おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ

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キッド

ほしいのは王冠と君

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時間軸五章終了後
キッド18歳、テリー14歳、ソフィア24歳、メニー11歳、リトルルビィ12歳、アリス15歳。

―――――――――――――――――――






 あたしは盛大に悩んでいた。

(はーーーーー)

 キッドの誕生日。

(はーーーー。どうしよう……)

 アリスがきょとんとあたしの顔を覗いた。

「どうしたの。ニコラ」
「アリス、決まった?」
「ええ!」

 アリスが帽子の材料が入った袋を見せた。

「キッドにはね、これでかっこいい帽子を作ってあげようと思って!」
「そうよね……。アリスには帽子があるんだものね……」
「ね、23日のパーティーってどんな感じなの?」
「……毎年やってるんだけど、狭い家にぎゅうぎゅうに詰まって、お菓子つまんだり、ジュース飲んだり、談笑したり、ただそれだけ。たまにキッドの付き人のおじいちゃんがくじ引きとか用意したりしてるけど、本当、そんな感じ」
「なんだか普通のクリスマスパーティーみたい」
「ええ。あくまで王子様じゃなくて、キッド個人のお祝いだから」
「素敵ね」
「パーティーは素敵よ。でも祝う対象があれじゃあね……」

 あたしは再び雑貨の棚を見つめる。

「翌日には色んな国の人達が大量にキッドにプレゼントを渡すのよ。何をあげても被っちゃうでしょう? だから、困るのよね」
「去年は何あげたの?」
「香水」
「……まさか、テリーの花の香水?」
「……」
「キッドが去年つけ始めてから流行りだしたって、ファンクラブの中で話題になってたの。それで、キッドと香水メーカーがコラボして、テリーの花の香水キッド殿下仕様で販売されたのよ。もう、私が購入できるまでしばらくかかったんだから!」
「あー……」
「え? 本当に? あれはニコラがあげたものなの?」
「……売り残りのセールをやってて、もう悩むのもバカバカしいからそれでいいと思って、……あげたのよ……」
「やっぱり偶然に見せかけた運命ってあるのね。ニコラ、今年あげるもので流行が決まるかもしれないわよ」
「やめてよ。余計プレッシャーだわ」
「何にする? ずっと使えるもの? それとも食べ物とか?」
「お菓子はバレンタインに毎年作らされるの。婚約者なんだからって言われて、無理矢理ね」
「プレゼントを迷う時は消耗品にしておきなさいって姉さんが言ってたわ。大事なのは気持ちだからって」
「あいつに気持ちを渡すくらいなら、あたしはアリスに渡すわ」
「うふふ! ニコラの気持ちはありがたく頂戴するけど、このままじゃキッドがプレゼントも渡してもらえなさそうだから、まだ付き合うわ。ねえ、ニコラ、キッドが何か言ってなかった? これがほしいとか、あれがほしいとか」
「あいつ、欲しいものは王冠だけよ」
「王冠?」
「そうよ。国王の座だけ」
「だったら、ニコラ」

 アリスが指を差した。

「いいのがあるわ」

 イヤーカフ。耳に挟むタイプのイヤリング。

(あ)

 王冠の形のイヤーカフがある。

(値段もそんなに高くない。……所詮は金属ね。石も安もの。王子様が身につけるものじゃないけど)

 ま、いいや! 疲れたし!!

「ありがとう。アリス。とっても素敵。あたし、これにする」
「これ可愛いわ。キッドが喜びそう」
「……ちょっと女の子っぽいかしら」
「大丈夫よ。だってキッドって」
「ん?」
「あ」
「え?」 
「……。……キッドって、こういうのすごく似合いそうじゃない!?」

(……確かに。あいつは何つけても似合いそう)

「わかった。これにするわ。お会計してくるから、ちょっと待っててくれる?」
「ええ。他のもの見ながら待ってるわ」

(そういえば、あたしが指輪を失くして以来、キッドもつけなくなったわね)

 多分、成長して指が大きくなったのと、タイミングが合ってしまったんだと思うけど。

(またお揃いの買いたいって言ってた気がする。……ふん。お揃いはもうごめんよ)

 あんたにはこれで十分だわ。
 店員にイヤーカフを包んでもらう。

「リボンはどれにしますか?」
「青いリボンで」

 青いリボンでラッピング。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

(今年でこれでいいや。はあ。疲れた疲れた)

「……ああ、危ない危ない。口が滑るんだから。私ったら……」
「アリス、お待たせ」
「あら、可愛いラッピング」
「アリス、この後お茶でもしない?」
「ニコラ、私、帽子を作らないと」
「そうだった。じゃあ、噴水前まで一緒に行きましょう」
「うふふ! 賛成!」

 アリスのおかげでプレゼントは選べた。あとは、キッドの誕生日パーティーが来るのを待つだけ。

(あっという間に来た)

 12月23日。翌日は宮殿でキッドの誕生日パーティーが開かれるため、今日のパーティーはその前日の23日に行われる。

(18歳ね)

 この国では、15歳は結婚のできる仮成人。だけど、れっきとした成人として認められるのは18歳から。だからお酒も飲んでいいし、――王子様は大抵、18歳で結婚することが多い。
 だから、明日のパーティーは大変そうね。ま、あたしは行かないけど。

 アリスとメニーを連れて、再びこの家に戻ってくる。扉を開けてみると、不用心にも鍵がされてなかった。玄関から大声を出す。

「じいじ! 鍵開いてるわよ!」

 ビリーがリビングの扉を開けて、あたし達を見た。アリスがきょとんとした。

「あら、ニコラのおじいさん。こんにちは!」
「やあ、アリス」
「ご無沙汰してます」
「メニー。よく来てくれた」
「ねえ、泥棒が入ってきたらどうするの? 危ないじゃない」
「客が多いんだ。わざわざ鍵なんか締めなくとも大丈夫だわい」
「そういう問題じゃないでしょ」
「ああ、わかったわかった。おこりん坊に怒られてはかなわん」

 じいじがおどけた顔をして、鍵を締めた。

「これでいいかい?」
「うん」
「ベルが鳴ったら教えてくれるかい? 泥棒かどうか確認しなくては」
「わかった。あたしがベル係になるわ。だからどんな時でも鍵は絶対して。危ないから」
「ふぉっふぉっふぉっ。わかったわかった。ほら、みんなコートを貸しなさい。お前もな。テリー」
「うん。……ありがとう」

 上着をじいじに渡して、リビングに入る。中にはすでにキッドの部下が集まり、ソフィアとリトルルビィも椅子に座って待機していた。赤い瞳と目が合う。

「あ! テリー! メニー! アリス!」

 あたしと同身長になったリトルルビィがあたし達に飛び込んだ。

「グラスを持って! もう少しで始まるよ!」
「ああ! テリー様!」
「あら、Mr.ジェフ」
「メニー、ジュース何が良い?」
「何があるの?」
「何でもあるよ。アリスは?」
「私も見てからにする。きゃっ! 待って! ソフィアさん! どうしてここに!?」
「おや。くすす。アリス。こんにちは」
「こ、こんにちはー!!」
「はい。メニー」
「ありがとう」
「こんなところでソフィアさんにお会いできるなんて嬉しいです! それにしても、あの、ここすごく人が多い……」

 アリスと誰かの背中がぶつかった。

「きゃっ! ごめんなさい!」
「あ、こちらこそ……」

 リオンとアリスが振り返り、お互いに違う意味でぎょっとした。

「アリーチェ!」
「ま! リオン様!」

 アリスに会った瞬間、リオンの影が揺らめく。

「そっか。そうですよね。キッドのお誕生日だから、リオン様もいらっしゃいますよね」
「あー……。君も招待されてたんだね」
「はい! キッドは私のお友達ですから!」

 ――ヒヒヒ! アリーチェ!

 うごめく影を、リオンが抑えるように踏んづけた。

「兄さんのためにわざわざありがとう。今日は楽しんで」
「ありがとうございま……」
「おっと! これは不思議の国のレディ! アリスじゃないか!」
「あ、ヘンゼさんだ」
「ふっ! 美しいレディに会えて、お兄さんは嬉しいよ! 今日は心ゆくままに行けるところまでお兄さんと一緒に……」
「兄さん! アリスは来たばかりなんだぞ! 彼女にちょっかいをかけるな! ちょっかいをかけるなら、俺にかけろ!」
「あ、グレタさんだ」
「グレタ! 邪魔するな! 俺はアリスと話したいの!」
「兄さん! 俺と話そう!」
「嫌だよ。なんでお前と話さないといけないんたよ。お前と話したところで何も楽しくない」
「兄さん! 大丈夫! 俺が相手になるよ!」
「嫌だよ! 気持ち悪い!」
「アリーチェ、キッドは上にいるんだ。そろそろ来ると思うよ」

 アリスが笑顔で頷く姿をキッドが上から望遠鏡で覗いていた。ぐるりと見て、参加者がいないことを確認し、……お目当ての相手を見て、とととと! と階段から下りて――あたしの腕を掴んだ。

「……でありまして、一度相談をと……」
「そうなの。じゃあ、その件はまた考えておくわ。それと……」
「テリー」

 Mr.ジェフとの会話を遮った相手に振り向けば、笑顔のキッド。

「久しぶり。ほら、始めるぞ。はい。グラスを持って」
「ねえ、今見えなかった? あたし、Mr.ジェフと紹介所の話をして……」

 無理矢理グラスを持たされて、肩を抱かれる。

「ちょっと」
「よーし! 全員集まったところで始めるぞ! じいや!」

 ビリーがふっと笑って、グラスを構えた。

「えー、では、みんな、今日はキッドのために集まってくれてありがとう。悪戯坊主のキッドもとうとう成人じゃ。……誕生日おめでとう」
「くくっ。いつもありがとう。じいや」
「もう少しで年も過ぎる。また新たな一年が、良き年になることを祈って」

 全員がグラスを上げる。

「「乾杯!」」

 大きな声と共にパーティーが始まる。周りを見れば、笑顔で乾杯する兵士と騎士。ヘンゼとグレタがリオンと乾杯をした。

(あれ、あいつ、病院じゃないの?)

 リオンと目が合った。リオンが微笑んでグラスを上げた。やあ、ニコラ。乾杯。

(……こんにちは。レオお兄ちゃん。乾杯)

 あたしもグラスを上げると、その手をキッドに掴まれた。

「今誰見てた?」
「……誰だっていいでしょ」
「テリー、乾杯しよう」

 グラスがかちんと音を鳴らした。

「久しぶり」
「そうね。元気だった?」
「テリー、プレゼントは?」
「いいこと教えてあげる。女を口説く時は、プレゼントよりも相手がわざわざ来てくれたことへ感謝の言葉を述べるべきよ。あたしの時間をお前にあげてるのよ。元気だった? って聞かれたら、元気だったよ。お前は? って会話を繋げる。だからお前なんて嫌いなのよ。はい。やり直し」
「お前と早く二人きりになりたい。テリー、俺の部屋に……」
「何? 早速酔ってる?」
「うん。お前に酔ってる」
「ああ、そう。ありがとう」

 背中をぽんぽん叩けば、キッドがへにゃりと笑った。

「ねえ、お祝いして」
「……。成人おめでとう」
「本当はこのタイミングで俺の存在を公表する予定だったんだけどな。第一王子であることは去年ばれてしまったから、……まあ、予定は狂うものだ。でも、これだけは狂わせない」
「ん?」
「来年でお前は15歳になる」

 キッドがあたしを見つめる。

「やっと結婚できるな。テリー」
「しないけど」
「式はどこでやる?」
「しないけど」
「大丈夫。初夜は優しくするから」
「あのね、婚約は破棄するって何度も……」
「キッド様! お誕生日おめでとうございます!」
「ああ、来てくれてどうもありがとう!」
「キッド様! よければこちらを……」
「わあ、すごい! 俺に!? ありがとう!」
「あ、ちょっと、キッド……」

 キッドが他の人の方へと向かった。

(あ)

 その背中が、別の人のものに見えた。

(……なんか)

 背、高くなった。

(そりゃそうよね。18歳だもの)

 もう14歳の少年じゃない。

(……)

 キッドが、別の誰かに見える。

(成人か)

 これは、……冗談抜きで、真面目に話をしないとまずいかも。あたしは近づく。

「ねえ、キッ……」
「キッド様!」
「やあ、最近どう?」
「キッ」
「キッド様! お誕生日おめでとうございます!」
「わざわざありがとう! 楽しんで!」
「キッ」
「キッド!」
「アリス! 会いたかったよ!」
「また身長伸びた?」
「最近また伸びたっぽいんだよなー」
「ねえ、キッ」
「「キッド様!」」
「ああ、ヘンゼルとグレーテル。久しぶりだな。……それと」
「……」
「……なんでいるんだ?」
「今でも夢でも同じだろ」
「ああ、そういうこと言う?」
「まあまあまあまあ! お二人とも!」
「ここで喧嘩はやめてください!」
「シャンパン用意しておいた。……飲みたければ飲めば?」
「……お前にしてはやるな」
「……おめでとう」
「ん。……ありがとう」
「「ほっ!!」」
「キッド様!」
「はーい」
「キッド様!」
「なになにー?」

 ああ、全然話ができない! あの野郎! ちょこまかと逃げやがって!
 あたしが息を切らしていると、じいじに肩を叩かれた。

「テリーや。手が空いてたら手伝ってくれないか」
「……ん。じいじ、どうしたの?」
「ケーキを切り分ける。大量にあるからの」
「ああ。……わかった。じいじが切ったのをみんなに配ればいい?」
「頼めるかい?」
「ハロウィン祭で似たようなことをしたから大丈夫よ。任せて」

 キッチンには大量のいちごケーキ。その量を見て、じいじに提案する。

「ソフィアにも声をかけてくるわ」
「毎年のことじゃ。もう慣れたわい」
「大丈夫なの?」
「ああ。お前は配ってくれ」
「わかった」

 大量に紙皿を用意して、じいじが切ったケーキをあたしが渡していく。

「あの、これ……」
「ああ! テリー様が! ケーキを配ってる!」
「なんてことだ! 地震が起きるぞ!」
「いいから受け取ってさっさと食べて」
「キッド様もテリー様も成長されて……」
「子供の成長って早いな……」
「ぐすん!」
「おい、泣くなよ……。ぐすん!」
「いいから早く受け取って!」
「「あ、はい」」

 じいじがどんどん切っていく。あたしの仕事が増えていく。

「はい。これ配って」
「ありがとうございます! テリー様!」
「テリー! 私も手伝う!」
「ありがとう。リトルルビィ。人手不足で困ってたのよ」
「ニコラ、私もやる?」
「助かるわ。アリス」
「あ! ドリーム・キャンディメンバーが揃った!」
「うふふ! なんだかハロウィン祭を思い出すわね!」

(……本当だ)

 いつの間にか、アリスとリトルルビィとあたしでケーキを配っていく。

「こちらどうぞー!」
「やったー! ケーキだーーー!」
「メニー!」
「ありがとう。リトルルビィ」
「ソフィア」
「ありがとう」

 ソフィアが手の甲にキスをしてきた。

「今日も恋しいよ。テリー」
「ああ、どうも」
「それが終わったらこっちにおいで。一緒に食べようよ」
「いつ終わるかしらね。……はあ。アルバイトしてる気分」

 ケーキはまだまだ大量にある。

「ケーキのおかわりもまだまだありますよー!」
「メニー、おかわりは?」
「まだ大丈夫」
「ふっ! アリス、お兄さんにも君のケーキをいただこうかな!」
「兄さん! アリスは忙しそうだ! ほしいなら、俺のケーキを食べるといい!」
「俺はアリスに渡されたいの! お前が受け取ったケーキなんかいらないよ! もう一口食べてるし!」
「兄さん! いいよ! あげる!」
「いらねえ!!」
「博士。このケーキ、糖分とかなんとかが高めです!」
「ふむ。これは研究材料として効果てきめんかもしれない。助手くん。このケーキのお店を調べておいてくれるかしら?」
「承知いたしました。とかなんとか!」
「キッド、はい!」
「ケーキ! リトルルビィ! でかした!」
「その前に!」
「んっ!」

 リトルルビィが手のひらを見せれば、キッドがびたっと止まった。そして、――リトルルビィが微笑んだ。

「お誕生日おめでとう。キッド」
「……ありがとう。ルビィ。……おいで」
「もー。しょーがないんだから。今日だけね」

 リトルルビィがキッドに抱きついた。

「いつもありがとう。ルビィ。これからも頼むぞ」
「……私も、……いつもありがとう」
「うん」
「……これからも、よろしくね。……ア」
「……頼りにしてるぞ」

 背中を叩き合って、キッドがケーキを受け取った。

「これはありがたく頂戴しよう」
「おかわりはたくさんあるからね!」
「案ずるな。残ったら俺が全部食べるから!」

 キッドの瞳がぎらんと光った。

「いざ!!!」

 ぱくり。

「っ」

 キッドが感動して眉をひそめた。

「……」

 誰にも邪魔されたくなくて、キッドが階段に移動した。

「ぱく」

 美味しくて、また食べる。

「ぱく」

 大好きないちごケーキ。

「むぐむぐ」

 騎士達が最近の心境を話し合う。
 兵士達が昼からビールを一気飲みし合う。
 リトルルビィがメニーの隣に戻って、世間話を始めた。
 ソフィアに対する告白大会が始まった。ずっと前から好きでした!
 ヘンゼルとグレーテルの喧嘩に、リオンが呆れた顔で止めに入った。
 Mr.ジェフが奥様とグラス乾杯し合った。
 紹介所の社員達が兵士や騎士達の和に入れば、久しぶりだな! の声から始まり、大きな笑い声が響いた。

 あたしはやっと声をかけた。

「婚約、いつ解消するのよ」

 階段に座るキッドが、きょとんとして、ケーキを食べながらあたしを見た。

「なに。突然」
「明日で18歳でしょ。そろそろ、本気で結婚相手見つけた方がいいわよ」
「結婚ねえ?」

 キッドがケーキを飲み込んだ。

「テリーは結婚したくないの?」
「将来する」
「じゃあ、今しようよ」
「お前とは嫌」
「つれないな」

 キッドが隣を叩いた。

「おいで」
「……」
「いいよ。食べながら話そう」
「……」
「おい、いつまでもそこにいる気か? お前のケーキが溶けるぞ」
「……ケーキは溶けないわよ」

 階段を上ってキッドの隣に座る。食べながら話せば真面目な話もできる気がして、いちごのケーキをフォークで運び、大きな口で頬張る。口の中が一気に甘くなって、あたしは眉をひそめた。

(……美味)

 ――なんだか視線を感じて横を見ると、キッドが微笑ましそうにあたしを見て口角を上げていた。

「……何よ」
「別に?」
「……ふん」
「……好きな人は出来た?」
「出来ない」
「じゃあ、俺を好きになって」
「嫌よ」
「で、結婚しよう」
「残念。あたし、まだやりたいことがたくさんあるの」
「やっていいよ」
「お前と結婚したら、全部失うわ」
「失わせない。お前がやりたいなら、満足するまでやるといいさ。いたければベックス邸にずっと居座っても良い。この家に居座ったっていい。大切な時に城にいてくれたらいいんだから」
「そんなの最初だけよ。謁見とかするんでしょ?」
「ま、……お姫様になるからね」
「なんか、難しい書類仕事をするんでしょ?」
「税金のこととか、法律のこととか、執務のこととか。大丈夫。教えてくれる人もいるから」
「嫌よ。あたし、人見知りなの」
「人見知りでも大丈夫。俺が側にいるから」
「あたしは嫌」
「テリー」

 キッドがいちごをフォークに刺した。

「もし結婚してくれるなら、このいちごをあげる」
「キッド」

 あたしがいちごをフォークに刺した。

「もし婚約解消してくれるなら、このいちごをあげる」
「嫌だね」
「あたしだって嫌よ」
「ちぇっ」

 キッドがあたしのフォークのいちごを咥えた。もぐもぐ噛んで、味わって、飲み込む。

「婚約解消はしないよ。お前に好きな人が出来たら別だけど」
「……」
「食べる?」
「……」
「しょうがないな」

 クリームを追加する。

「これならどうだ? ほれ」

 あたしは無視して自分のケーキを食べた。

「つれないな」

 キッドが自分で食べた。

「うん。甘くて美味い」

 キッドが微笑んだ。

「……テリーとずっとこうやって過ごせたらいいのに」
「ずっとは無理よ」

 キッドを見る。

「成人の意味、わかってる?」
「大人になることだ」
「責任が問われるの。キッド、いつまでもごっこは続けられないわ」

 いちごを食べる。

「俺はごっこのつもりはないけどね」
「あのね」
「貴族と貴族が結婚する。何の違和感もない」
「地位の差がありすぎる」
「でも貴族だ。何の不思議もない」
「他の国の姫達が泣くわよ。もっと、国のための結婚とか、色々あるでしょ。王様になりたいならそれくらい考えるべきじゃない?」
「なめてもらっちゃ困るな。テリー。俺がそんなことしないと王様になれない人間だと思ってるの?」
「……欠点があるんでしょ」
「それとこの件は関係ない。俺に他の婚約者はいらないし必要ない」
「ねえ、キッド」
「テリー以外いらない」
「あたしよりもいい子はたくさんいるって」
「いない」
「ねえ、婚約解消しない?」
「しない」
「元々結婚する話じゃなかったでしょ」
「契約内容は塗り替えられた。去年、お前が自らその選択をした」
「たかがトランプじゃない」
「じゃあもう一回やる? いいよ。でも、今度こそお前が負けたら婚約届を国の王子としてお役所に届けに行くよ。カメラも呼んで生中継しよう」
「あんた頑固って言われない?」
「王子様はみんな頑固さ。国をまとめなきゃいけないから」
「成人は大人よ。もっと柔軟にならないと」
「じゃあ、仮成人前のテリーも柔軟にならないとね。結婚しよう」
「はあ……。だめだこりゃ……」
「じいや、トランプってどこ?」
「キッドの部屋にあるよ」
「ありがとう!」

 階段にリオンが走ってきた。

「ちょいと失礼!」
「うわっ」

 リオンがあたしの横を跨った。

「レオ!」
「ごめんって。トランプを取りに行くんだよ」
「ケーキに泥がつくでしょ!」
「そんなとこで食べてる方が悪いんだろ。それともなんだ? つけてほしいのか? ほれほれ」
「ちょっとやめてよ!」
「リオン」

 キッドがにこりと笑った。

「斬るぞ」
「……お前が言うと冗談に聞こえないんだよな……」
「冗談じゃない。斬るぞ」
「……ニコラにそんなにべったりするなよ。嫌がってるだろ」
「トランプ取りに行くんだろ? 早く行け」
「ニコラ、あとで遊ぼうよ」

 リオンがキッドの部屋に駆けていく。あたしはリオンの背中を睨んだ。

「はー……」
「こっちおいで」

 キッドがあたしの腰を掴み、自分の方へ引き寄せた。

「ちょ、狭い」
「こうしないと、またリオンが上から下りて来るだろ」
「あいつ、反動で明日、具合悪くなるわよ」
「大丈夫だよ。病室はベッド以外何もないから」

 キッドがあたしに皿を差し出した。

「ねえ、テリー。俺、片手が使えなくなっちゃった」
「あたしの腰から手を離したら使えるわよ」
「そしたら、お前は離れるんだろ?」
「生クリームだらけの口で吐息をかけてこないで」
「テリー、食べさせて」
「自分でやりなさい。もう子供じゃないんだから」
「子供だよ」

 キッドが微笑む。

「じいやからしたら、俺達はみんな子供だ」
「そういう屁理屈はいいから」
「テリー、生クリームが食べたい」
「あんたね、さっきから大口で食べすぎよ。だから口の周りにクリームがつくのよ」

 ポケットからハンカチを取り出す。

「クソガキが」

 悪態をつくと、キッドが顔を寄せてくる。口元を拭けば、キッドの頬が緩んだ。

「テリー」
「ん」

 片手でハンカチを畳む。

「好き」
「あたしは嫌い」

 ポケットにしまう。

「テリー」
「うるさい」
「テリー」
「もうお前のことは好きにならない」
「ねえ、キスしよ?」
「離れなさいって」
「テリー」
「離れてください」

 階段の下で、微笑んだメニーがキッドを見上げていた。

「お姉ちゃんが嫌がってますので」
「……」

 キッドがにこりと笑った。

「メニーがそう見えるだけじゃないかな?」

 キッドがあたしの腰を撫でれば、メニーもにこりと笑った――瞬間、二階の窓が開いた。

「へぶしゅっ!」

 リオンがくしゃみをした。

「ああ、窓が開いてる。ジャックか?」

 キッドとメニーがにこにこ笑い合い――メニーがあたしを見た。

「お姉ちゃん、こっちでチェスやろう?」
「ああ! ここにいたのね! テリー!」

 リトルルビィが顔を覗かせた。

「抱っこしてぇー!」
「はいはい」

 あたしは立ち上がる。

「リトルルビィ、あんた春で13歳になるのよ」
「まだ12歳だもん!」
「もう」
「テリー」

 ソフィアが階段の下から顔を覗かせた。

「さっき作っておいたプディングができたみたいなんだけど、食べる?」
「ちょっと、ソフィア、あんた、わかってるじゃない……」

 階段を下りようとすると、手を掴まれた。

(ん?)

 振り返ると、キッドがあたしを掴んで、にこりと笑った。

(ん?)

 腕を引っ張られる。

「あっ」
「っ」

 みんなの目の前で抱きしめられる。
 騎士と兵士が口笛を吹いた。
 リトルルビィが牙を見せた。
 ソフィアがプディングの中から銃を取り出した。
 キッドが天使の如く微笑んだ。

「メニー、俺はお姉ちゃんと大事な話をしてるんだ。邪魔しないでくれるかな?」
「……」
「何が邪魔しないでよ!」
「公共の場でやめていただけますか? キッド殿下。下品です」
「下品も何も、俺達、婚約者同士だからさぁ!」  
「テリーから離れて!」
「殺しますよ」 
「はっ! やれるものならやってみろ!」

 どんがらがっしゃんと暴れだす三人を見て、止める悲痛な声が響き渡る。あたしは階段から下りて、メニーの手を取った。

「メニー、プディング食べるわよ」
「……。いいの?」
「放っておきましょう」
「……うん!」

 あたしと笑顔のメニーがとことこ歩いていって、――あたしはポケットを見た。

(さっき渡せばよかった)

 あいつは部下の二人と仲良く喧嘩してる。

(いつ渡せばいいかしら)

 王冠のイヤーカフ。

(あんたの可愛いお顔にぴったりなやつよ。安物だけど)

 さて、いつ渡そうか。

(とりあえず、今はプディング優先よ)

 あたしとメニーが並び、ソフィア特製のプディングを頬張る。

(うん)

 柔らかくて、とろけそうなくらい、甘くて、欲が満たされる。

(これ食べてから、気づかれない程度に忍び込んで、あいつの部屋の机の上にでも置いておこう)

 で、後で見て、驚いて、こう言えばいいわ。

「アクセサリーは身に着けるものだろ? つまり、これは、……テリーは俺と共にいたいってことか!」

 んなわけないでしょ。ばーか。お前となんてごめんよ。

 キッドとリトルルビィとソフィアがお互いの頬をつねり合っている姿を見ながら、あたしはもう一口、プディングを食べた。




 ほしいのは王冠と君 END
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