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側室を作ってもいいので、婚約破棄だけはやめてください
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「……ナイル殿下と私の婚約は、王家とエディカシオン公爵家が結んだもの。殿下には破棄する権限はありません。陛下と、エディカシオン公爵は了承しているのでしょうか?」
「っ、王族に口答えするとは不敬だ! お前のような悪女を未来の王妃として迎え入れるわけにはいかない。俺は、アメリアと婚約を破棄してフローラと婚約する。アメリア、王族である俺と、未来の王妃となるフローラに対する態度は到底許されるものではない。アメリア、お前は貴族籍剥奪の上で、国外追放する──!」
ナイルの言葉に息をのむ。
「そんな……っ! ナイル殿下、どうか考え直してください! 私と婚姻を結んでくださるなら、なんでも言うことを聞きますから……どうか、どうかお願いします……っ!!」
ナイルに駆け寄り腕を伸ばした途端、床の上に突き飛ばされた。
「アメリア見苦しいぞ! 愛するフローラを侮辱した者に一かけらの愛情もあるわけないだろう。もうお前は貴族ではないからな。おい、誰かこいつを連れていけ」
その言葉で、フローラに心酔するナイルの側近に取り囲まれる。私が慌てて立ち上がろうとすると足首に痛みが走った。
「……っ!」
下卑た笑いを浮かべる令息達の間から、ナイルの冷ややかな視線とフローラの愉悦を感じる。その中で端に立つ銀髪の獣人だけ、曇った瞳が一瞬、私に揺れた。
助けを求めるように周りを見渡したが、ナイルの言ったように公務で国王夫妻は不在。父さえもいないこの会場で、誰もナイルを諌められない。
狙い澄ました婚約破棄なら、公爵家に帰ることもできぬまま国外追放されてしまう。恐ろしすぎる未来を想像して、血の気が引いていく。
──バキン!
割れる音が会場を切り裂き、シベリアン国のジルベルト王子が吠えた。
「やっと、自由だ!」
銀髪の間から覗く三角耳がピンと立ち、水色の瞳が正気を取り戻して輝く。
「ジルベルト……っ!」
彼の首に嵌められていた隷属の首輪が、赤い傷跡を残して砕け散る。会場が息を呑み、凍りつく。
ローハレス王家がシベリアン国を縛る呪いの道具──その鎖が、今、解かれた。
「お、おい! ジルベルト、どういうことだ!?」
ナイルがフローラを庇い、声を震わせる。ジルベルトは首の傷に触れ、鋭い視線をナイルに突き刺した。
「ナイル、俺を犬と呼んだ代償を払え」
最北のシベリアン国は、シベリアンハスキー獣人の国。ローハレス公国の属国とされ、ジルベルト第一王子は母を救うため、王家に隷属の首輪を嵌められた。
この呪われた魔道具は、装着者を意のままに操り、王族しか外せない。ローハレスはジルベルトを欺き、シベリアン国を屈服させたのだ。その強さゆえ、ジルベルトはナイルの護衛騎士を強いられたが、首輪がなければ従う理由などない。
「お、おいっ、ジルベルト! なにしてる?」
「ん? 見ての通り、自由になったところだよ」
「今すぐ戻れ!」
ナイルの叫びを無視し、ジルベルト様が首の傷に触れた。獣人の力が解き放たれ、銀髪から覗く三角耳がピンと立つ。会場は水を打ったように静まり返った。
「いい加減にしろ、ジルベルト! 今すぐ戻れ!」
ナイルの命令に、私は目を疑った。
勉強嫌いで私に仕事を押しつけたナイルだけど、今も状況を理解しないなんて──
「はあ、ナイルは本当に馬鹿だな」
「なっ!? おい、なぜ従わない!」
ジルベルトの銀色の尻尾が怒りを刻むように揺れ、鋭い水色の瞳がナイルを射抜く。
「隷属の首輪が取れたのに、なんで従わないといけないの?」
「なっ! お前はあの首輪でいうことを聞いていたのか!?」
「ああ、ナイルが魔力を注ぐ方法を知らなかったのは助かったよ。力が覚醒しても、魔力があれば外せなかったからな」
「何!? 魔力だと? 首輪を寄こせ、すぐ注ぐ!」
「はあ、ナイル王子は本当に馬鹿だな──絶対に嫌だよ」
軽い口ぶりなのに有無を言わせぬ威厳が放たれる。ナイルの顔が青ざめ、焦りが滲む。ジルベルトが満足そうに笑うと、人が道を開け、私を囲む令息たちも消えていた。
「アメリア」
ジルベルトが座り込んだ私に跪き、甘やかな水色の瞳で呼んだ。銀色の尻尾が大きく揺れ、ナイルへ向けていた冷酷さは消えている。
「俺の番、ただいま」
「…………お帰りなさい、ジルベルト」
「遅くなってごめん。アメリアが傷つけられるのを見て、力が覚醒した」
「遅くない……っ、ジルベルトが自由になって嬉しい。ごめんなさい──ナイルに縋ってしまった自分が恥ずかしい」
あまりに嬉しくて、どうしようもなく嬉しくて、涙が頬を伝っていく。ジルベルトの指が私の涙を優しく拭った後、大きな身体に抱きしめられた。ジルベルトの体温で、ようやくジルベルトが戻って来たことを実感する。
「アメリアがナイルに抱かれたらと思ったら気が気じゃなかった……間に合ってよかった」
「私が王家の者になれればジルベルトの首輪を外せると思っていたのだけど、結局失敗しちゃった……」
「失敗してよかったと思ってるって言ったら怒るかな?」
ジルベルトの言葉に首を横に振る。ジルベルトの隷属の首輪を外したい一心だったけど、私だってナイルのことはこれっぽっちも好きじゃない。本当は指一本触れられるのだって嫌だから。
「アメリア、まもなく弟の援軍がやってくる」
「うん、……ようやく悲願が叶うのね」
「ああ、シベリアン国はローハレス公国を許さない──」
ジルベルトのぬくもりを感じ、十年前の約束を思い出した。あの雪の日、私とジルベルトは──
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