神がおちた世界

兎飼なおと

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第11話

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あのあと、結局しばらくおとなしくしておこうという事になった。
ここで下手に意識して感づかれるよりはいいだろうという考えだ。
そんなわけで翌朝、朝食を済ませたコルトとルーカスは、ハウリルについて工房地区を目指していた。
仕事の前にアンリの武器を見てもらうためだ。
元々武器ではなく伐採や薪割り用の斧のため、ここ最近の魔物討伐ですっかり刃こぼれやらをおこしてボロボロになっていた。
なので先にそちらをなんとかしようという話になったのだ。
ついでにコルトとルーカスも見てもらえばと言われたが、二人の武器はこちらで見てもらうには素材も作りもだいぶまずい。
とはいえ、ココの件からこのままではいけないと思う。
人相手は無理でも魔物相手は小型くらいなら1人でなんとか出来るようになりたい。
そんなことを考えていると、護身用にナイフを買えとルーカスが提案してきた。

「そんなの買っても使えないよ!」
「万が一があるかもしれねぇだろ?」
「討伐員にならないのに!?」
「色んなところに行きたいのであれば、なっておいたほうが色々融通が聞きやすいかと思いますが」

ハウリルが口を挟んできた。
融通とは言うが、コルトの実力では十中八九下級だろう。
そうなると、街や村の専属として移動を縛られてしまう。
1つの街に専属で外に行けなくなるのは困る。こちらにも色々と各地を回らないといけない事情があるのだ。
するとハウリルが、あぁそのことですが、ときり出した。

「私の従者という扱いであれば、下級でも自由に移動出来ますよ」
「ホントですか!?」
「ちょっと待て、お前の従者ってなんだそれは」

聞けよ!という声を華麗に無視してハウリルは話を続けた。

「教会の者が各地を回るさいに護衛を伴うことが良くあるのですが、専属の契約を結ぶ場合があるのです。見知ったもの同士のほうが都合がいい場合がありますからね」

つまり、ハウリルについて回るのであれば街に所属しなくてもいいということだ。
しばらくおとなしくしていると決めたし、これは良い提案ではないだろうか。
それなら下級とはいえ討伐員としてコルトも金銭を稼ぐことが出来る。
討伐員になると言うと、ハウリルは嬉しそうにあとで登録に行きましょうと言ってくれた。
それからコルトの武器問題になった。
武器と言われてもそもそも今までそんなものを持ったことは一度もない。

「そもそも魔法のほうはどうなのですか?」
「……うっ、あの…そのあんま当たらないです…」
「どこ当たるか分かんねぇもん使われるくらいなら、何もしないほうがマシだろ」
「肉体強化のほうはどうですか?」
「…うぅ、肉体に作用させるのが昔から苦手で…。魔法はなんとか……」

どうも昔から肉体を魔力で強化するというのが苦手だった。
魔法は使えるので張り巡らせることは出来るのだが、そこから先が感覚的によく分からないのだ。
うまく使えば五感も一時的に上がったりするらしいが、今の所成果なしだった。
ちなみに魔法の命中率は味方が危ないから止めろと言われるくらいだ。

「困りました。思ったより全く戦えない感じですね」

酷い評価である。
だがその通り過ぎて何も言い返せない。
こんなところでもまた己の不甲斐なさを噛み締めていると、予想外のところからフォローが入った。

「…そうでもないだろ。人間相手は全くダメだが、獣を殺すのは別になんとも思ってねぇからな、こいつ。武器は百歩譲って諦めるとしても、魔法を味方に当てねぇように頑張ればなんとか最低限使い物にはなるんじゃねぇか」
「そういえば、コルトさんは魔物の討伐も死体の解体も平気そうでしたね」

言われて振り返ってみれば、魔物については割と最初から平気だった気がする。
そもそもアンリとの出会いも魔狼に襲われていたのが始まりだ。

「ではとりあえずコルトさんについては魔法を中心に考えましょう」

それからまず何から練習を始めるかの話になった。
先ずはスムーズに魔法を打つ練習にするか、それよりも魔物を目の前にしてもビビらない度胸をつけるところからにするか、ハウリルとルーカスは揉めに揉めた。
出来ればいきなり1人で魔物の前に立たせられるのはやめて欲しいところだ。
そんなことを話していると、一軒の店の前についた。
ハウリルが昨日教会で調べたおすすめの場所らしい。
中に入ると剣、槍、斧がそれぞれ種類ごとに分けられて所狭しと並べられていた。
奥は鍛冶場になっているようだ、ほのかな熱気と金属音が聞こえてくる。
カウンターには店番と思われる初老の男が座っていた。
ハウリル曰く、店主だそうだ。

「こんにちは。斧を見繕いたいのですが、良いでしょうか?」
「司教さまが斧か?珍しいな」
「私ではなく彼女です」

ずっと無言でついてきていたアンリが前に出た。
男はアンリを確認するとカウンターの外に出てくる。

「嬢ちゃん。斧は使ったことあるか?」
「ある。村で薪割りとかしてた」
「薪割りだぁ?」

アンリはうなずくと、腰に下げていた薪割り斧をカバーから外し、カウンターの上に置いた。
男は絶句し、その後みるみる顔が赤くなっていく。

「バカ野郎!こんなしょっぺぇ斧で魔物なんて相手すんじゃねぇ!死にてぇのか!」

怒声が響いた。
思わずコルトもびっくりして飛び上がる。
アンリは唇を噛んで耐えていた。

「彼女はネーテルの近くの村出身です。なのでこれで十分だったんですよ」

ハウリルがフォローに入るが男の怒りは収まらないようだ。

「バカ野郎!北の魔物がいくら雑魚でもな、自分の命預けるもんに手ぇ抜いてんじゃねぇ!」

今は関係ないはずなおにコルトは耳が痛かった。
いやっ、用意したのは上の人なので自分は悪くないはずだ。
それから店主はアンリに手を見せろといい、触ったりして何かを確かめると、並べられた中から斧を数本持ってきた。
その中の一本をアンリに渡すと振ってみろといい、そのまま全てを試させていく。
全てが終わると、1本残して他は全て端に避けた。
その1本も少し調整したいそうだ。

「柄はオーガの骨だ、軽くて丈夫。刃は鉄製だ。いつまでに用意すりゃいい」
「今日の昼過ぎは可能ですか?そのあと少し外に出たいんですよね」
「分かったよ。昼飯食ったらまたこい、教会時間に合わせてやる」

ありがとうございますとハウリルが言うと、アンリも小さくお礼を呟いた。
男はふんっと鼻を鳴らして、人を呼んだ。
やってきた若い男は店主に似ていた、血縁者だろうか。
こちらに軽く頭を下げると、すぐに店主から斧を受け取り調整内容聞いている。
終わるとそうそうに奥に戻っていった。
支払いは武器を引き取りにきたときでいいそうだ。
他に用はあるかと聞かれたのでないと答え4人は店を出た。

「さて、これで先ずはアンリさんの武器問題が解決しました。次はコルトさんです」
「次こいつったって、結局どうするかまだ決めてないだろ」
「なので別の方に相談しようと思います。我々では平行線なので、いっそ第3者に預けましょう」
「えぇ!?」

予想外の提案をされて驚いてしまった。
しかも預けるということはコルト1人という事だろうか。

「……あてはあんのか?」
「ここをどこだと思っているんです。アウレポトラはこの付近の南部最前線ですよ。教官役などたくさんいます、行きますよ」
「ちょっ、ちょっとまってください!僕の意見は!?」

慌ててストップをかけてみるが、完全にスルーされてしまった。
道中の奮闘も虚しく着いたのは教会だった。
だが中には入らずそのまま裏に回ると、そこは教練場だった。
壁沿いにたくさん並んだ人形ごとに区切られたレーンがあり、各々多くの討伐員や祭服を着た人たちが人形に向けて魔法を撃っている。
さらに奥の広い場所では、模擬戦も行われているようだ。
ハウリルはその場で待つように言うと、近くの建物の中に入ってしまった。
そわそわしながら待つこと数分、ハウリルが軽装の女性を伴って出てきた。

「こちら、今回コルトさんの教官をしていただくリンダ教官です。リンダ教官、こちらがお願いしたいコルトさんです。そして右からルーカスさんとアンリさん」

紹介されたので、よろしくおねがいしますと頭を下げると、リンダもよろしくと手を出してきたので握手しかえした。

「使い物にならないんだって?」

いきなりのご挨拶である。

「戦ってるところを見たことがないので分かりませんが、本人があまり意欲的ではないですね」
「ふーん、やる気ないやつ鍛えてもしょうがないんだけど」
「そっ、そんなことはないです!」

いかにもダメそうという雰囲気を出されてしまい、反射的に言い返してしまった。
だがここでやる気を見せなければ、足手まといの烙印を押されてしまう。

「まぁいい、ハウリル司教の頼みだ、とりあえずあの人形に向けて魔法撃ってみな」

と並べられた人形を指される。
緊張した足取りで空いている場所に入った。
正直当てる自信がない、ラグゼルにいたときも教官が根をあげてしまった程だ。
しかも今回は人形との距離がその時よりもさらに開いている。
だがここでやらねば、いつまでもルーカスにおんぶに抱っこ状態だ。
コルトは深呼吸を数回行うと、手を前に掲げると手のひらサイズの雷球を発射した。
バチバチと弾けながら進むそれはあっという間に壁の人形の距離まで飛んでいったが、案の定人形から大きく逸れて後ろの壁に激しい閃光をあげて着弾した。

「………」

個人的には悪くない威力だと思う。
当たっていればの話ではあるが。
そっと振り返ると、何も期待していない目が1つと、呆れた目が2つあった。
ただリンダだけは顎に手をあてて何か考えている。

「……どっ、どうでしょうか?」
「どうでしょうか、じゃねぇよ、かすりもしてねぇじゃん」
「ぐぬぅ……」

こう、たまには何かいいところを見つける努力をしてくれてもいいのではないだろうか。
分かるよ、難易度が高いことは。でももっとこう褒めて欲しい。
すると、

「確かにかすってもいないが、悪くはないな」

リンダがそう口を開いた。
期待の目をリンダに向ける。

「おやっ、そうなのですか?もっとボロクソに言うかと思いました」

つまりハウリルからの評価はボロクソなのだろう。

「発射までの速度が早いのがいいな、普通はもっと遅い。あと、魔法生成する際の魔力のロスが少ないのも良い」

そう褒められてちょっと得意になった、だが。

「だがそれだけだな。なんだあの腰が引けた撃ち方は、真面目にやれ!いくらロスが少なかろうが、当たらなきゃ意味ないだろうが!!あ゛ぁん!?」
「ひぃ!ごめんなさい!!」

それから鬼教官リンダに足に力が入っていないだの、肩に力が入りすぎだの、散々あちこち叩かれ怒鳴られることになった。
気付けば3人はいなくなっているし、昼ごはんも完全に食べそびれてしまった。
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