おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ

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ソフィア

図書館司書と甘いクッキー

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(*'ω'*)ホワイトデーはあなたにお返し企画より。

『図書館司書を見つめる目』の設定より、付き合う前の二人。
 日常パロ。ソフィア×テリー
 ――――――――――――――――――――――――――――





















 あたしはそのロッカーの前で、棒のように立ち止まった。

(ソフィア・コートニーのロッカー!)

 図書館司書である彼女の使うロッカー。あまり使うことのないロッカーのはずなのに、今日はギチギチに入っている。

(ちょっと、なんてことしてくれてるのよ!!)

 あたしはスクールバッグをぎゅっとにぎった。

(せっかくつくってきたお菓子を匿名で入れようと思ってたのに、これじゃあ入れられないじゃない!!)

 怒り心頭。火山爆発。ぼんっ!

(はっ! そうだわ!)

 直接渡しにいけばいいじゃない!

 ――なんておいしいクッキーなの。テリーがこんなにおいしいクッキーをつくれるだなんて知らなかったな。わたし、このクッキーなら、毎日食べたいな。

 とぅんく。

 ――テリー、わたしと結婚して、毎日つくってくれない?

(いける!!)

 あたしの瞳孔がカッ! 開いた。

(これでソフィアのハートをゲットよ!!)

 あたしこそ、ホワイトデーに心を盗む、大泥棒! ソフィアのハートは、あたしのもの!

(げへへへへ! まってなさい! ソフィア! 今日こそあんたの恋心、盗ませてもらうわよ!)

 あたしは図書館のドアをバーン! とあける。

(ソフィア!!)

 そこで、はっとする。

(なに!?)

 ――受付カウンターのうしろに、お菓子の山ができている。

(図書館ホワイトデーキャンペーンまっさいちゅう!?)

「ソフィアさん!」
「返却は一週間後に」
「どうぞ! これを!」
「返却は一週間後に」
「おれのソフィア!」
「返却は一週間後に」
「ふっ! うるわしのソフィア、この俺と愛の楽園を」
「返却は一週間後に」

(……)

 受付カウンターに近づくと、受付を担当していた金のひとみと目があった。

「テリー」

 ソフィアがふわりとほほえんだ。

「おはよう」
「っ」

 とたんに、あたしの心臓が大きくとびはねた。朝からかがやく金の髪に、すこしねむそうなソフィアの顔。赤い口紅をぬった口が、あたしの名前を呼ぶだけで、体に力が入る。

(今日こそ)

 今日こそ、あたしはソフィアにアタックするのよ!

「ソフィア! これをっ」
「ソフィアさん!」

 エメラルド大学の学生が、割り込んできた。

「いつも本を受け付けてくださる感謝のきもちです!」
「返却は一週間後に」
「ソフィアさん! このお菓子を!」
「返却は一週間後に」
「ソフィア!」
「返却は一週間後に」
「俺のソフィア!」
「返却は……」
「……」

 ソフィアがねむそうにしているのは、これのせいもあるだろう。朝からロッカーはギチギチで使えず、仕事中もお菓子をもらってもはや山。もって帰ることもできないくらいの量。

(……しかも)
 
 すこし、顔がうんざりしてる。

「……」
「返却は一週間後に」

 あたしはてきとうに本を持ち、人の行列にならんだ。

「ソフィアさん! いつもの感謝をこめて、これ、どうぞ! みんな大好きヴィトンです!!」
「お次の方」

 あたしは本を置いた。
 タイトル、声かけないほうがいい? ~空気を読むための50のこと~

「……」

 ソフィアがチラッとあたしを見た。

(あ)

 目があった。

(ソフィア……)

 ――ソフィア、疲れた顔してるわよ。少し、やすんだら?

 そう言おうとして、あたしは――口をあけた。

「ちょっと、そこのお前、早くしてくれない?」

 カウンターの台に手を置き、ためいきをついた。

「あーあ! のろまな司書がいてこまるのよねー! あたし、いそいでるんだけど!?」
「……くすす」

 ソフィアが吹き出し、あたしのカードを預かった。

「返却は一週間後に」
「はあああああ! やっと受付が終わったわ! たるんでるんじゃない!? しっかりしてよね!」

 そのやりとりを見ていた男たちが一斉にあたしをにらんだ。

「おい、やめろよ!」
「ソフィアさんになんてことを!」
「ひどいじゃないか!」
「高等部に帰れ!」
「そうさせていただくわ! あなたたちもね、こんなちんけな女にプレゼントを配ってるヒマがあったら、勉強なさい! 勉強! こっちはね、受験が終わったばかりですっごくつかれてるのよ! めざわりよ! 散れ!!」
「「なんだとー!?」」
「ストップ」

 ソフィアが声をあげ、あたしを見た。

「図書館で大声を出すのはやめてください」
「はあ!? なによその態度! あたしに命令する気!? あたしをだれだか知ってて言ってるの!?」
「テリー・ベックスさま」

 ソフィアが立ち上がった。

「お話が」
「あたし、これから大学に向けての授業がありますの」
「さあ、こちらへ」
「なによ。責任者があたしに注意でもするの? そもそもあんたの態度が悪いからこんなことになるんじゃない」
「すみません、受付を変わってください」

 ソフィアがほかの司書を呼び、受付がふたたび動き出す。あたしはソフィアの後をついていき、裏の事務所に入った。事務所にはだれもいなかった。あたしとソフィアがそこを通り過ぎ、もっと奥にある個室に入る。来客用の部屋のようだ。

 その部屋のドアがしめられ、あたしはため息をはいて――そして――そこで一気にねつがさめた。

(……またやってしまった……)

 サーーーー、と血の気が下がっていく。

(ソフィアの前に出ると、急に羞恥心と緊張のボルテージがMAXになって、こうなるのよ。ああ、あたしのばか!!)

 今日こそソフィアの心を盗むつもりだったのに! どうしよう! ソフィアに嫌われたかもしれない!

(もうやだ! あたし帰りたい!!)

 若干目になみだがたまり、ぐすっと鼻をすすると、鼻の穴に香水のいいにおいが入ってきた。

(あら、これソフィアのにおい)

 ――その瞬間、うしろからソフィアにだきしめられた。

(え)

「……はあ。朝からつかれた」

 ソフィアがあたしによりかかると、ソフィアの胸の感触を背中で感じることができた。

「おはよう。テリー」

 耳にささやかれ、あたしの肩がびくっとゆれた。

(だめ)

 変に思われる。自然体で。

「……おはよう。あんた、今日もブスね」
「くすす」
「放してくれない? なによ、恋人ごっこでもしたいなら、さっきの勇敢な紳士たちとやれば?」
「これはね、休憩」

 ソフィアの髪の毛が、あたしの耳をかすった。

「つかれちゃった」
「あら、よかったじゃない。つかれるほどプレゼントをもらうなんて。なによ。自慢?」
「好きでもない人にもらったって困るだけだよ」
「っ」
「でしょ?」
「……」

 好きでもない人に、もらっても、困るだけ。

「……はっ! モテる女は言うことがちがうわね!」

 あたしはスクールバッグをぎゅっとにぎった。

「そんなに困ってるなら、あたしがちょっとくらいもらってあげてもよくってよ?」
「ああ、いいよ。チョコレートもたくさんあったからあげる」
「わかった。じゃあランチはあんたがもらったお菓子を食べに来てやるわ。まったく。なんで受験が終わったのに勉強なんてあるのかしら。もう三月よ? この学園、鬼畜すぎ」

 ……。
 ソフィアがあたしをだきしめつづける。

「……ソフィア」
「ん?」
「あたし、そろそろ」
「……まだいいんじゃない?」
「あんたね、仕事しなさい。仕事! あたしは授業よ!」

 ――つくってきたクッキー、ニクスとアリスにあげよう。

「放しなさいよ!」
「くすす。もう少しだけ」
「ソフィア!」

 ぐっと力を入れて、ソフィアの腕から抜け出そうとすると――あたしのスクールバッグのチャックが開いてることに気づいた。

(あっ!)

 やばい。靴箱に入ってるお菓子を回収しようと思って、あけたんだった!

(だめ! 見られる!)

 そんなときに限って、スクールバッグのひもが腕からするりと抜け出した。

「あっ!」

 あたしは声をあげ、ソフィアもチラッとスクールバッグに目を向けて、ぜったい見られちゃいけないと思って、あたしは体重を前に出した。すると、二人のバランスがくずれて、

「わっ」

 ――ソフィアを押し倒す形で、倒れた。

(……っ)

 あたしの視界いっぱい、ソフィアの顔で覆われる。金のひとみがあたしと目が合い、光って見えるその目がよく見える。見れば見るほど、あたしの心臓はひもでぎゅっとつかまれたように、しめつけられてしまう。

(ソフィアが、ソフィアが、目の前に、ソフィアが)

 ソフィアの唇。

(キス、できそう)

 心臓がドキドキ鳴って、
 ソフィアのひとみにうつる自分が見えて、
 とんでもなく情けない顔をしている自分が見えたとたん、はっと我に返って、あたしはあわてて起き上がった。

「も、もう行く!」

 あたしは下敷きになるソフィアから退いて、スクールバッグに手を伸ばした。

「あ、あたし、もう行くから!」

 あ! 手がすべってスクールバッグの中身が外に派手に散らばった!

(ぎゃあああああああ!!)

 ソフィアの目の前に袋がころがる。

「え」

 きょとんとしてそれを見たソフィアが声をあげ、あたしは即座にスクールバッグにしまった。

「テリー、それ」
「なによ!」
「お菓子」
「ああ!? なに!? これのこと!?」

 あたしは早口でまくし立てた。

「歩いてたら偶然通りかかったスーパーマンがあたしに愛のプロポーズをしながらくれたんだけど、おあいにくさまのかわいそうなことに、その方があたしのタイプじゃなかったのよ! というわけでこれはお前にくれてやるわ! はい、どうぞ! いい!? あたしからじゃないわよ! スーパーマンがあたしにくれたの! 別にあたしが昨日徹夜してつくったわけじゃないから! スーパーマンが、とつぜんあらわれて、くれただけだから!!!!」

 あたしはソフィアの手に袋を押し付けた。

「じゃ!!!!!!!」

 あたしは地面を蹴飛ばし、まるでサバンナを走るヒョウの如くかけ走った。
 顔は、すさまじくあつい。

(あたしのばか! あたしのばか! あたしのばか!!)

 また素直になれなかった。

(あたしのばかーーーーーー!!!!!)

 あたしは光のような速さで、図書館から抜け出したのだった。


(*'ω'*)


 ソフィアが押し付けられた袋を見て、立ち上がった。かわいらしいリボンに、オシャレなふわふわの袋。開けてみると、クッキーが入ってた。

「……」

 ソフィアがクッキーを噛んでみた。

「……くすす」

 それは、どこの店にも置いてない、だれにも用意ができないほどおいしいクッキーが入っていた。

「そう。……つくってくれたんだね」

 おいしくて手が止まらない。でもあの子がつくってくれたと思ったら、もったいなくて食べたくなくなる。でもだからこそ食べたくなる。

(おいしい)

 今度、家に呼んでプディングでも食べさせてあげよう。

(テリー)

 だきしめたい。

(テリー)

 恋しい君。

(もう少しでテリーが卒業する)

 君が大人になったら、この想いを伝えられるのかな。

(……だれよりも君を愛してるよ。テリー)

 テリーが泣きながら教室に入り、ニクスとアリスになぐさめられる。テリー、一体どうしたの!? また素直になれなかったー! なに言ってるの! ニコラは素直ちゃんよ! こんなに大泣きしてるんだもん! びえーん!! 予鈴が鳴った。間に合ったかな? などと思いながら、ソフィアがふたたびクッキーを口に入れた。





 図書館司書と甘いクッキー END
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