神がおちた世界

兎飼なおと

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第25話

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ここまでで何か確認しておきたい事はあるかと言われたが、コルトは特に何もないのでそのままおとなしく座っていると、アンリが手をあげた。

「教会とは別に神様がいるのは分かったんだけど、じゃあ教会が崇めてる神様ってなんなんだ?そのっ……話と関係無いのは分かるんだけど気持ち悪くて……」

そりゃ俺も気になるとルーカスがハウリルを見ると、いつものにこやかな顔を浮かべた。
やっぱり教会が大切にしている存在をおいそれと喋るのは抵抗があるのだろうか。
と思っていると、目の前の隊長達のほうはアシュバートのほうをチラチラとみている事に気が付いたので、コルトもそちらに視線をやると眉間にシワを寄せた顔が目に入った。
もしかして軍の人達も教会の神の正体を知っているのだろうか。
ルーカスもその空気に気付き、俺に不都合か?とアシュバートに問いかけると、頷きが返ってくる。
それを見て諦めたハウリルが口を開いたが、アシュバートのほうがそれを手で制した。

「教会の神というのは、共族が魔力を得るために捕らえた魔人のことだろう」
「魔人を捕らえただぁ?俺らがそう簡単に捕まるわけねぇだろ」
「ですが実際教会総本山の地下には培養槽に浸かったその魔人の体がまだ残されていますよ、御神体としてね。そして未だに素材として使われています」
「さすがにそれは嘘だろ!?何千年経ったと思ってるんだ。そもそも培養槽がまだ動いてるわけないだろ、動力はどうしてる!?」

隊長達が騒ぎ始めた。本当であれば2000年以上稼働していることになる。過去の遺産は破壊し尽くしたという話なので、当時の技術は完全にロストテクノロジーのはずだ。であれば、メンテナンスも不可能な以上2000年も手つかずで使えるとはとても思えない。

「動力含め単体で全て完結しており、今もなんとか動作しているようです。ですがさすがに諸々が限界らしく、実物を見たことある兄曰く、いい加減破棄しないと何が起きるか分からないとのことです」
「凄いな、永久機関ですかね?古代技術であればそのくらい出来てもおかしくはないと思いますけど」
「耐用年数自体がバカ長いとかは?それ作った当時は当然まだ共鳴力を全員が使えたわけでしょ?それ前提で材料用意して設計すればいけるんじゃない?」
「おいっ、んなことより魔人がなんで捕まってんだよ!!」

隊長達は培養槽のほうが気になるらしいが、同族が捕まっていると聞かされたルーカスはそれどころではないらしく、身を乗り出している。
とはいえ、慢性的にエネルギー不足に悩んでいるラグゼル軍人としては未だに動いている2000年前の技術というのは大いに気になる。
コルトも将来は研究開発職を希望しているだけに興味をそそらえる話だ。
もっと詳しくハウリルから話を聞きたいと思ったが、その前にアシュバートが静かにしろと怒鳴った。

「質問は教会の神についてだったはずだ。培養槽の話は後にしろ」
「その捕まってるやつが神なんだろ!先にそっちの説明しろよ!!」

同族が捕まってると聞いてルーカスが怒気を顕にし始めた。
友好的と言っても魔族が怒り始めたせいか、さすがに隊長達も警戒し始める。
壁際の軍人達も武器を手に取り始めた。
アシュバートがなんとか宥めルーカスを再びイスに座らせるが、かなりイライラしているのか魔力が漏れ出て体の周囲が蜃気楼のように揺らいでいる。

「我々が魔力を無から獲得するわけないだろう。必ずその元となる存在がいる、それが過去に捕らえた魔人であり神にされた存在だ」
「魔人なのは確定なのか?」
「魔人でなければ条件を満たせない」
「どうやって捕獲したのかについては教会でも既に記録が失われていて分かりません。ですが、その魔人をもとにわたしたち共族は魔力を得ました。隠した理由は簡単です、方法が非人道的だったため、反発するものが現れる可能性がありました」

そこでハウリルは一度黙り、そして。

「食べたのです。魔人の魔力と培養槽があれば、ほぼ無限に再生しますから」

ルーカスが思いっきり机を蹴り飛ばした。
直前に隊長達は素早く2番隊の代理を庇い退避させると、腰の剣に手をかけた。
魔人の脚力で蹴り飛ばされ半壊した机を見下ろしていたルーカスは顔を上げると、ギラついた目でアシュバートを睨む。

「なんで黙ってやがった」
「絶対に怒るのは分かっていたからな」

淡々として口調で断言するアシュバートに舌打ちルーカスは、無言で部屋から出ていった。
コルトが入ってきたほうの扉だ。
それを見てオーティスが外しますと言って追いかける。
残された隊長達はどうします?という顔をアシュバートに向けながらも、無言で壊れた机を片付け始めた。

「あいつ、大丈夫かな……」

ボソッとアンリがルーカスが出ていった扉を見ながら呟いた。
余計なことを聞いてしまったと、少しこの事態に責任を感じているらしいが、アンリは何も知らなかったのだから気にすることは無いよと声をかけた。

「不和を恐れて隠した私の責任だ、君が気にすることではない。ルイについてはこちらでなんとかする」

しかし完全にこのまま話を続けられるような状態ではなくなってしまった。
だが最低限のことは確認出来たとして、アンリは4番隊の女性隊長に、ハウリルは1番隊の男性隊長、コルトは6番隊の男性隊長についていくようにそれぞれ言われ、しばらく別行動することになった。
アンリとハウリルはそれぞれ軍人達の寮にまずは案内され、そこで個別に色々説明を受けるらしい。
コルトも家には帰れないので同じく寮に入ることになるらしいが、元々こちら側の人間なので細かい説明は不要だろうとの事で早速次に向けての準備を始めるとのことだ。
もっとガシガシ戦えるようになる訓練だとしたら勘弁して欲しいなぁと思っていると、顔に出ていたのか適正の無い者に無理はさせないよと言われしまった。
どうやらそこら辺がまるっきりダメなのは周知の事実らしい。
安心したような、若干納得いかないような気分でいると、ある意味前線で戦うよりも重要だと言われ、不思議に思いながら6番隊隊長についていくと、警備が厳重で明らかに重要そうな施設に連れてこられた。

「この中で見たことは他言無用だ。君たちがかなり難しい任務に従事するということで特別に陛下が資格のないコルトくんも入ることを許された」

入り口で市民番号を聞かれ、魔力も測られ、さらに名前の記名も求められた。
意味があるのか分からないが、おとなしく従ってそれらを熟すとやっと中に入れてもらえた。
関係者と軍の上層部などは、特殊なプレートでこれらの検査をパス出来るらしいが、コルトはまだ部外者なので色々と手続きが大変らしい。
一応ここでの事に問題が無ければそのうち臨時プレートが渡されるそうだ。
ということで、再びいくつも扉を抜け施設内部の奥に進んでいくと、大規模な研究施設が目の前に広がった。
区分けにされている各々のブースでは色々な装備やらが並べられており、白衣や作業着を来た人達がみな真剣な顔で作業にあたっている。

「ここは軍で使う装備の研究開発施設だ。一応他の3人にはこちらからある程度装備を支給することになってるからね、戦いが苦手な君にはメンテナンスを頼みたい。確かコルトくんは研究開発が希望進路だって聞いてるし、どうだろうか」

どうだろうも何も、軍の研究施設は国内でも一握りのエリートのみが入れる超重要施設だ。
国内の最先端の技術が集まっているし、学校でも教えてくれない事を知ることが出来る可能性は十分ある。
何より何かを作るのは楽しいし、それがアンリやハウリルのためになるのなら断る理由など全く無い。
明らかに嬉しそうなコルトに、6番隊隊長はよしっ、決まりだなと頷いた。
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