆられながら、ガイフレートにすてきなカーテシーを見せることを忘れたことに気付いたところだった——。
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