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第二話
さて、あっという間の七年。俺の甘い期待もむなしく、四十二歳になった冬のこと、かわいそうな悪役令息シリルは、田舎貴族ロドニー・ロロアのもとへ嫁いできてしまった。
これまでの七年間、俺はガラにもなく這いずり回り、それまで現状維持に努めていた領地経営の改革へと舵を切った。
とある新進気鋭の駆け出し商会に投資し、国内の各地に、うちの領地の売りである、さまざまな友好国の特産品を扱うアンテナショップを出店させたのだ。コンセプトはコーヒーを試飲させてくれる通路が妙に狭いあの輸入食品店。平民が気軽に楽しめるような気軽さで売りだしたところ、これが想定以上の大盛況。おかげで随分と領地の懐が潤ってくれた。
さらに、キャラバンとの交流の過程で、そのキャラバンの商人が自身の孫におやつとして何かの木の実を食べさせているところを発見。話を聞けば、その国ではおやつや塗り薬として親しまれている木の実だが、美味しくないので売り物としては人気がなく、こうして古くなったものを食べさせているのだという。
どうしてそれが気になったかと言えば、そのキャラバンの商人たちは、日焼けや乾燥の避けられない砂漠を超えてきているにも関わらず、肌艶が非常に良かったのだ。
シリルの嫁入りが控えている以上、ある程度見れる容姿を保っておきたいと、日焼け止めの存在を心から求めていた俺にとって、これは実に興味深いことだった。
俺はその木の実に秘訣があるのではないかと思い、たくさん余らせていたものを安くで買い取って、自分で試してみることにした。結果、その木の実から取れるバターのような果実は、確かに味は美味とは言えなかったが、肌のケアには覿面に効いた。
おかげで俺は皴やシミ、肌荒れひとつないツヤツヤすべすべの肌を手に入れ、周囲にも「随分若返ったように見える」と言われるほどになった。
これを商売にしない手はないと思い、キャラバンに専売契約の話をつけ、例の商会にも協力してもらい、三年かけてボディクリームとして商品化。アンテナショップで売り出すと、徐々にその効能が知られていき、あっという間に売れ筋の商品になった。
これを聞きつけた美意識の高い貴族からも発注が相次いだ。どうせなら貴族向けに香料も添加した高級クリームとして新たな商品を売り出すことにし、これも功を奏して莫大な利益を出した。
つまり、この七年で、ロドニー・ロロアは、冴えない田舎貴族の中年から、妙に肌艶だけはいい平凡な成金貴族へとクラスチェンジしたわけである。
それでもまあ、シリルにとってこの婚姻は罰ゲームであることに変わりはない。俺はこれまでの間、好色中年としてではなく、実業家として名を上げる過程で、あらゆるハニートラップを仕掛けられた末、不能中年として世間に知られることとなったからだ。
「侯爵家から勘当され、貴様如き低俗な田舎貴族に嫁がされた僕を存分に甚振って楽しむがいい。貴様に夫としての役割が果たせるというのならな」
名目上パートナーとして顔を合わせた開口一番がこれだ。憔悴した面持ちで、すてっぱちの侮辱を吐いて虚勢を張ることでしか、自分の心を守れない、うら若き少年……それが、等身大の俺として彼を見た感想である。
自分の性的嗜好に同性が含まれていたとしても、こんなにも心をすり減らした少年にどうして欲情を向けることができようか。あるとすれば、二回りも年上の大人として当然に抱くべき庇護欲だけだ。
「どうぞ、ご安心ください。ご存知の通り、俺は不能ですから。貴方のお心を煩わせることもありません。こんな田舎のあばらやではご不便もありましょう。リーヴの別邸をすぐに整えさせますので、それまでどうかご辛抱いただきますよう」
「……っ、僕では伴侶として不足だと⁉ 思い上がるなよ下郎が‼」
「不足があるとすれば、俺の下半身の元気と、貴方の年齢だけです。妻が生きていて、子に恵まれていれば、貴方ほどの年頃だっただろうかと思います」
「ハッ、同情を買おうとしても無駄だぞ。僕は貴様のことなどどうでもいいんだからな。僕の関心が欲しかったらあの下民……王太子婚約者ルイス・ピオニーの首でも持ってくることだ。それ以外のことで、その忌々しい顔を僕の視界に入れるなよ!」
「それで貴方の心が休まるのなら、俺に否やはありません」
シリルはグッと言葉を詰まらせ、しばらく逡巡したのち、フンとそっぽを向いてしまった。俺は彼のための人員として用意した物静かな使用人にアイコンタクトし、一礼してその場を辞した。
彼が不自由を感じないために用意した資金は潤沢にある。中央からの圧力にはどう抗いようもなく、彼を後妻として迎えてしまった以上、果たすべきは、彼の安息の確保に尽きる。
そのために、俺は引き続きバリバリ働き、必要とあれば空気のように息を殺して生きるのである。あの美しくいじましい少年のためにこれからの人生を捧げるというのも、なかなか耽美で乙なものだ。
そう、思っていたのだが。
シリルが嫁いできて三カ月ほど経過したころのことだった。互いに没交渉を貫き、寝室どころか、食事すら共にしない……俺にとってはシリルが来る前から殆ど何も変わらない生活で、慣れるもへったくれもなかったのだが。
溜まっていた決裁書類にサインをしていた深夜、どういうわけか、俺のことを嫌厭しているはずのシリルが、執務室をジトッと覗き込んできたのである。
俺はその物音に気付いた瞬間、ニュートラルに入れていたギアを急転換し、脳をフル回転させ……特産のボディクリームの新作試供品が入っていた紙袋をひっくり返し、頭に被った。
「……は? おい、どういうつもりだ」
咄嗟の俺の奇行に面食らったか、思わずと言ったように近づいてくる怪訝な声。ゲームで聞いたそれよりも随分と可憐に感じるその声に感動しつつ、敵意が無いことを表すため両手を上げて見せた。
「首級を上げない限り顔を見せるなと仰せでしたので……」
「ふざけているのか貴様。この僕の顔を見たくないと抜かすか」
「そんな、まさか……では、少しばかり向こうを向いてお待ちいただけますか」
シリルはフンと鼻を鳴らし、しかし素直にも身を翻し、向いたぞ、とぶっきらぼうに言い放った。俺はその隙に紙袋を取り、両目のあたりに穴を開け、ふたたび被り直した。職人に言ってマスクを作らせよう、なんて算段をつけながら。
「お待たせいたしました」
「……何を考えているんだ貴様は」
「麗しき貴人にあらせられる貴方に、こうして不本意を強いる立場にある以上、出来る限り、貴方の意に沿いたいという一心にございますれば」
「そうか、生憎僕はそんな貴様を見ることで苛立ちに拍車をかけているわけだが、忌々しい」
ああ、この理不尽、たまらない。美しい悪役はこうでなくっては。俺は恍惚に浸りつつ、彼の前に跪いた。
「どうかお許しを、俺に出来ることならなんでも致します。命を捧げよと仰るなら、たちまち刃を召してご覧に入れましょう」
「気色悪いな貴様……貴様の薄汚れた命など要らんわ」
おっと、つい高揚のあまり、あらぬ願望が口を滑らせてしまった。命を捧げようなんて……まあ大袈裟でもなく、正直前世でくだらない死に方をしてからここ七年、シリルのおかげで俺にしちゃなかなか充実したボーナスステージを過ごせたし、今ここで財産とか土地とか全部あげちゃって俺は一抜け上がりしちゃってもいいかなって気分なのだが、そう上手くはいかないようだ。
「では、一体どのような御用件で、こちらまで?」
「……貴様は、本当に不能なのかと思ってな。いやしくもこの僕の初夜を手に入れる権利を持ちながら、みすみすこの甘美なる栄誉を無駄にするつもりかと、正気を疑って足を運んだのだ」
「無論、貴方の抜きんでた魅力については疑う余地もありませんとも。俺はそもそも不能ですし、貴方を性の対象として扱うのは、どうにも虐待じみているような気がして、想像するのも厭わしいと考えております。不本意に尽きることとは存じますが、それでも貴方は、俺のようなしがない中年のもとへ舞い降りてくださった……天使のような存在です。ゆえに、最大限この身に余る幸福を貴び、持てるありったけを捧げたいのです」
「……僕が、天使だと? 貴様、さては頭がおかしいのか?」
「それは、ご覧の通りかと……」
ングフッ、そんなくぐもった音が響く、目を見張っていれば、シリルはこ憎たらしいそのつり目を見開き、両手で口を覆った。自分でも何が起こったか分かっていない顔だ。
「……っ、いっ、意味がっ、わからん……っ、ふふ、貴様は、ふははっ。急に、まともらしいことをっ、うふ、んははははっ!」
まるで吹きこぼれるみたいに笑い始めたシリルは、みるみるこらえきれなくなり、その場にしゃがみこんでお腹を抱え、ブルブルと震えた。慣れているとは思えない、じつにぎこちない笑い声で、ゆえにこそ、どこか悲壮感があった。
その笑いは、みるみる嗚咽に変わった。グスグスと鼻を啜り、時折しゃくりあげるさまは、風前のろうそくのように儚く、胸を締め付けられるようだった。
俺は何も言わず、ただ寄り添って俯くことしか出来なかった。彼の苦しみは彼にしか分からないし、俺が何を言っても、心の整理を邪魔するだけのことだろう。
「ふぅ……っ、み、見るな、見るなよぉっ、ぐす、ひぅっ、ひっ、ぅぐッ」
「申し訳ありません……」
俺はホットミルクを用意しようと立ち上がり、足を踏み出した。しかし、ガッシリとしがみ付くようにその足を掴まれ、つんのめりそうになる。
「っ馬鹿者、勝手にいなくなるな……っ! 僕を放置するつもりかっ、グス」
「そんなつもりは……! なにか温かく、心が安らぐものをお飲みにならないかと」
「……のむ。でも、今はまだいくな。僕が良いと言うまでここにいろ……」
「かしこまりました」
シリルはそのままコアラのように俺の足にしがみつき、しっとりとスラックスを湿らせた。時折怨嗟のような呻き声を出しながら俺の向こう脛を執拗に殴るなどして鬱憤をぶつけてきて、その情け容赦のなさに感じ入るなどした。
「……貴様、名をなんと言ったか」
「は、ロドニー・ロロアと申します」
「ロドニー……ロッドか……よく聞けロッド、今日から貴様は僕の杖だ。恥ずかしげもなく、僕を天使などと仰ぐならば、全身全霊をもって僕を支えろ、いいな。僕は僕を追いやり、誇り高きこの名を辱めた奴らを決して忘れない。必ずや、社交界に返り咲いて、連中の鼻をあかしてやるんだ……!」
すっくと立ちあがり、真っ赤に泣きはらした目で、しかしシリルは不敵に笑ってみせた。俺は激しく胸が高鳴るのを感じ、無意識に胸に手を当て、ふたたび跪く。
「……! ええ、ええ! 仰せのままに。心ゆくまで俺をお使いください、我が悪辣なる天使」
「フン、いちいち仰々しいな貴様は……シルでいい。分かったら返事をしろ、ロッド」
「はい、シル」
片眉をクイッと小癪に上げ、ニタリと笑うシリル。いかにも悪役然とした美しい笑顔で、俺はトキメキのあまり鼻血を吹き出して紙袋を駄目にしてしまったのだった。
これまでの七年間、俺はガラにもなく這いずり回り、それまで現状維持に努めていた領地経営の改革へと舵を切った。
とある新進気鋭の駆け出し商会に投資し、国内の各地に、うちの領地の売りである、さまざまな友好国の特産品を扱うアンテナショップを出店させたのだ。コンセプトはコーヒーを試飲させてくれる通路が妙に狭いあの輸入食品店。平民が気軽に楽しめるような気軽さで売りだしたところ、これが想定以上の大盛況。おかげで随分と領地の懐が潤ってくれた。
さらに、キャラバンとの交流の過程で、そのキャラバンの商人が自身の孫におやつとして何かの木の実を食べさせているところを発見。話を聞けば、その国ではおやつや塗り薬として親しまれている木の実だが、美味しくないので売り物としては人気がなく、こうして古くなったものを食べさせているのだという。
どうしてそれが気になったかと言えば、そのキャラバンの商人たちは、日焼けや乾燥の避けられない砂漠を超えてきているにも関わらず、肌艶が非常に良かったのだ。
シリルの嫁入りが控えている以上、ある程度見れる容姿を保っておきたいと、日焼け止めの存在を心から求めていた俺にとって、これは実に興味深いことだった。
俺はその木の実に秘訣があるのではないかと思い、たくさん余らせていたものを安くで買い取って、自分で試してみることにした。結果、その木の実から取れるバターのような果実は、確かに味は美味とは言えなかったが、肌のケアには覿面に効いた。
おかげで俺は皴やシミ、肌荒れひとつないツヤツヤすべすべの肌を手に入れ、周囲にも「随分若返ったように見える」と言われるほどになった。
これを商売にしない手はないと思い、キャラバンに専売契約の話をつけ、例の商会にも協力してもらい、三年かけてボディクリームとして商品化。アンテナショップで売り出すと、徐々にその効能が知られていき、あっという間に売れ筋の商品になった。
これを聞きつけた美意識の高い貴族からも発注が相次いだ。どうせなら貴族向けに香料も添加した高級クリームとして新たな商品を売り出すことにし、これも功を奏して莫大な利益を出した。
つまり、この七年で、ロドニー・ロロアは、冴えない田舎貴族の中年から、妙に肌艶だけはいい平凡な成金貴族へとクラスチェンジしたわけである。
それでもまあ、シリルにとってこの婚姻は罰ゲームであることに変わりはない。俺はこれまでの間、好色中年としてではなく、実業家として名を上げる過程で、あらゆるハニートラップを仕掛けられた末、不能中年として世間に知られることとなったからだ。
「侯爵家から勘当され、貴様如き低俗な田舎貴族に嫁がされた僕を存分に甚振って楽しむがいい。貴様に夫としての役割が果たせるというのならな」
名目上パートナーとして顔を合わせた開口一番がこれだ。憔悴した面持ちで、すてっぱちの侮辱を吐いて虚勢を張ることでしか、自分の心を守れない、うら若き少年……それが、等身大の俺として彼を見た感想である。
自分の性的嗜好に同性が含まれていたとしても、こんなにも心をすり減らした少年にどうして欲情を向けることができようか。あるとすれば、二回りも年上の大人として当然に抱くべき庇護欲だけだ。
「どうぞ、ご安心ください。ご存知の通り、俺は不能ですから。貴方のお心を煩わせることもありません。こんな田舎のあばらやではご不便もありましょう。リーヴの別邸をすぐに整えさせますので、それまでどうかご辛抱いただきますよう」
「……っ、僕では伴侶として不足だと⁉ 思い上がるなよ下郎が‼」
「不足があるとすれば、俺の下半身の元気と、貴方の年齢だけです。妻が生きていて、子に恵まれていれば、貴方ほどの年頃だっただろうかと思います」
「ハッ、同情を買おうとしても無駄だぞ。僕は貴様のことなどどうでもいいんだからな。僕の関心が欲しかったらあの下民……王太子婚約者ルイス・ピオニーの首でも持ってくることだ。それ以外のことで、その忌々しい顔を僕の視界に入れるなよ!」
「それで貴方の心が休まるのなら、俺に否やはありません」
シリルはグッと言葉を詰まらせ、しばらく逡巡したのち、フンとそっぽを向いてしまった。俺は彼のための人員として用意した物静かな使用人にアイコンタクトし、一礼してその場を辞した。
彼が不自由を感じないために用意した資金は潤沢にある。中央からの圧力にはどう抗いようもなく、彼を後妻として迎えてしまった以上、果たすべきは、彼の安息の確保に尽きる。
そのために、俺は引き続きバリバリ働き、必要とあれば空気のように息を殺して生きるのである。あの美しくいじましい少年のためにこれからの人生を捧げるというのも、なかなか耽美で乙なものだ。
そう、思っていたのだが。
シリルが嫁いできて三カ月ほど経過したころのことだった。互いに没交渉を貫き、寝室どころか、食事すら共にしない……俺にとってはシリルが来る前から殆ど何も変わらない生活で、慣れるもへったくれもなかったのだが。
溜まっていた決裁書類にサインをしていた深夜、どういうわけか、俺のことを嫌厭しているはずのシリルが、執務室をジトッと覗き込んできたのである。
俺はその物音に気付いた瞬間、ニュートラルに入れていたギアを急転換し、脳をフル回転させ……特産のボディクリームの新作試供品が入っていた紙袋をひっくり返し、頭に被った。
「……は? おい、どういうつもりだ」
咄嗟の俺の奇行に面食らったか、思わずと言ったように近づいてくる怪訝な声。ゲームで聞いたそれよりも随分と可憐に感じるその声に感動しつつ、敵意が無いことを表すため両手を上げて見せた。
「首級を上げない限り顔を見せるなと仰せでしたので……」
「ふざけているのか貴様。この僕の顔を見たくないと抜かすか」
「そんな、まさか……では、少しばかり向こうを向いてお待ちいただけますか」
シリルはフンと鼻を鳴らし、しかし素直にも身を翻し、向いたぞ、とぶっきらぼうに言い放った。俺はその隙に紙袋を取り、両目のあたりに穴を開け、ふたたび被り直した。職人に言ってマスクを作らせよう、なんて算段をつけながら。
「お待たせいたしました」
「……何を考えているんだ貴様は」
「麗しき貴人にあらせられる貴方に、こうして不本意を強いる立場にある以上、出来る限り、貴方の意に沿いたいという一心にございますれば」
「そうか、生憎僕はそんな貴様を見ることで苛立ちに拍車をかけているわけだが、忌々しい」
ああ、この理不尽、たまらない。美しい悪役はこうでなくっては。俺は恍惚に浸りつつ、彼の前に跪いた。
「どうかお許しを、俺に出来ることならなんでも致します。命を捧げよと仰るなら、たちまち刃を召してご覧に入れましょう」
「気色悪いな貴様……貴様の薄汚れた命など要らんわ」
おっと、つい高揚のあまり、あらぬ願望が口を滑らせてしまった。命を捧げようなんて……まあ大袈裟でもなく、正直前世でくだらない死に方をしてからここ七年、シリルのおかげで俺にしちゃなかなか充実したボーナスステージを過ごせたし、今ここで財産とか土地とか全部あげちゃって俺は一抜け上がりしちゃってもいいかなって気分なのだが、そう上手くはいかないようだ。
「では、一体どのような御用件で、こちらまで?」
「……貴様は、本当に不能なのかと思ってな。いやしくもこの僕の初夜を手に入れる権利を持ちながら、みすみすこの甘美なる栄誉を無駄にするつもりかと、正気を疑って足を運んだのだ」
「無論、貴方の抜きんでた魅力については疑う余地もありませんとも。俺はそもそも不能ですし、貴方を性の対象として扱うのは、どうにも虐待じみているような気がして、想像するのも厭わしいと考えております。不本意に尽きることとは存じますが、それでも貴方は、俺のようなしがない中年のもとへ舞い降りてくださった……天使のような存在です。ゆえに、最大限この身に余る幸福を貴び、持てるありったけを捧げたいのです」
「……僕が、天使だと? 貴様、さては頭がおかしいのか?」
「それは、ご覧の通りかと……」
ングフッ、そんなくぐもった音が響く、目を見張っていれば、シリルはこ憎たらしいそのつり目を見開き、両手で口を覆った。自分でも何が起こったか分かっていない顔だ。
「……っ、いっ、意味がっ、わからん……っ、ふふ、貴様は、ふははっ。急に、まともらしいことをっ、うふ、んははははっ!」
まるで吹きこぼれるみたいに笑い始めたシリルは、みるみるこらえきれなくなり、その場にしゃがみこんでお腹を抱え、ブルブルと震えた。慣れているとは思えない、じつにぎこちない笑い声で、ゆえにこそ、どこか悲壮感があった。
その笑いは、みるみる嗚咽に変わった。グスグスと鼻を啜り、時折しゃくりあげるさまは、風前のろうそくのように儚く、胸を締め付けられるようだった。
俺は何も言わず、ただ寄り添って俯くことしか出来なかった。彼の苦しみは彼にしか分からないし、俺が何を言っても、心の整理を邪魔するだけのことだろう。
「ふぅ……っ、み、見るな、見るなよぉっ、ぐす、ひぅっ、ひっ、ぅぐッ」
「申し訳ありません……」
俺はホットミルクを用意しようと立ち上がり、足を踏み出した。しかし、ガッシリとしがみ付くようにその足を掴まれ、つんのめりそうになる。
「っ馬鹿者、勝手にいなくなるな……っ! 僕を放置するつもりかっ、グス」
「そんなつもりは……! なにか温かく、心が安らぐものをお飲みにならないかと」
「……のむ。でも、今はまだいくな。僕が良いと言うまでここにいろ……」
「かしこまりました」
シリルはそのままコアラのように俺の足にしがみつき、しっとりとスラックスを湿らせた。時折怨嗟のような呻き声を出しながら俺の向こう脛を執拗に殴るなどして鬱憤をぶつけてきて、その情け容赦のなさに感じ入るなどした。
「……貴様、名をなんと言ったか」
「は、ロドニー・ロロアと申します」
「ロドニー……ロッドか……よく聞けロッド、今日から貴様は僕の杖だ。恥ずかしげもなく、僕を天使などと仰ぐならば、全身全霊をもって僕を支えろ、いいな。僕は僕を追いやり、誇り高きこの名を辱めた奴らを決して忘れない。必ずや、社交界に返り咲いて、連中の鼻をあかしてやるんだ……!」
すっくと立ちあがり、真っ赤に泣きはらした目で、しかしシリルは不敵に笑ってみせた。俺は激しく胸が高鳴るのを感じ、無意識に胸に手を当て、ふたたび跪く。
「……! ええ、ええ! 仰せのままに。心ゆくまで俺をお使いください、我が悪辣なる天使」
「フン、いちいち仰々しいな貴様は……シルでいい。分かったら返事をしろ、ロッド」
「はい、シル」
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