神がおちた世界

兎飼なおと

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第27話

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上段から切り下げた大剣をルーカスが横から殴り飛ばして軌道をそらすと、同時にもう片方で殴りかかるがアシュバートもそれを開いた片手で受け流しそれを避ける。
避けた勢いをそのまま乗せて体を回転させ、遠心力を乗せた大剣を空振りして体勢が崩れたルーカスに叩き込む。
だが当たる直前に高圧縮された魔力が爆発し、弾かれてそのまま2人の距離が開くと、ルーカスが多属性の魔力弾を大量に生成して一気に叩き込んできた。
それを見てアシュバートは足回りに魔力を回し、同時に下半身のブースターを起動させ横に避けると、着弾の爆煙に紛れて壁を走ってルーカスの背面に移動し素早く斬りかかる。
だが、魔力を感知出来るルーカスがそれに気付かないわけもなく、背後を見ずに魔力弾を生成して連射する。
アシュバートは大剣を盾のように正面に構えると、再びブーストしシールドチャージのようにルーカスに突っ込んだ。
さすがに魔力弾の雨の中を無理やり突っ込んでくるとは思わず、うっかり正面から受け止めてしまう。
そのまま力比べになった。

「おっまえ…バカだろ!!」
「弾幕を張る相手には無理やりにでも近づかんとどうにもならん!」

鎧が発光し出力の増したブースターと筋力強化で壁まで押し込まれそうになるが、さすがにそれでは魔族の名が廃るとルーカスもさらに魔力を練り上げてパワーを上乗せする。
そして上手く横に弾くと、加速して止まれないアシュバートはそのまま壁に突っ込み轟音とともに土煙が上がった。
魔力反応が全く変わらないので恐らく無事だ。
ルーカスは舌打ちすると大量の水を生み出し、己の膝上辺りまで水没させると浮遊し、水面を不規則に氷結させた。
本当はアシュバート本体を氷結させられればいいのだが、火属性な上におそらく鎧の性能で無理やり破壊されるだけだ。
なので先に足場を奪う。

「なるほど。確かにオレたちは地上戦の事しか考えてなかったな」
「どうよ、下手に踏むと氷が砕けるぜ!踏み外したところをもらう!」
「全く、羨ましい魔力だよ」

このままでは何も出来ない。
どうするかと考え、アシュバートは右手に持った大剣を強く握った。





「やっべーわ。これあとで絶対殺されるわ。水没と氷漬けってなんだよ」

管理室から戦いの様子を見ていたオーティスは顔を青ざめさせ今すぐに気絶したいと願った。
同席していた部下たちもあわあわしながらオーティスの顔と画面を見比べている。
その中で一人、特に顔色を変えずにすました顔をしている者がいた。

「あんたが焚き付けたんでしょうよ」
「そうだよ!そうだけどさ!まさか演習場が水没するとは思わないじゃん!?しかもあれ魔力の水だから処理すんの大変じゃん!?終わったわー、俺終わったわー」
「惜しい人を亡くしました」
「副官が酷い!!」

上官であるオーティスがおいおいと泣いているのはウザいが、それはともかくこれでは確かに後々が大変だ。
今すぐに試合を止めたほうがいいだろう。
副官のリオスはマイクを手に取ろうとしたが、その前に場内で動きがあった。
アシュバートが鎧を一部パージしたのだ。
下半身と背面の一部のみを残して、それ以外がすべて外れている。
万が一を考えて鎧は部位ごとに外すことが出来るようになっているが、それでは魔人のパワーには勝てなくなる。
さらに大剣の刃の部分が鞘のように外れ、青白い刀身の片手剣になる。
リオスは気が遠くなりかけた、普段の総長であればこの時点で戦いをやめるはずだがその気配がない。
これはやばいと他隊と王宮の連絡員に救援要請を飛ばすのだった。





目の前の様変わりした演習場に怒られるだろうなと思いながらも、止める気のない自分に苦笑した。
初めて感じる楽しさに勝てなかった。
己が戦うのは義務だ。
武をすべるダーティン家に生まれたものの責務だ。
全ての戦いは民を守るため、前に立ち続けるという己の職務だ。
誰に肯定されずとも、誰に理解されずとも、ただそうあるべしと己で定めた。
だから何かを守るわけでもなく、義務でも仕事でもなくただぶつかり合うだけの理由のないこの戦いが面白かった。





軽装になったアシュバートにルーカスは言いしれぬ何かを感じていた。
他であれば単純な力のぶつかり合いになる戦いも、この国の軍人相手だと何をしてくるか予想がつかない。
慎重に浮遊する高度を上げていくと、アシュバートが壁を蹴って正面から突っ込んできた。

「バカにしてんのか!?」

飛べないくせに空中に真っ直ぐ突っ込んでくるなど、当ててくださいと言っているようなものだ。
だが相手は先程まとは違いほぼ生身の状態だ、当たりどころが悪ければ死ぬ可能性がある。
ルーカスは巨大な水球を作ると、そのまま飲み込むようにアシュバートに落とした。
だがそれもまた当たる寸前で突然アシュバートの軌道が代わり避けられる。
よく見ると背中からロープが伸びており、その先端が壁に吸着していた。
そして2本目がルーカスに向かって伸びてくる。
すかさず風で払い切断するが、間髪いれずに小さな火球がいくつも飛んでくる。所詮は共族のひ弱な攻撃で直撃してもルーカスを傷つけられるものではないが、目くらましには十分だった、そのすきにさらにもう一本が足に巻き付いた。

「あっ!クソッ!」

そんなもので引きずり落とされるようなルーカスではないが、その一瞬でアシュバートには十分だった。一気にロープを巻き上げながら高速接近し燃える刀身で切り上げる。
気付いたルーカスもカウンターで拳で振り上げるが大剣とは段違いの剣速に全く間に合わず、まともにくらい腕がぱっくりと縦斬りにされ腕が燃え上がる。
己の腕を燃やす炎で一瞬視界を奪われ、アシュバートを見失った。
即座に腕を肩から切り落とし再生させると、すぐさま魔力感知をし真下に反応を見つける。そちらに視線をやろうとした瞬間荷重がかかり体勢が崩されてしまったが、気合で踏ん張り立て直すと下から笑い声が聞こえてきた。
見ると未だにルーカスの足に巻き付いたロープに支えられて宙吊り状態のアシュバートが、見たことがないくらい破顔して笑っていた。

「やっぱり魔人に1人で勝つなんて無理だな!ここまでやって腕一本じゃ割に合わん!」
「何笑ってんだお前、つーか降りろよ!」
「悪いがそのロープは帰還用でこちらからは外す方法がない!悪いが下ろしてもらえないか?切断するのはやめてくれ、さすがに技術部に申し訳が立たない」
「はあああああああ!?」

宙ぶらりんの状態で何が面白いのか分からないが笑い続けるアシュバートが不気味だったが、とりあえず足に巻き付いたロープを外すとそのまま地面に降ろしてやる。
下はまだ凍結した状態で足場は悪いがもう大丈夫だろう。

「いつまで笑ってんだよ」
「初めて戦って楽しいと思ったんだ」
「それは良かったな」
「あぁ良かった、完全な私情での試合だったがとても楽しかった、ありがとう。あとでオーティスに礼を言わなければな」

話の流れでそうなっただけでこちらから提案したわけではないが、向こうが何故か機嫌がよく楽しそうなのでまぁいいかという気分になった。
ルーカスもまだ余力があるとはいえ、久々に暴れられたのですっきりした。
踏み抜いてバランスを崩すように意図的に氷が厚いところと薄いところを作ったが、それを全て凍らせるとアシュバートはパージした鎧を回収しにいく。
とここでコロシアム内にオーティスの悲痛な叫びが響いた。
どうやら王宮が激怒し、各隊もここの後処理のために向かってきているらしい。
お互いに顔を見合わせると、腕をがっしりと掴まれ大変だぞと何故かいい笑顔で言われた。
終わったらさっさと逃亡するべきだったと後悔した。
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