恋愛小説短編集

楠結衣

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王弟殿下の選択肢がいつもおかしい

5


 魔王城まであと少し。瘴気は濃くなり、凍るような寒気が魔の森を覆う。


「白ヘビさん、っ、おはよ……っこほ」


 咳をしてしまったら、くりくりの金色の目に心配そうに見つめられた。


「ごほ……っ、ごめんね。朝から喉が痛くて……。お花、素敵だね、いつもありがと──あっ」


 いつものように手のひらを伸ばしかけた途端に白ヘビさんがしゅるしゅると勢いよく去っていく。白ヘビさんが消えた茂みをぼんやり眺めていたら、ガサガサと茂みが動きはじめて肩が跳ねた。

 


「──っ、ハ、ハルトさん……!」

 突然現れたハルトさんに驚く。私を射抜くように見るハルトさんがものすごい勢いで近づいてきて、私の額に手を置くので、目を瞬かせた。驚く私に構わず、ハルトさんが首筋で脈を測りはじめる。


「えっ、あの、ハルトさん……こほっ、少し咳が出るだけなので大丈夫ですよ」
「瘴気が濃くなったからな……瘴気性咽頭炎の可能性が高いね。もうすぐ熱が出てくる。風邪の症状に似ているんだけど、この先まだ長いから、しっかり治してから出発しようね」
「え、でも、私なら大丈夫ですよ……!」


 まだ熱はないのに、私のせいで進めなくなるのが申し訳なくてうつむいた。


「サラ──担ぐのとお姫様抱っこと魔法で浮かぶなら、どれがいいかな?」


 またハルトさんの選択肢がおかしい。絶対におかしい。


「それなら苦くて酸っぱい回復薬を飲むのとテントで休むの、どっちがいいですか?」

 妥協された選択肢に目をぱちぱち瞬かせていると、「回復薬は不味すぎて気絶する人もいるけどね」という物騒な囁きが聞こえてきた。
 

「──っ、て、テントで休む、でお願いします」
「ふふっ、いい子だね」


 頭をさらりと撫でられて、恥ずかしくて下がった視線がハルトさんの花を握っている手に集まる。白ヘビさんが持っていたものと同じ花に、思わずハルトさんを伺う。


「あれ? ハルトさん、その花って?」
「ああ、これは白ヘビからだよ。風邪を治してほしいと願っていたよ」
「えっ! ハルトさん、白ヘビさんの言葉がわかるんですか?!」
「わかるというか話せるね」
「わあ、凄い! いつも白ヘビさんが色々贈りものをしてくれるんですけど、なにかお礼がしたくて……! 今度、なにがいいか聞いてもらえませんか? ごほ……っ」
「サラ、テントに戻ろう」


 ハルトさんにテントへ連れられ、横になるように促された。


「あっ、ちょっとだけ待ってください」

 私の荷物の中から薄めの本を取り出す。本当はもっと厚い本がいいけれど、この一冊しか持っていないので仕方ない。


「ごほっ、あの、ハルトさん、白ヘビさんからのお花もらえますか?」
「? どうするんだ?」
「綺麗なお花なので、……こほっ、いつも押し花にしているんですよ」


 押し花にしているページを開きながらハルトさんに話していたのに、ハルトさんの返事がなくて振り返った。なぜかフリーズしているハルトさんが立っていて、私は首を傾げた。


「あれ? もしかして、この世界に押し花ってないですか? こうやって綺麗な花をそのままの状態で残せるんですよ──綺麗でしょう?」


 押し花が並んでいるページをハルトさんに広げて自慢する。
 

「あ、ああ……。サラは残したいくらい蛇の贈り物が嬉しかったの?」
「はいっ! いつも寝る前に白ヘビさんのお花を眺めているんです」
「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ」


 まるでハルトさんが贈ったような返事を不思議に思った途端、急に身体がふらりと傾く。地面がグラグラと不安定になったみたいで、立っていられないと思ったらハルトさんの腕の中にいて、身を委ねる。押し花の本も閉じた状態で引き抜いてくれていて、安心した。
 

「サラ、熱が上がってきたね。押し花はやっておくから大丈夫だよ」
「ん、ハルトさん、ありがとうございます……あの、もし白ヘビさんに会ったら、熱が下がるまで会えないって伝えてください」
「ああ、わかっているから安心して」


 横になったら一気に眠たくなってきた。まぶたが下がる先にハルトさんの金色の瞳が見えて、白ヘビさんと重なる。




「白ヘビさ、んに……会えないの寂しいなあ」


 ポツリとこぼした言葉に、私は自分が思っていた以上に白ヘビさんのことが好きなんだなと思って、笑ってしまった。


 ハルトさんの言うとおり、あっという間に発熱して熱が高くて節々が痛い。ハルトさんの調薬してくれた薬湯を飲んだら、かなり寒気は治まってきた。まだ熱は高いけど、熱が引けば大丈夫だと言われている。


 ────しゅる……

 
 かすかな気配に、目が覚めた。
 エミリーちゃんに咽頭炎を移しては大変だから今日は一人でテントを使わせてもらっている。いつも二人で使っているテントに一人だと広く感じて、熱のせいでなんだか寂しい。

 ──しゅるしゅる

 
「っ?!?!」

 寝袋の上になにかが這い上がる感触に驚いて固まる。にょろにょろ動く感覚に驚いていると、白ヘビさんだった。薄明かりに金色の瞳がキラキラ光っている。白ヘビさんだとわかった途端に嬉しくなってしまう。


「もしかして、ハルトさんに聞いてお見舞いに来てくれたの?」


 こくんとうなずく白ヘビさんがすごく可愛い。指でそっと頭を撫でると二股に分かれた舌をチロチロ出して挨拶してくれた。


「白ヘビさん、冷たくて気持ちいいね……っ」
 

 手のひらに擦り寄られ、そのままにょろんと巻きつかれた白ヘビさんのひんやりした感触に思わずつぶやいた。高熱の体温に、白ヘビさんの温度がとても心地よい。


「……あっ、待って……」

 白ヘビさんがお見舞いを終えたと言わんばかりに帰ろうと動きだしたのを見て、咄嗟に声が出た。不思議そうな白ヘビさんに嫌々と首を振る。


「やだ、行かないで……あのね、エミリーちゃんもいなくて寂しいの……もう少しだけ一緒にここにいて……」


 にょろにょろ白ヘビさんが動いて枕元にとぐろを巻く。一緒に寝てくれる様子に本当に賢いヘビなんだなあと思いながら嬉しくて頬がへにゃりと緩む。


「白ヘビさん、ありがとう」


 安心したら一気に眠気が襲ってきて、まぶたがくっついた──

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