脅されて仕方なく弟子に取った青年に、殺されるはずが溺愛されている。

槿 資紀

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第十五話

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「ところで、治癒魔術の習得と、その痛覚増幅薬に、一体何の関係が?」

 腕を組み、シグマはなおも怪訝な様子である。それもそうだ。普通に考えれば、痛みなんて小さいに越したことは無いし、敢えて増幅する必要は無い。

 しかし、治癒魔術の習得において、この薬は大変有用なのである。

「シグマは、痛みの役割について考えたことはあるだろうか。どうして、生物は痛みを感じるのか。痛みを不快に思うのか」

「危険信号だ。放置すれば、生命活動に支障をきたすかもしれないことを察知するための」

「そう、身体の損傷を脳に伝達するために必要な信号……それが痛み。さて、本題だが、治癒魔術を使えるようになるうえで、この痛みというものを、極めて理性的に掌握することが、上達のカギになる。痛みを痛みではなく、情報として処理する、これが肝なんだ」

「ああ……初めで強い痛みを治すことに慣れさせ、通常の痛覚に戻ったとき、より平静を保てるようになると……何と言うか、野蛮じゃないか、それ」

「最も効率的な方法だと思っていたが、うん、言われてみれば否定できないな」

 言い訳をさせていただくと、それだけが理由ではない。痛みが大きければ大きいほど、それを取り除かねばと必死になるから、修得が覿面に早くなるというのもある。

 必死になるほどの痛みを普通にやって感じようとすれば、それなりに深刻な傷を負う必要があるし、ともすれば修得する前に死ぬこともあるかもしれない。

 それが出血すらないかすり傷程度で反復練習できるんだから、安全装置でもあるんだ、一応。

「私もこのやり方で治癒魔術を覚えたから、きっと効果覿面だと思うんだが……痛みを情報として処理するようになったと同時に、何よりも痛みのことが嫌いになったからこそ、治癒魔術を極めるに至ったわけだし……ほら、嫌悪は理解と紙一重とも言うだろう」

「初めて聞いたぞ、そんな格言」

「私が今しがた思いついた。……うん、すまない、悪かった。許してほしい」

 ああ、視線が冷たい。みるみる降下する氷点下の眼差しが、氷柱のように突き刺さる。

 冗談を言って茶化していいような間柄でもないのに、調子に乗ってしまった。なんとも決まりが悪い。

「……まあ、いい。薬を」

 大きく嘆息し、シグマは手のひらをこちらに差し出してひらひらと催促する。

 気まずさのあまりひとつ咳払いをして、私は紫色の錠剤を彼の指先に恐る恐る置いた。

 すると、奪い取るように素早く受け取り、流れるように魔術を使って出した水でそれを包み込んだと思えば、ためらいもなく、口の中に放り込んで、ごくりと飲み込んだ。

 何ともそつのない、滑らかな所作である。一見乱暴にも見えるが、気品高い彼の風貌と、無駄を嫌う気性ゆえか、嫌な気分は全くしない。

 いつか、この炭酸のような味わいの感嘆を、誰かにも抱いたことがあるような気がした。

師匠せんせい、飲んだぞ。始めないのか」

「あ、ああ」

 シグマの訝しげな声で我に返る。霞みがかった記憶を手繰り寄せるように思案に浸っていて、目の前のことが疎かになってしまったらしい。

「最初は辛いと思うが、頑張ろうか」

 言って、私は大きく息を吸い込んだ。同時、足元から吹き上がる風に、自身の髪の毛がふわふわと揺れ動き、頬や首を擽る。

 魔術で発生させた風の集合に、フウと勢いよく息吹を込め、私は足元を蹴った。今をもって、窓のないこの部屋に吹きすさぶ風は、全て私の支配下だ。

 空中にて、不可視に座する私の姿を、見開いた蒼穹に映すシグマ。そんな可愛げのある顔も出来るのか、などと思いながら、私は薙ぐように左手をふるった。
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