【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣

文字の大きさ
2 / 3

2

しおりを挟む
「レオナルド様、お待たせしました」
「いや、ちょうど来たところだ」

 レオナルド様に大きな手のひらを差し出されたので、そっと乗せると優しく握られて二人で街を歩く。
 最初は驚いたけれど、レオナルド様に女性をエスコートするのは紳士のたしなみだと言われてしまい今の形に落ち着いた。レオナルド様の手はあたたかい。

 秋の夜風が肌に心地いい。ふわふわとくせっ毛が風に流されていく。夕食を求める時間帯なのもあって王都の通りは賑わっているのを眺めながら明るい夜空に視線をうつした。

「今夜は満月だったんですね」
「ああ、そうだな。オオカミに襲われないようにくれぐれも気をつけなさい」
「ぷっ……オオカミなんて王都にいませんよ」

 レオナルド様の冗談にくすくす笑いながら大通りから裏道へ抜けて歩いていく。
 私たちが向かっているのは、最近できたばかりの少し敷居の高そうな隠れ家レストラン。最初はもう少しお財布に優しいカフェを提案したのに本当に食べたいものを聞かれてしまいお言葉に甘えてしまった。

 ささいなためらいというものは、食欲の前では意味を持たない。あっさり溶けて消えてしまう。


「レオナルド様、どれも美味しいです……っ」


 旬の秋野菜のスープに口をつける。
 ハーブオイルで香りづけしたスープが舌の上を溶けていく。日替わりのリエットは林檎のジャムがアクセントになっているし、食感のいいショートパスタはカラフルトマトが目に鮮やかで燻製されたチーズの香りに思わず目をつむって味わった。

「ローズは美味しそうに食べるな」
「こんな豪華な料理を食べるのは、レオナルド様にご馳走してもらう時と実家に帰った時だけです――でも、実家に帰るとずっとお見合いを勧められるので味がしなくて……」

 メインの牛フィレ肉のローストと香り豊かなポルチーニ茸のソースを食べ終えて赤ワインをひと口含む。
 疲れた身体と心が癒されるのを感じる。美味しいものって素晴らしい。

「連休は実家に帰っていたのだろう?」
「はい……今回もお見合いばっかりで、ぐったりです」

 実家の服飾事業が好調なのもあって次から次へとお見合い話を父と兄が持ってくる。
 さらに実家に戻ると母と兄嫁の着せ替え人形にされるので本当にぐったりする。
 仕事が楽しくて結婚についてのらりくらりと先延ばしにしていたら、行き遅れになりそうな娘のために明日の休みもお見合いが組まれていた。お見合いにも休暇届を申請したい。お見合いの席で誰となにを食べても美味しいと思えなくていつも断ってしまう。

「誰かいい人がいるのか?」

 思考の海に深く沈んでいたらレオナルド様の声で浮上する。なぜだかロイヤルブルーの瞳に真剣に見つめられている。
 これはあれだろうか? 上司として辞める人員の把握がしたいということだろう。

「レオナルド様、辞めるときは早めにお伝えします」

 きっぱりと断言すればレオナルド様が額に手を置いてうなっている。
 医務局の調剤師は人材不足ではないはずだけど、新人を育てるのはそれなりに時間がかかるのだろうか? それとも誰か他に辞める予定とか?

「――誰だ?」
「えっ?」
「相手は誰なんだ?」

 なぜか焦ったようなレオナルド様にぱちぱちと目を瞬かせながら私は言葉を探した。

「あの、相手はまだ見つかっていません。明日もお見合いですし……」

 私は遠い目をしてため息をはいた。
 なぜか機嫌がよくなったレオナルド様はデザートワゴンからいくつか追加すると私にも勧めてくれる。

 明日の憂うつというものは、煌びやかなデザートの前では意味を持たない。あっという間に美味しいデザートと一緒に胃袋の中に消え去っていく。

 レオナルド様と一緒に食べたレモンアイスは満月みたいなきれいな色だと思った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです

ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。 そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、 ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。 誰にも触れられなかった王子の手が、 初めて触れたやさしさに出会ったとき、 ふたりの物語が始まる。 これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、 触れることから始まる恋と癒やしの物語

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

悪役令嬢に転生しましたがモブが好き放題やっていたので私の仕事はありませんでした

蔵崎とら
恋愛
権力と知識を持ったモブは、たちが悪い。そんなお話。

あとから正ヒロインが現れるタイプのヒーローが夫だけど、今は私を溺愛してるから本当に心変わりするわけがない。

柴田
恋愛
タイトルとは真逆の話です。正しくは「皇太子に不倫されて離婚したけど、不倫絶許の皇帝にプロポーズされてべちょべちょに溺愛されています」です。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

処理中です...