神がおちた世界

兎飼なおと

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第16話

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思ったより大分まずい状況だった。
オーガの居場所を探ると言ったが、そんなものは魔力感知をすればいいだけなので、こっそりと街に戻ったコルト達の後をつけた。
その結果見たのは、コルトが吹き飛ばされ背中から落ちるところだ。
助けようかと思ったが今自分は街の外にいることになっている。それがこんなタイミングで助けに入ったら何を疑われるだろうか。
幸い向こうはあの場で殺す気が無かったようなので助かった、最悪証拠隠滅のために街一つ消さなければいけないところだった。
さすがに数が多い上にコルトを守りながらとなると、骨が折れる。
しかも最大の障壁となるのは間違いなく守らなくてはいけないコルト自身だ。
仮に上手く殲滅は出来たとしてもコルトとの関係はそこで終わる、そうなれば何が何でもラグゼルに一度戻らなくてはならない。
──ラグゼルとは敵対したくねぇし、弱いアホ共だが、まだギリギリ理性があって助かったぜ。
──さて、何食わぬ顔で合流しねぇとな
3人が南門に向かったことを確認すると、別ルートから街の外に出た。





コルト達3人が再び森の中に入ってから1時間ほど南下すると、森の中の様子がおかしいことが嫌でも分かった。
生き物の気配が全く無いのだ。小型の魔物が目撃されてもいいくらいなのに、恐ろしいほど何とも出会わなかった。
だがそのお陰というべきか、走ることだけに集中出来たのでかなり早いスピードで奥まで進むことが出来る。
そして走り続けコルトが己の体力と魔力操作の集中力の限界を感じ始めたころ、見かねたハウリルが一度状況を確認したほうが良いということで、3人は付近を警戒しつつ立ち止まった。

「オーガはこの辺りでは一番強い魔物です、そんな彼らの殺気にあてられて付近の魔物は逃げ出したのでしょうね」

ハウリルがため息をついた。
魔物が一斉に逃げ出すほどだ、これから先のことを考えればため息も出るだろう。

「ところであの男は?」
「ルーカスは見つけたんですが、戻るのを嫌がって……その、闇討ちのために先にオーガの居場所を探るとまた森の奥に」
「子供ですか全く、しかも闇討ちとは何を考えているんですかね」

ハウリルが呆れた顔をした。

「ダメですか?」
「ダメというか難しいですよ。気付かれずに確殺可能な距離まで近づく必要があります。さらに向こうのほうが数も多い上に地の利もありますからね、気付かれた瞬間に終わりですよ」

事も無げに言うものだから簡単なのかと思ったが、そうでもないのか。

「やりたいことは分かります。正面から行くのは難しい以上、そういったやり方を取らざるを得ないですからね。ですが、こちらにそういった暗殺スキルを持っている人間がいますか?私はありませんよ」
「………」

少なくともこの場にはいないことは確かだろう。
コルトは困ってしまった、正直戦うこと全般が素人だ。

「司教さま、何か罠を張ることは出来ないでしょうか?村でも落とし穴などを作ることがありました」
「落とし穴は確かにいい手段だと思いますが、問題はオーガに有効に作用する大きさを作るには時間が足りないって事ですね」

完全に手詰まりではないだろうか。

「嘆くにはまだ早いですよ。こんな状況ですから魔術を教えましょう」
「魔術を!?」

上級討伐員などの一部の人間のみに教えられるものではなかっただろうか。
コルトなど未だに討伐員ですらない。

「あなた達が内緒にしてくれれば問題ありません」

それはそうかもしれない。
言わないと信頼して教えてくれるのであれば、こちらも答えたい

「先ず使用する魔術は設置型を想定しています、倒せずとも足止めは可能なはずです。今回は時間があればあるほど良いですからね」

そういうと、ハウリルは地面に何かを書き始めた。
書かれた跡が薄く発光するそれはコルトもよく見る文字だった、ラグゼルでは一般的に使われているので未就学児でもなければ誰でも読める。

「実は魔術自体は簡単です。普段私達は魔法を使う際に無意識に込める魔力量や威力など様々なものを設定しています、その設定の速さがいわゆる発動の速さに繋がるのですが、魔術はその設定をこの記号に肩代わりさせることで魔力を通しただけで発動するようにするのです」
「記号…ですか?」
「はい、意味をもたせた記号です。私の杖もかなり小さくですが、様々な記号を刻んであります。それを必要なときに必要な記号にだけ魔力を通すことで発動させています」

記号ってなんだ、どうみてもこれは文字ではないか。一応ここに書かれているのは単語の集合体ではあるが、間違いなく文字だ。
コルトはわけが分からなくて混乱するが、アンリは疑問に思わないのか熱心に地面の文字を見つめている。

「今回は接触感知式の罠にしようと思います。踏んだときに仕込んだ魔法が発動するようにすれば問題ないでしょう、あとは安全策として重量制限もかけておけば万が一我々が踏んでも大丈夫でしょう」

地面に【発動重量100kg】【発動接触】【効果爆発】などが書き込まれていき、ハウリルがそれぞれどういう意味なのかざっくりと説明していく。
こちらでは文字を教えていないのだろうか、そう言われるとこちらに来てから文字を見ていないような気がする。
宿の注文も絵による指差しだった。

「これらの記号を順番どおりに魔力を記号に通して定着させながら設置場所に刻んでください。設置場所は進路を塞ぐように帯状に、それと不規則な並びになるようにお願いします」

刻む方法は文字自体に魔力が定着すればなんでも良いとのことだが、なれないうちは地面に指で書いたほうがいいだろうとのことだった。
さらに一度では覚えられないと思うのでと、ハウリルが懐から布を取り出すとそこに魔力で文字を刻みコルトとアンリにそれぞれ渡す。

「休憩はこの辺りにして先に進みましょうか。それと、そろそろあの男と合流したいものです」

確かに罠を仕掛けるのであればルーカスにも手伝ってもらったほうが早い。
それに奥に行くほどオーガに見つかる可能性もあるので、なるべく手前での合流が望ましい。
だが肝心の合流方法を全く決めていないことに気がついた。

「どこで合流するとか決めていないのですか?」
「……すいません。そこまで頭が回らなくて……」
「仕方がないですね。では先に仕掛ける場所を決めて設置してしまいましょう。重量制限をかけているので間違って踏んでも大丈夫だと思いますし」

それから3人は街の方角を確認し、ハウリルに教えられながら魔術の罠を仕込んでいった。
コルトは書きなれているのと比較的早く覚えられたので、どんどん罠を設置していく。
逆にアンリのほうは書くという動作そのものが初めてらしく苦労しているようだ、
気にせず先に勧めて欲しいというので遠慮なく1人でどんどん東に向かって設置して行った。
そうやって一人で20個ほど設置したころ、事態の元凶の男が現れる。

「何してんだ?」
「何してんだじゃないよ、罠を設置してるんだよ!」
「罠だぁ?人寄越せってのはどうした」
「言い出せる状況じゃなかった。ハウリルさんが殴られて、僕たちも事態の収拾のためにオーガに突っ込んで死ねだってさ」
「……もう街なんてほっといて逃げようぜ?」
「何いってんだよ!!」

相変わらずの態度に怒りを示すが、ここでルーカスが右手で何かを引きずってるいるのに気が付いた。
コルトの視線に気付いたルーカスがそれを視線の高さに持ち上げると、それは人の形をした何かだった。
人間のような皮膚だが青黒く、目も開いておらず胎児のような見た目だが、明らかに巨大過ぎる不気味な何かだ。
その喉元から頭にかけて貫かれた後があり血が乾き始めている、貫いたと思われる剣は心臓部分に刺さっていた。
なんとも見た目のグロさに吐き気が込み上がる。

「なっ…なに……それ…」
「亜人の胎児だ。甲虫の腹で育ってたから殺した」
「あっ、亜人!?甲虫!?えっ、腹?」

何を言ってるのか分からない。
困惑するコルトをよそにルーカスはその場に亜人を落とすと、背中が見えるようにひっくり返す。
その背中にはひび割れているが硬化した翅と、破れた膜状の翅があった。

「コイツらはな、特殊な環境下の魔物の腹の中で生まれんだよ。それも卵生とか関係なく、一律母親の腹の中で人型の魔物として成長してある日突然腹を食い破って出てくるらしい」

俺も初めてみたと言って亜人を見下ろすルーカスの目はいつになく真剣だった。
どうみても死んでいると思うが、まだ生きてるかのように警戒している。

「そんで付近の魔物共を種類関係なくまとめ上げて、近場の人間を襲って食うんだよ」
「!!」
「こいつらが発生すると大惨事になる。下手な魔人よりも強いからな」
「なんでそんな危険な存在が…なんで……」

ルーカスですら見たことないような存在が、なんでこんなところにいるんだ。

「多分オーガが増えすぎたからだろうな」
「どういう事!?」
「オーガを狩れるやつらが不在になった結果、オーガが増えて住処を奪われたり捕食されたりする数が増えたんだろ。街のやつらも今は弱いこいつらみたいなのばっか狙うようになったしな、種の存続の危機的状況っていう条件が揃っちまったわけだな」

よく分からないが、魔物の中の食物連鎖のバランスが崩れたときの防衛本能的なものだろうか。
元々こちらの生態系を狂う存在の魔物が、さらにその中でバランスを崩して人の脅威となる。
改めてなんて理不尽な存在なんだ。
そしてそれを送り込んでくる魔族にも腹が立つ。

「なんで…なんで君たちは魔物を送ってくるんだよ、僕たちが何をしたっていうんだよ!!」

ある日突然侵略してきて、そしてこちらに住むキョウゾクの社会、世界をめちゃくちゃくにした存在。
しょせん弱い存在、自分たちには関係ないどうでも良い存在だと思っているのだろう。
そうだと思って文句を言ってやろうと思ったが、困ったような悔しそうな顔が視界に入ってしまった。
今まで全然こちらの事なんて気にしてなさそうだったのに、なんでgそんな顔をするんだ。
いつもの余裕とめんどくささが混じったような顔はどうしたんだ。

「俺だって知りてぇよ。何がしたいのかさっぱり分かんねぇ」
「なんで君が知らないんだよ…」
「聞いても教えてもらえなかったんだ、だからこっちで調べる事にしたんだ。聞いてなかったのか?」

そんな理由でこちらに来たのか。
護衛という事で引き合わされたので、そもそもルーカスがこっちにいる理由などを聞いていない。
興味が無かったというのが正直なところだが。

「護衛を引き受けたのも、お前について各地を回れば知りたいことを知れるかもって思ったんだよ」
「その割にはあんまり協力的に見えない」
「お前に付き合ってたら調べたい事が調べられねぇだろ」

そんな事はない。
ちゃんと言ってくれれば協力すると思う、たぶん。

「まぁなんだ、あれだ。とりあえず湧いてたのはこいつ一匹だけだったから、まぁしばらくは大丈夫だろ」
「………」

複雑な気分だった。
ルーカスがオーガを殺さなかったところで街は別の何かに襲われていて、その脅威は事前に取り除いた。
だからって今回の件を赦してくださいというのも何か違う気がする。
でも、せめてなんとかハウリルさんについては誤解が解けないかと思った。
あのまま同じ教会の仲間の人に誤解されたままなのは可哀想だと思う。
そんなことを思っていると、コルトを呼ぶハウリルの声が聞こえてきた
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