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土を泳ぐ
聖女と浮気者
しおりを挟むようやくノワルとラピスまで追いつく。
「えっと、ここが温泉宿……?」
思っていたより活気がないというか、さびれているというか閑散とした場所に到着して首をこてりと横に傾けた。
「かれんさまーおそいなのー! いちゃいちゃしてーずるいなのー」
ラピスの言葉にポンっと顔が熱くなる。
ロズと二人きりでした甘いやりとりを思い出して両手で顔を覆った。確かにいちゃいちゃはしたけど、したのだけど、あとから指摘されるのは、すごくすごく恥ずかしい。
「カレン様、どうしましたか?」
「ロ、ロズのいじわる……」
覆っている両手を顔からはがして覗きこむロズをじとっとにらむのに、色香をたっぷり漂わせる艶やかな笑みを浮かべるロズには敵う気がしない。
「好きな子は、いじめたくなるんですよ」
好きな子というパワーワードをあっさり言葉にされて、赤い視線に見つめられた。ロズの唇が綺麗な弧を描いて、触れるようなキスを落として離れていく。
「、ん……」
先ほどの甘さを思い出した唇は、すぐに離れてしまうロズの唇を引きとめるような甘えた声がこぼれた。
くすり、と笑ったロズは意地悪そうに目を細める。
「カレン様、おかわりしたいですか?」
「…………うん」
「カレン様は、仕方ないですね」
ロズの細い指に頬をなぞられ、するりと耳たぶを通っていく。下唇を食むようにキスされる。何度も柔らかな感触が落とされ、その間もロズの指が耳たぶを優しくすりすり撫でられて力が抜けてしまう。
「かれんさまーめめなのー! つぎは、ぼくのばんなのー!」
ラピスにむぎゅうと抱きつかれて、慌ててロズと離れる。ロズがラピスのくるくるの青い髪をくしゃりと撫でて、ノワルと話しはじめる。
「思っていたよりも影響が出ていますね」
「うん、そうなんだよね。どうしようかな?」
二人の会話が気になって耳を傾けていたら、ラピスが「こっちむいてなのー」とむぎゅむぎゅと抱きついてきていた。
潤んだ青い瞳と目があうと胸がきゅんと弾けて、くるくるの青い髪を撫でてあげると青い瞳が気持ちよさそうに瞳を細めている。天使なのかな。
「かれんさまー、おんせんがないなのー」
「ええっ? そうなの……?」
ふにゃりとしていたラピスが思い出したように、元気よく教えてくれた。
温泉に入りたくてきたのに温泉がないなんて、悲しくて眉が下がってしまう。
「そうなのー! もぐーらがいっぱいいるなのー! いなくなったらだいじょうぶなのー!」
「もぐーら……?」
「そうなのー! ぼこぼこしちゃうなのー!」
「えっと、ぼこぼこ?」
一生懸命に話すラピスがすごく可愛くて、天使みたいに可愛いのだけど、話している内容は全然わからなくて首を傾げた。
「花恋様、モグーラは土地を荒らす魔物だよ」
「ひゃ……ここに魔物がいるの……?」
ノワルの言葉でびくんと肩が揺れる。
みんなのおかけで魔物は見たことはないけど、ぞわぞわした感覚がするから好きになれない。
「今は、花恋様がいるからいないよ」
「ん、……」
ノワルがシャラリと耳たぶのイヤリングを指で触れるから肩が跳ねてしまう。
「花恋様は耳弱いよね、かわいい」
「ノワル、くすぐったいよ……」
「うん、ごめんね」
ちゅ、とノワルがおでこに甘やかな感触を落とす。黒目と見つめあうと胸がどきどき高鳴っていく。
「ああ、本当にかわいいね」
ゆっくり近づいてくるノワルに、そっとまぶたを閉じた。
体温を感じるような優しいキスに気持ちが満たされて、まぶたをあけると小指がぽわんとピンク色に輝いている。甘やかな色に口もとがゆるんで、ノワルの優しいまなざしに心がぽかぽかする。
「――聖女様! 浄化にいらしてくださったのですね」
ノワルの黒い瞳を見つめていたら、突然、大きな声が聞こえてきて、びっくりして心臓がどきん、と跳ねる。
声の方向に顔を向けると黄金色のピンっとした耳とふさふさな尻尾を揺らした男の人がいた。
たぶん、温泉宿の人なんだろうなあと思ったけど、そんなことよりも私の視線は、初めて見るぴこぴこ動くきつねみたいな耳とふさふさ柔らかそうな尻尾にくぎ付けになってしまう。
「花恋様、見過ぎかな?」
「ひゃん……っ!」
ノワルに耳たぶに唇がぎりぎり触れる距離で話しかけられ、熱い吐息にくすぐられたみたいに変な声がこぼれてしまった。
恥ずかしくて顔に熱がたまっていく。きつねの男の人に視線を逸らされてしまい、気まずくてノワルをじとりと見上げた。
「花恋様、ごめんね」
涼やかな瞳はまったく悪いと思っていなそうで、ついつい唇を尖らせてしまう。
「ちょっと耳と尻尾に触りたいなあと思っただけなのに……」
ぽろりと本音を口にした途端、ぶわりと空気がざわついていく。
「っ?! 聖女様、本当でございますか?!」
「かれんさまー、めっ、なのー! うわきものなのー! ぷんぷんまるなのー!」
「へあ……?」
きつねの男の人がなにか言っていることよりも、ラピスがものすごくぷんぷん怒っていて、なぜか浮気者になっている。
「えっ? あの、えっと? ノワル……?」
ラピスのぷう、と膨らんだ頬っぺたはかわいいけど、とてもそんなことを言える雰囲気はなくて、ノワルに助けを求める。
「花恋様、浮気は駄目だよ」
「ふえっ?!」
「あのね、動物の耳や尻尾を持つものは、この世界では『獣人』と呼ばれているんだよ。ほとんどの獣人の耳や尻尾は、とても敏感だから交わるときに愛情表現として、恋人や伴侶にしか触らせないんだよ」
「ひゃあ……っ!」
「花恋様が、あそこにいる『きつね獣人』の耳や尻尾を触りたいと言うのはね、交わりを誘う意味になるんだけど――花恋様は、本当に触りたいのかな?」
にっこりという効果音が聞こえてくるくらい綺麗な笑顔で尋ねられる。
瞳はまったく笑っていなくて、私は首がちぎれるくらい首を横にぶんぶん振った。
「うん、よかった。今回は知らなかったから仕方ないけど、これからは気をつけてね」
今度は大きく縦に首をこくこく振ると、頭をぽんぽんと優しく撫でられ、甘やかに微笑まれる。私は、知らない間につめていた息をほおっとはいた。
「ラピス、ごめんなさい……」
「ぷうーなのー」
腰に手を当ててぷんぷん怒っているラピスにしゃがみ込んで、心を込めて謝る。
「ラピス、本当にごめんなさい……」
「かれんさまーぷんぷんだったなのー」
ラピスにぎゅううと抱きしめられて、春の雨の匂いが胸いっぱいに広がった。
優しくて大好きな匂いで頬がゆるみ、青い瞳に見つめられる。くりくりした瞳が可愛くて胸のきゅんきゅんが止まらない。
「うん、本当にごめんね。私、もふもふなラピスにいっぱい触りたいな」
「いいよなのー」
天使の笑顔でうなずいたラピスのかわいい唇に、大好きとごめんね、の気持ちをいっぱい込めて、ちゅ、とキスをする。
ポンッ――と音を鳴らして、もふもふ青い龍のラピスが現れる。もふもふ青色天使を抱きしめて撫でて、たくさんのキスを贈る。私の大好きなもふもふ天使くん。
「ラピス、大好き。嫌な気持ちにさせて本当にごめんね」
「もういいよーなのー」
パタパタと羽を動かして、私の顔をもふもふな両手で捕まえられ、もふもふ龍のラピスに顔中をぺろぺろなめられて、私たちは仲直りした。
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