神がおちた世界

兎飼なおと

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第23話

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「わたしはそれで問題ありません」
「私もそれでいい」

アンリとハウリルが同意すると、視線がコルトに集まった。
この空気では断れないことくらいは分かるので頷いて同意する。

「良かった良かった、拒否されたらどうしようかと思ったよ。スムーズに決まってよかった!」

笑うリンデルトに対して、拒否権無かっただろとルーカスが突っ込んでいる。
そんなことは無いよと言ってはいるが、室内の誰も信じていないようだ。

「それじゃあ伝えたいことは全部伝えたから後のことはアシュバートよろしくね、僕はこれで退席するよ」
「1ついいですか!?」

アンリが声を上げてリンデルトを引き止めた。
周りの軍人が身構えるが、リンデルトが手で制止させるとアンリに先を促す。

「ココは…ココは今どうしてる?会いたいんだ」

縋るような眼差しのアンリにリンデルトが口を開こうとするが、その前にシュリアが前に出た。

「はぁ?会わせるわけないだろ。そもそも会ってどうすんだよ謝るのか?そんなのお前の自己満足だろ」

シュリアの威圧を全面に出した態度と明らかに見下している視線を返され、アンリは言葉を詰まらせた。
それを鼻を鳴らしてバカにしたシュリアは踵を返すと、コルトが入ってきた扉とは反対側の扉を開けると外に出てしまった。
リンデルトもそういうわけだからと、後に続いて出ていく。
アンリは分かってたとイスに落ち、軍人たちは次の会議のための準備を始めた。
邪魔になってしまうのでコルトはアンリを立たせるとハウリルと共に壁際に避ける。

「昨日ぶりですね、コルトさん」
「あのっ、なんかすいません」
「なぜ謝るのです?」

そうは言われてもなんとなく申し訳ない気持ちがある。
一方的にリンデルトが決定事項を告げるだけ告げて去っていった状況だ。

「最悪人間扱いされない可能性も考えていたので、現状はかなり良いですよ」
「………」

今までの歴史を考えれば問答無用で手段を問わずに情報だけ抜かれることも考えていたので、一方的とは言え人間扱いされている現状はかなり良い。
寧ろ教会の他の派閥からのほうがあたりが強いくらいだ。
少し見ただけだがやはりこちらはかなり豊かなようなので、余裕があるが故の対応なのかもしれない。

「思ったより文明に差がありすぎましたからね……」
「ここの基地だけみてそう思うなら、外の地区に出たらお前らショック死すんじゃねぇの?」

ルーカスが座っていたイスを3人の目の前に置くと、またそこに座り直した。

「それは楽しみですが、あなたは随分とここに馴染んでいますね」
「だろ?俺は社交的なんだよ」

あんなに人を避けようとしておいて何を言ってるんだという顔を向けるが、相変わらず少しも気にしていない。

「初めて魔族を間近で見ていますが、基本はあまりわたしたちと変わらないんですね」
「内臓機能や骨格は基本的にお前らと一緒だとよ、理論上は生殖も可能らしい。その他の違いは今は調べられないって言われたが、体弄くられんのはごめんだ」
「……共族も魔族も生物的には同じということですか」
「なんだ、敵対種族と同じって言われてショックか?」
「………聞かないでください」

ハウリルは何かを思案するように口を閉じた。
代わりにアンリが興味深そうにルーカスの頭部を見ている。

「なぁ、魔族って卵で生まれたりするのか?」
「話聞いてたか、お前!?んなわけねぇだろ、何言ってんだ」
「いやだって、その角じゃ産む時絶対痛いだろ!?」

その指摘にコルトとハウリルもルーカスの頭部を見る。
少し尖った耳の上の両側面から後ろに向かって伸びた角はそれなりの大きさがあり、たしかにあの存在感では痛そうである。
痛いというか裂けるのではないだろうか、と想像してそれ以上考えるのをやめた。

「最初からこんなに立派なわけないだろ!?」
「でも生えてるんだよな!?うわっ、絶対いやだ!」
「俺らはお前らと違って内臓くらい簡単に治せんだよ。そんなこまけぇこと気にしてたら産めるもんも産めぇねだろ」
「そもそも男のあなたは気楽でしょう」
「いやっ、こいつ女になれるぞ」

話を聞いていたらしいオーティスがルーカスの肩に肘を置いてもたれかかった。
仕事はどうしたのかと思うが、会議の準備が終わりあとはメンツが揃うのを待つだけなので暇らしい。
それよりも女になれるってなんだ。
聞き間違いか?

「魔族は後天的に肉体の性転換が可能なんだよ、びっくりだよな」
「ちげぇよ、元々性別が無い状態で生まれてくるから自分でどっちか決めんだよ。後天的に見えるのは、決めた後も変えられるからだ」

ルーカスの顔面で体だけ女性の姿を想像したが、顔の骨格が完全に男のためなんかちょっと嫌だ。
アンリも嫌そうな顔をしているし、ハウリルは完全に表情がいつのもにこやかな顔で止まっている。さすがに見慣れてきたので、意図的に笑顔を作っているのか、そうでないのかの区別はつくようになってきた。

「なに想像してるか大体分かるが、女になるときは骨格から変わるからな!?」
「あははは、大分筋肉質だけどな。前に3番隊でこいつと一緒に酒を飲んだんだけどな、いやーあれはメチャクチャ盛り上がったけど、メチャクチャ怒られたな」

酒が入ってタガが外れ、好みの女の話や魔人の女の話をしている間にヒートアップして、ルーカスが女体化していたらしい。
シフト上がりで翌日が非番の鍛えた軍人の男ばかりのため、酒が入って体温が上がりルーカス含めほとんどが上裸になっていたものも多く、それはもう大変な乱痴気騒ぎになった。
そしてあまりのうるささに苦情対処にきたアシュバートと他部隊長に見つかったのだ。

「3日ぶっ続けの壁上防衛任務を入れられたあとに、ダーティン当主のわくわく合宿にスライドするとはね。死ぬかと思った」
「よく首になりませんでしたね」
「殿下が爆笑しながら温情をくれたからさ!いやぁ、話の分かる殿下で首の皮一枚で繋がった」

笑い事ではないと思うのだが、知りたくなかったことを知ってしまった気分だ。

「肉体労働で済んだお前らはまだマシだろ。俺は危うく解剖されるところだったぞ」
「ネルランのやつか?相変わらず見境がないな」

ネルラン、研究開発を目指す学生なら一度はその名を聞く。
リンデルトやアシュバートと同世代で魔力研究を専門とし、直近だと魔力の再生医療への活用方法の研究をしていたはずだ。
やってることは人のためなのだが、如何せんすぐその辺の人で人体実験をしようとするため常時監視がついているというのを聞いたことがある。
それなら確かにルーカスに興味が出るのも分かる。

「ネルランついでに一応言っておくが、お前ら勝手にフラフラするなよ。あいつに見つかったらめんどくさいからな」
「この状況で勝手なことをするつもりはありません」

そりゃ良かったとオーティスが言ったところで、全員集まったから席に座れとアシュバートが呼びかけた。
コルトたち4人は手前側に並んで座り、反対側には軍関係者が並んで座っている。
軍服から1番隊から順に隊長が並んでいるようだが、2番隊だけは通信兵が座っている。
防壁の防衛任務中のため中継のために来たらしい、2番隊隊長は現地で聞いているとのことだ。
アシュバートが全員の顔と着席を確認すると、早速口を開いた。
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