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リトルルビィ

赤色のプレゼント(1)

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(*'ω'*)年齢参照:テリー(12)/キッド(15)/メニー(9)/ルビィ(9→10)
 ルビィ→→→→テリー
 ――――――――――――――――――――――――――――――









 春の花が咲き乱れる季節。外はすでに暖かく、心地好い風が人々の髪をなびかせる。
 リトルルビィは窓から吹いてくる風に当たり、前髪を揺らして涼しんでいた。

(風が気持ちいい……)

 リトルルビィはぼうっと風に当たる。
 こんなにゆっくり風に当たったのは久しぶりだと思った。
 家族が死んでからは生きていくために必死であった。
 呪われ、血を求め、人間を殺め、最終的に、彼女は片腕を切り落とされた。これで罪を洗い流せと言うように、呪われた体から腕は再生されなかった。そのため、自分の右腕には硬くて冷たい黒い義手がつけられたのである。
 毒を抜くために、半年近くを密封された白い部屋で過ごした。その間、優しい大人たちが遊び相手になってくれていたが、心には寂しさが募るばかり。
 一週間に一度、キッドが顔を見せに来るのが唯一の癒しだった。
 そんな時に、こんな会話をした。

「ねえ、キッド、あのお姉ちゃんは元気なの?」
「お姉ちゃんじゃないよ。あの子はテリーっていうんだ」
「テリー?」
「そうだよ。あの子の名前」

 教えてもらった名前。
 テリー・ベックス。

 そして彼女の妹。
 メニー・ベックス。

 自分が血を飲もうとした、殺そうとした、獲物だった少女達の名前。
 そして、春の花が咲く季節に、無事に再会できたのだ。淡い想いを抱いて。

(テリー……)

 リトルルビィの胸はときめく。

(テリー)

 あの濁った赤色を思い出せば、きゅんと胸が鳴る。

(テリー……)

「よし、出来た!」

 ぱっと、リトルルビィが瞼を上げる。横を見れば、テーブルで何か描いていたキッドが嬉しそうにビリーに紙を見せる。

「どうだ! じいや! 俺の傑作だぞ!」
「……怒られても知らんぞ」
「ええ? なかなかの出来だと思うんだけどな」

 キッドがリトルルビィに振り向く。リトルルビィがきょとんと瞬きをする。キッドがニッ、と笑い、紙をリトルルビィに見せた。

「どうだ? リトルルビィ」

 その紙を見れば、リトルルビィの目にある絵が映る。

「テリーだ」

 言えば、キッドが胸を張る。

「さすが、俺。絵も上手い」
「リトルルビィ、どう思うかの?」
「すっごく下手くそ!」
「だ、そうです。キッド様」
「……本気出せば、すごいんだよ。本気出せば」

 キッドの片目がピクリと痙攣した。
 リトルルビィは紙を眺め、じっと眺め、手を伸ばし、その紙に触れる。

「これ貸して」
「はい」

 キッドに渡され、リトルルビィが絵を見つめる。下手くそだが、テリーの雰囲気を掴めてる。今掴んでいるキッドが描いたその絵を見ると、テリーを思い出すことが出来た。

(……テリーだ)

 じっと見つめる。

(テリーがいる)

 リトルルビィがキッドに顔を上げた。キッドがちょうど、口を開く。

「そういえばリトルルビィ、お前、5月誕生日だったね。何かほしいものある?」
「キッド、これちょうだい」
「うん?」

 絵が描かれた紙を掴むリトルルビィを見て、きょとんとした後、キッドがくすりと笑った。

「ふふっ。そんなもので良ければあげるよ」
「ありがとう」
「リトルルビィ、それとは別に、欲しいものがあれば誕生日にあげるよ。何がいい?」
「……うーん……」

 リトルルビィが考える。欲しいものを考える。

(ママが欲しい)

 ママは死んだ。

(お兄ちゃんが欲しい)

 お兄ちゃんは死んだ。
 家族は、全員死んだ。
 もう戻っては来ない。

(……)

 リトルルビィは考える。考えるが、思いつかない。
 母が死んでから兄と共に暮らしていたが、ほんのわずかな時間だった。わずかで長い時間、兄と一緒にいた。兄は呪われた。呪われた妹の血を飲んで、呪いに呪われ、安らかな顔で死んでいった。

 リトルルビィには、何も残っていない。

「……」

 欲しいもの。

(誕生日か)

 欲しいもの。

「……思いつかない」
「そう」

 キッドが口角を上げたまま頷く。

「じゃあ、勝手に用意していい?」
「……うん」
「よし、きた。俺のプレゼントのセンスを見て驚くがいい。すっごいのをあげるよ」

 キッドが笑い、リトルルビィの頭を撫でる。
 リトルルビィが大人しく撫でられ、貰った紙を抱きしめる。

(私は一人ぼっちで)
(寒い冬をさまよって)
(血を求めて)

 テリーに出会った。

 紙をもう一度見下ろせば、テリーに似たようなそうでないような、雰囲気だけ似ている絵がある。
 しかし、見れば、テリーを思い出す、おかしな絵。

(似てない)

 でも、

(似てる)

 リトルルビィがもう一度キッドを見上げる。

「ねえ、キッド」
「ん?」
「借りた家で、パーティーがしたい」
「ああ、いいね。皆呼んでぱーっとやろうか。あの小さな家にぎゅうぎゅうに入って、お菓子やジュースをいっぱい味わうんだ。任せろ。俺が用意してあげる」
「……テリーも来る?」

 訊けば、キッドは微笑む。

「ああ。お前の誕生日って訊いたら、すっとんでくるよ」
「メニーも?」
「ああ、もちろんさ」
「……そう」

 リトルルビィの口角が上がる。嬉しそうに、絵を抱きしめて、微笑む。

(メニーに会える)

 誕生日がくれば、

(……テリーにも会える)

 孤独な自分を受け止めてくれるテリーが来てくれる。

「……楽しみだね。リトルルビィ」

 キッドの言葉に、柔らかく微笑んだリトルルビィが頷いた。



(*'ω'*)




 星空が見える静かな夜。
 リトルルビィの部屋に、さっそく絵が飾られた。

(うん)

 じっと見る。

(やっぱり下手くそな絵)

 人のことが言えない自分でもそう思う。だがしかし、見つめていればテリーのことを鮮明に思い出す。

(テリー、何やってるかな?)

 ベッドに座り、膝を抱えて、壁に飾った絵を見つめる。

(貴族の家では、夜って何やってるんだろう)
(キッドは宿題終わったら、ゲームして遊んでるし)
(助手さんは、子供の頃、ずっと本読んでたって言ってた)
(テリーとメニーは何やってるんだろう?)

 じいっと絵を眺めながら、考える。

(誕生日、来てくれるかな?)

 貴族だから、身分の低い自分の誕生日パーティーには来てくれないかもしれない。

(でも、メニーと会った時、すごく喜んでくれた)
(お友達になってくれた)

 リトルルビィが絵を見つめる。

(テリー、何やってるかな)

 窓から風が漏れる。

「……もう寝よう」

 呟いて、窓の扉に手をつける。すると、外の様子が見えた。家のすぐ近くに咲いた花がきらきらと光り、風に吹かれ、気持ちよさそうに揺れている。

(あ、そうだ)

 リトルルビィが思いつく。

(明日、テリーの花を探しに行こう)
(無駄遣いはしちゃいけないから、森の方に生えたテリーの花を摘みに行こう)
(それで、テリーとメニーにプレゼントしよう)

 夜になれば、テリーの花があの花のように、月の光に照らされて綺麗に輝くことだろう。
 そうすれば、二人は喜んでくれるかもしれない。

(うふふ! 朝早くに出かけようっと!)

 リトルルビィの部屋の電気が暗くなった。



(*'ω'*)



 翌々日。


 サリアがテリーの部屋の扉をノックした。

「テリーお嬢様」
「ん?」

 宿題をする前に机の上の整理を始めていたテリーが振り向き、返事をする。

「どうぞ」
「失礼致します」

 サリアが扉を開けた。

「テリー、お電話です」
「電話?」
「ええ。緊急だそうです」
「……誰?」
「ご老人の方です。知り合いのテリー様に訊きたいことがあると」
「……分かった。ありがとう」

 テリーが顔をしかめながら、考える。

(……紹介所関係かしら……?)

 部屋から出て、電話機のある廊下へ進む。置かれた受話器を手に取り、耳に当てた。

「変わりました。テリーです」
『やあ、愛しの君』

 声を聞いた瞬間、テリーが受話器を電話機に戻した。

「……」
「テリー?」

 遠くから見てたサリアが歩み寄り、テリーがサリアに首を振った。

「サリア、何でもないわ。仕事に戻って」
「そうですか。かしこまりました」

 サリアが頭を下げ、持ち場へ戻っていく。テリーは電話機を睨む。

(……さて、あたしも部屋にもど……)

 その瞬間、電話が鳴った。

「ひっ!」

 小さく悲鳴をあげ、慌てて受話器を持ち上げる。震える声で名前を名乗る。

「……べ、ベックスで……」
『今度切ったら直接屋敷に乗り込む』
「やめろ! お前それはやめろ! お前みたいな変人と関わってるって知られたら、あたしはママにこてんぱんに怒られるわよ! 外出禁止になったらあんたのせいよ! 何よ、何の用なのよ!」

 一番喋りたくない相手からの突然の電話に、テリーが挙動不審に周りを見ながら会話する。キッドが電話越しにくくっと笑い、本題に入った。

『単刀直入に訊こう。そっちにリトルルビィが来てないか?』
「……ん? リトルルビィ? 来てないわよ」
『そうか』

 キッドが唸った。

『となると、厄介なことになったな』
「何? あの子に何かあったの?」
『実はね、昨日から姿が見えないんだ』
「昨日から?」
『昨日の朝、俺のお手伝いさんがリトルルビィを訪ねに家まで行ったんだけど、いなくなってた。荷物は置いてあったし、大切なものも置いてあって、唯一バスケットだけが無くなっていた。多分どこかに出かけたんだろうと思って、また時間が過ぎてから訪ねたんだが』
「いなかったの?」
『昨日ずっとリトルルビィの家の前に待ってくれてたらしい。だけど、あの子は帰ってこなかった』
「……どういうこと?」
『うーん。それが分かれば、俺もわざわざ、お前の屋敷まで電話もしなかったんだけどね』

 でもいないんだよ。

『まあ、そんなわけだ。どこかに逃げたわけでもなさそうだから、そんなに心配する必要はないと思うんだけど、見かけたら連絡してくれる?』
「それはいいけど……」
『別に見かけなくても、俺に会いたければいつだって会いに来ていいよ。愛してるよ。テリー』
「くたばれ」

 今度こそ受話器を電話機に戻す。通話を切った。

(……リトルルビィがいない?)

 テリーの眉間に皺が寄った。

(……)

 テリーが廊下を歩く。電話はもう鳴らない。メニーの部屋へと足を向ける。メニーの部屋の扉をコンコンとノックすると、向こうから笑い声。後に返事。

「はーい!」
「入っていい?」
「どうぞ!」

 扉を開けると、メニーにじゃれるドロシーがいた。

「うふふふ! お姉ちゃん、ドロシーったらすごいんだよ! お手が出来るの!」
「にゃー」
「ふふふ! お姉ちゃんもやってみる?」
「メニー、単刀直入に訊くんだけど」
「ん?」
「昨日、リトルルビィと遊んだ?」

 メニーがきょとんとして、首を振る。

「ううん。昨日は会ってないけど……」
「……そう」
「何かあったの?」
「どこかに出かけて、帰ってないんだって」
「……いつから?」
「昨日の朝から」
「……それ、大丈夫なの?」

 メニーが心配そうに訊いてくる。

(あたしに訊かれてもね……)

 テリーが顔をしかめた。

「……心当たりあるところを探すわ」
「お姉ちゃん、私も行く」
「あんた、ドロシーと遊ばなくていいの?」
「リトルルビィが帰ってきてないの、心配だもん。行く」
「そう」

 テリーがちらっとドロシーを見る。

「悪いわね。ちょっと連れて行くから」
「にゃー」
「……あんたもついてく?」

 ドロシーがベッドの上にジャンプし、そこで丸くなる。動かなくなる。

(……行かないのね)

「メニー。行くわよ」
「うん」

 メニーがこくりと頷き、テリーと共に部屋から出て行った。




(*'ω'*)




 まず最初に、二人の心当たりがあるところから探し歩く。
 リトルルビィに襲われた道や、紹介所前、メニーがリトルルビィと遊んだ公園、広場。しかし、リトルルビィはどこにもいない。

 彼女の小さな家の前に行っても、やはりリトルルビィはいない。

「うーん、お手上げね……」
「リトルルビィとはまだ付き合いが短いもんね」

 二人が顔を見合わせる。メニーも困り果て眉をへこませる。

「どうしよう。お姉ちゃん……」
「いないんじゃ、どうしようもないでしょ……」

(まじでお手上げ状態……)

「もう一度回ってみましょうか。案外近くにいて、すれ違ってるだけかもしれないし」
「昨日から帰ってないんでしょう? 大丈夫かな……」
「大丈夫。ちょっと遠出してるだけよ」

 テリーが顔をしかめる。

「……多分」

 二人でリトルルビィの家を離れ、また歩き回った場所を一から向かって歩き出す。二人がリトルルビィの家から離れた一分後、リトルルビィが家の前の地面に着地した。

「ふう!」

 バスケットには、いっぱいの花。

(いっぱい積んできちゃった!!)

 花屋でも出来そうなほど沢山入った花達。

(隣町まで行っちゃうなんて、私のお馬鹿さん! あー、泊めてくれた宿のお爺ちゃんのご飯美味しかったなあ)

 美味しかったご飯を思い出せば、ぐう、とお腹が鳴る。

「ああ、お腹空いた……」

 がちゃりと扉を開けて、キッドから与えられた家の中へ入る。
 バスケットをテーブルに置き、設置された樽に入った血と同じ成分の飲み物をグラスに注ぎ、ぐいと飲み込む。しかし物足りないお腹を撫でながら冷蔵庫を開ければ空っぽ状態。

「ああ、私ったら、お買い物するの忘れちゃってた!」

 花達を適当な瓶に移し、バスケットを再び持つ。

(よし、お買い物に行こう! 何食べようかなぁ……)

 リトルルビィが財布とバスケットを持って再び家から出る。リトルルビィが出かけて一分後、銀髪をなびかせる兵士がリトルルビィの家を訪ねた。

「ふっ! 赤い頭巾のマドモワゼル! 俺の上司が君を探しているよ! 全く! 一体全体、どこに行ってしまったのやら!」

 こんこん、と扉を叩けば、違和感。

「ん……?」

 ドアノブをひねると、扉が開いた。鍵がかかっていた扉に、鍵がかかっていない。銀髪の兵士はすぐに無線機を取り出す。

「キッド様、ミス・ピープルの家の扉が開いてます」
『ん? 中は?』
「これから入ります」
『了解。万が一のことがあるかも。様子を見て』
「御意」

 銀髪の兵士がリトルルビィの部屋へと入る。

「俺は普段、可憐なレディの家の中には勝手に入らないんだけどね、これも仕事なんだ。許しておくれ」

 そんな事を呟きながら、兵士は家の中に入っていく。目が動く。泥棒が入った痕跡はない。

(いや、何かがおかしい)

 以前、この家の整理をさせられた時とは、何かが違う。

(おや?)

 兵士はいくつもの瓶やグラスに入れられた大量の花に気が付いた。再び無線機を取る。

「キッド様、中には花があります」
『何の花?』
「これは、隣町に咲く花ですね。おっと、なんて素敵なテリーの花なんだ」
『隣町までピクニックにでも行ってたのかな? ……リトルルビィは?』
「いないようです」
『了解。戻ってきてるかも。グレタに広場を探させる。お前は戻ってきた時のためにそこで待機』
「ああ、でも、キッド様、ここは仮にも小さな女の子の部屋ですよ! 私のラブリーゾーンをご存じないのですか? 10歳から90歳までオッケーなのですよ!」
『安心しろ。その家の女の子はまだ9歳だ』
「ああ、なんてことだ。まだまだ蕾のラズベリーガールの部屋だなんて……。ふっ! 素晴らしすぎる! 私はこの部屋の匂いと生活感を堪能することにします!」
『……戻ってきたら連絡を』
「御意」

 無線が切れた。



(*'ω'*)



「おう、ニクスじゃないか」
「こんにちは。旦那さん」
「父ちゃん、まだ調子悪いのか」
「……。はい。ちょっと寝込んでて」
「そうかい。お大事に。これ持っていきな」
「え、でも、悪いです……」
「いいってことよ。ほら、遠慮しなさんな」
「どうもありがとう。旦那さん」
「おう!」

 ニクスが商店街を通り過ぎ、リトルルビィとすれ違う。リトルルビィはぼろぼろになった赤い頭巾をかぶり、バスケットを腕にぶら下げ、食べれるものを探す。

(キッドに貰ったお金で何か買おうっと!)

 まだ料理は習っていない。やったこともない。フライパンや鍋も見たことはあるが、使ったことはない。
 彼女に出来るのは、果物やパンを買って食べること。

(何がいいかな……)

 パン屋を通り過ぎ、道の角を曲がると、リトルルビィが通り過ぎたパン屋からテリーとメニーが出てきた。テリーの手には紙袋が握られている。

「メニー、新作メニューだわ。貴族令嬢として、新作メニューに手をつけない馬鹿はいない。いいこと。新作メニューのチェックは貴族令嬢として大事なことなのよ」
「お姉ちゃん、食べたいなら食べていいよ」
「すごい。鼠の形してる……。鼠パンよ……! 別に鼠なんてどうでもいいけど、中のクリームが気になるわ」

(鼠可愛い鼠可愛い鼠可愛い鼠可愛い!)

「休憩がてら、どこかに座りたいけど、椅子が無い。ということは歩いて食べないと駄目ってことね。いいこと、メニー。これは仕方なくやるのよ。ベンチがないからあたしは仕方なくはしたなく下品に食べ歩きをするの。いい? 真似しちゃ駄目よ」
「私も猫パン食べたい!」
「あんたはあとで座って食べなさい」
「お姉ちゃん、そういうの理不尽って言うんだよ……」
「買ったのはあたしよ」
「うう……」

 テリーが鼠の形のパンを手に取り、きらきらと目を輝かせる。

(いただきます)

 あー、と口を開けるが、どこから食べていいのかわからない。テリーが食べるのをやめ、口を閉じ、鼠パンを見つめた。

「……メニー、あんたならどこから食べる?」
「うーん、耳からかな?」
「……耳……」

(耳なんてかじったら、可哀想じゃない)

「耳以外で」
「ほっぺとか?」

(ほっぺたから? あんたの目は節穴なの? 見てみなさいよ。この愛らしい髭。これを噛めっていうの? 可哀想じゃない)

「ほっぺ以外で」
「お姉ちゃん、それじゃあ食べる所が無いよ」
「ぐっ……。これはなんて難しいパンなの……」
「ぱくって食べちゃえばいいんだよ……」
「出来れば苦労しないわよ……」

(くそ、どこから食べればいいの……!? ああ、どうしよう、きらきらした瞳で、あたしを見つめてくるわ。この鼠ちゃんのパン!)

 ごくりとテリーが唾を飲む。

(こうなったら、勢いで噛む!)
(この鼠は、食べられるために生まれてきたのよ!)
(あたしが美味しくいただきます!)

 そう思って、意を決した瞬間、

「はむっ」

 横から、持ってた鼠パンが噛まれた。

(え)

「あ」

 メニーが声を漏らす。青い髪が鼠パンから離れる。見上げれば、もぐもぐ食べている。見下ろすと、鼠の顔がほぼ半分が無くなっている。

「ぎゃああああああああああああああああ!!」

 テリーが悲鳴をあげた。

「あたしの鼠ちゃんパンがーーーーー!!」
「うん、なかなか美味しいね。どこのパン?」

 テリーがもぐもぐ食べるキッドを睨んだ。

「このっ! キッド! てめえ! よくもあたしの鼠ちゃんパンを! よくも! 見なさいよ! 片方の目と口と鼻と髭とお耳が無くなったわ! 大災害よ! 大惨事よ! 大事件よ! 大怪我よ!!」
「愛が沢山詰まって美味しいよ。ご馳走様」
「畜生! テメエの唾がついたパンなんかいらない! 最後まで美味しく食べなさい!」
「わーい。やった! 丁度小腹がすいてたんだ。有難く貰うね。クリームパンか。美味いな」

 鼠パンを受け取り、キッドがもぐもぐ食べ続ける。テリーがずーんと落ち込み、その背中をメニーが撫でた。

「お姉ちゃん、私の猫パンあげるから……」
「いらない……。あたしはあの鼠ちゃんパンが良かったんだもん……」
「で? お前は可愛いメニーを連れて何やってるわけ?」

 可愛く首を傾げるキッドにテリーが顔を上げた。

「何って、リトルルビィを探してたの。あんたがいないとか言うから」
「ああ、それはご苦労様。だったら良い事教えてあげる。戻ってきたらしいよ」
「……戻ってきたの?」

 テリーとメニーがきょとんとする。キッドがパンを噛みながら頷いた。

「ん。家に帰ってきた形跡があったらしい。バスケットがまた無くなってて、代わりに家具に花が増えてたとか」
「花?」
「俺もこれからリトルルビィの家に向かうところだったんだ。それに、帰ってきてるなら安心だ。今無事を確認するために、お手伝いさんにここら辺を捜索してもらってる」
「……そう。帰ってきてるならいいわ」

 ちらっと、メニーを見る。

「帰るわよ。メニー」
「え、でも、いいの?」
「何が? 無事ならあたし達が探す必要もないでしょ」
「でも、本当に帰ってきてるか分からないし……」
「後はそこにいるキッドにお願いしましょう」

 テリーが再びキッドに顔を向ける。

「というわけで、あたし達は帰るわ。リトルルビィによろしく伝えて」
「ああ。わざわざご苦労だったね」
「いい暇つぶしになったわ。メニー、行くわよ」

 テリーが歩き出す。キッドの横を通り過ぎる。キッドがメニーを見下ろす。メニーと目が合う。キッドが微笑む。

「じゃあね、メニー」
「……さようなら」

 メニーが頭を下げ、一歩歩いた瞬間、キッドの後ろから悲鳴が聞こえた。

「誰か! 泥棒!!」
「ん?」

 即座にキッドが振り向く。テリーが足を止めた。メニーがはっとした。

「お姉ちゃん!」
「え」

 テリーが角の道から走ってきた男に腕を引っ張られた。

「え」

 テリーの顔に、包丁が突き付けられた。

(えっ)

「動くんじゃねえ!」

 男がテリーを人質に、怒鳴った。
 メニーが口を押さえた。
 キッドが周りを見た。
 周りの人々が悲鳴をあげた。
 テリーの血の気が下がった。

「ひっ!」

(包丁が! 包丁! 包丁がっ!!)

 テリーのすぐ近くに、揺れている。

(いいいいいいいいいいいいいいいいいい!!)

 青ざめたテリーが唇を震わせた。

(キッド! キッド助けなさい!)

 キッドは動かない。じっと何かを聞いているように、耳をすませている。

(キッド! あたしを! 助けるのよ! キッド!!)

 キッドは微笑む。

(へっ!?)

「わー、こいつは大変だー」

 キッドが声を出した。

「テリーが包丁突き付けられちゃったー。これは動けないやー。テリーが! 大変だー!」

(てめえ何ふざけてやがるのよ!!!)

 ぎろりとキッドを睨む。キッドは微笑むだけで動かない。テリーがいらっとしてさらに目を鋭くさせ、キッドを睨む。

(お前ええええええええええええ!!)

「動いたらこのガキを刺すからな!」

(ひっ!)

 テリーが包丁を見て、ぞっと体を強張らせる。

(だ、誰か……!)

 キッドは笑う。

(誰か)

 風の音にキッドは確信する。

(誰か!)

 テリーがぎゅっと目を瞑った。

(助けて!!)


 ――風が吹いた。

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