【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣

文字の大きさ
4 / 22
本編

4.突然

しおりを挟む
 
 アレックス様が首席でポミエス学園を卒業し、王宮魔術師として働きはじめてから2年が経った。

 ティーグレ公爵邸の窓から野ウサギのしっぽと呼ばれる丸いふっくらした穂のラグラスが、降ったり止んだりする不安定な春時雨はるしぐれにぺったり濡れている。
 わたしを膝の上に乗せて、たれ耳のブラッシングをしているアレックス様をそっと窺うとやわらかく見つめ返された。

「ソフィー、どこか痛かったかな?」

 気遣うようにわたしを見つめるアレックス様に、あわてて首を横に振る。
 15歳になったわたしは、春になったらポミエス学園に入学することが決まっている。お父様とお母様、それにアレックス様と何度も話し合ったはずなのに、アレックス様に会えなくなる。そのことが心臓にずきんと痛くて、考えると涙が浮かんできてしまう。

「ソフィー、おいで」

 ブラシを置いたアレックス様の首に腕をまわし、アレックス様にたれ耳をこすり付けて、ぎゅっと抱きつく。子どもっぽいと思うのけど、寂しさが溢れて止まらない。

「……さみしい」

 大きな手が、わたしの背中をぽんぽんと慰めるように撫でる。アレックス様の匂いと体温が心地いい。

「わたし、アレク様と離れたくない――やっぱりラプワール学園にすればよかった……」

 私立ラプワール学園は、花嫁修業をするための2年制の学校。全寮制のポミエス学園と違うのは、寮はなく自宅や婚約者の家から通うことができる。婚約者がいることがラプワール学園の入学条件なので、最初はわたしもラプワール学園に入学してティーグレ公爵邸から通う予定だった。

「ソフィー、ポミエス学園もきっと楽しいよ」

 アレックス様の言葉に、たれ耳がぺたたんと垂れさがる。
 わたしを励ますためだと頭でわかっていても、アレックス様は王宮魔術師としてバリバリ働く格好いい大人。わたしがいなくても寂しくないと思うと、心臓がずきずき冷たくて、たれ耳がぷるぷる震えてひとすじの涙が流れた。

「っ、アレク様は、さみしく、ない、の……?」

 こんな子供みたいに泣いてアレックス様を困らせてはいけない。きっと呆れられ、嫌われてしまうと思うのに不安の底なし沼に落ちたみたいに気持ちがあふれるのを押さえることができない。

「僕もソフィーがいないとすごく寂しいよ」
「ほ、本当に……?」
「うん、本当だよ。ソフィーがポミエス学園に行っても寂しくないように約束するね」

 アレックス様が小指をわたしに向ける。
 わたしも小指を出すとアレックス様が小指を絡めて、あずまの国の約束の誓いの「指切りげんまん」を唱えてくれた。

「泣いてばっかりでごめんなさい……。わたし、寮からアレックス様に毎日手紙を書くね」
「ソフィー、ありがとう――僕がポミエス学園にいた時にソフィーから届いた手紙は、全部大切に仕舞ってあるよ」

 昔書いた、わたしのつたない手紙がすべて残っていると知らされて、顔に熱が集まってしまう。そんなわたしを見たアレックス様は、ふわりと笑い、わたしの涙でぬれた目尻をやさしくなぞった。


 ◇◇◇


 桜のつぼみが膨らみ、ポミエス学園に入るまであと僅かになった。
 アレックス様は王宮魔術師の仕事がとても忙しいのに、少しの時間を見つけると、コリーニョ伯爵家に足を運んでくれる。

「アレクさ、ま、っ、さみしい……」
「うん、僕もソフィーがいないと寂しいよ」

 わたしはアレックス様に会うたびに、さみしくてたれ耳をぷるぷる震わせ、切なくて涙をぽろぽろ零してしまう。そんな子どもっぽいわたしを見ても、飽きれることも嫌がることもない。アレックス様の膝の上に乗せられ、春うららな穏やかな光が差し込む部屋で、ひたすら甘やかされた。

「ずっと、ずっと、アレク様と一緒にいたい。ポミエス学園に行きたくない……」
「うん、僕もソフィーとずっと離れたくないよ」

 ぎゅっと抱きついて、たれ耳をアレックス様にこすりつけると、やさしく抱きしめられる。すぐに不安が膨らむわたしのふわふわの髪を梳きなで、たれ耳にキスの雨を降らしていく。アレックス様の態度に、不安な気持ちがゆっくりとけていった。

「アレク様、……好き」
「うん、僕もソフィーが好きだよ」
「わたし、ポミエス学園で頑張ってくるね」
「うん、僕もソフィーを見守るからね」

 たれ耳にリップ音が落とされて、縞模様の尻尾がくるりと腰に巻きついた。


 ◇◇◇


 わたしがポミエス学園に向かう日、アレックス様がコリーニョ伯爵家まで見送りに来てくれた。
 さみしさと嬉しさで、たれ耳がぷるぷる震えるわたしにアレックス様が口をひらく。


「ソフィー、ポミエス学園で魔術科の先生をすることになったよ」


 ふわりと笑ったアレックス様にびっくりして言葉が出ない。漆黒のきれいな黒い瞳を見つめていると、大きな手を差し出される。

「ソフィー、僕と一緒にポミエス学園に向かおうね」
「え、えっ……? あ、あの……?」

 突然のことで頭がまわらない。口から溢れるのは意味のない言葉ばかり。

「突然こんなこと言われても驚くよね。僕も決まったばかりだから、すごく驚いているんだよ」

 アレックス様がほんの少し眉を下げて困ったように笑う。ようやくアレックス様と一緒にポミエス学園で過ごせるという事実が心に染み込んで、歓喜が身体中を駆けめぐっていく。
 あまりに嬉しくて、ぴょんっと跳ねてアレックス様に抱きつけば、縞模様の尻尾と一緒にぎゅっと抱きしめられる。

「ソフィー、ポミエス学園にいる時は僕のことを先生と呼んでね」
「アレックス、先生……?」
「うん、こういうのもいいねーーソフィア嬢」

 改めてアレックス様から差し出された手に、わたしの手を重ねる。
 馬車の窓から見送ってくれる家族に手を振ると、お父様が大きな声でなにかを話しかけていた。だけど、わたしはアレックス様にたれ耳をやさしくなでられて、なにも聞こえない。

 アレックス様とわたしを乗せた馬車は、ポミエス学園へゆっくり出発していった。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。

専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。

ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました

八代奏多
恋愛
 クライシス伯爵令嬢のアレシアはアルバラン公爵令息のクラウスに嫁ぐことが決まった。  両家の友好のための婚姻と言えば聞こえはいいが、実際は義母や義妹そして実の父から追い出されただけだった。  おまけに、クラウスは性格までもが醜いと噂されている。  でもいいんです。義母や義妹たちからいじめられる地獄のような日々から解放されるのだから!  そう思っていたけれど、噂は事実ではなくて……

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

王太子殿下から逃げようとしたら、もふもふ誘拐罪で逮捕されて軟禁されました!!

屋月 トム伽
恋愛
ルティナス王国の王太子殿下ヴォルフラム・ルティナス王子。銀髪に、王族には珍しい緋色の瞳を持つ彼は、容姿端麗、魔法も使える誰もが結婚したいと思える殿下。 そのヴォルフラム殿下の婚約者は、聖女と決まっていた。そして、聖女であったセリア・ブランディア伯爵令嬢が、婚約者と決められた。 それなのに、数ヶ月前から、セリアの聖女の力が不安定になっていった。そして、妹のルチアに聖女の力が顕現し始めた。 その頃から、ヴォルフラム殿下がルチアに近づき始めた。そんなある日、セリアはルチアにバルコニーから突き落とされた。 突き落とされて目覚めた時には、セリアの身体に小さな狼がいた。毛並みの良さから、逃走資金に銀色の毛を売ろうと考えていると、ヴォルフラム殿下に見つかってしまい、もふもふ誘拐罪で捕まってしまった。 その時から、ヴォルフラム殿下の離宮に軟禁されて、もふもふ誘拐罪の償いとして、聖獣様のお世話をすることになるが……。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」 新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。 「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...