神がおちた世界

兎飼なおと

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第44話

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それから1週間とちょっとが経った。
周囲はさらに慌ただしくなり、何も知らされていないコルトでも自分達とはまた別の何か作戦があるんだろうなと薄っすらと察せるくらいだ。
そのせいでコルトは王宮でのアンリの覚悟もあり、さらに気持ちがどんよりとしていた。
──戦うよりみんなで話し合って解決とかなんで考えないんだろ。
そのほうが失うものだってないのに、とずっと考えているが、きっとこの空気では誰もコルトの意見など聞き入れてくれないだろう。
それで余計に落ち込みながらもコルトは完成したばかりのアンリの武器を本人に受け渡すべく、台車に乗せて運んでいた。
結局棒を取り付ければ槍としても使える手斧、という形でアンリの武器は落ち着いた。
アンリのほうもそれを前提に訓練をしていると聞いている。

「おーい、コルトくーん。こっちこっちー!」

目的地である基地内の広場ではすでにアンリとハウリルにルーカス、アシュバートと1番隊と4番隊からも数人が集まってコルト達を待っていた。
アンリ達3人はこちらで用意した見た目は向こうでの一般的な服に偽装された防具を着用している。
何か違和感があると思えばハウリルがいつもの祭服を着ていない。
こちらでも会う時はいつも着ていたのに、今日はアンリ達と似たような普通の服を着ている。

「わたしからお願いしたのです。アウレポトラではわたしの身元が不信を招きましたので、ルンデンダックに着くまでは一介の討伐員に見えるものをとお願いしました」

素晴らしい仕事です、と手を広げて着ているものを見せてくれた。
確かにアウレポトラでは酷い目にあった、それを考えたら確かに身分を偽るのはいいかもしれない。
コルトが感心していると横から一緒に来た開発研究員の人が君の分だ、とコルト用の防具が差し出された。
最初に壁外に出たときのものよりも、幾分かデザインが壁外のものに寄っている。
具体的にはツギハギというか、あまりきっちりと型取りとか縫製されていないような感じだ。
だが裏地やインナーはこちらの技術がバリバリに使われており、素材からして普通の植物の繊維ではない。

「そこの建物の入ってすぐのところに男子更衣室がある、君も着替えてくるといい」

頷きを返し、早速コルトは更衣室で着替えてみた。
サイズも丁度よく、動きやすい。なかなかいい感じだ。
待たせては悪いと手早く着替えて戻ってくると、アンリとルーカスが各々の武器を受け取っているところだった。

「かなり振りやすくてしっくりくる!それによく考えたら自分専用の武器なんて中級以上でよっぽど強くないと作ってもらえないからワクワクしてきた!凄いうれしい!」

アンリは満足そうだ。
ルーカスのほうは鞘から少し刀身を抜いたところでさっさと腰に戻していた。
──せっかく作ってやったのになんだその態度は!
あからさまに不満な顔を向けると、笑いながら1番隊の人が口を開いた。

「はっはっは、気持ちは分かるんだが敢えて武器に慣れないようにしてもらってるんだよ。見た目は若いのに元の戦闘センスが高すぎるから、変に技量を付けないほうが自然なんだ。……とはいえ、向こうの魔力平均値が分かったら上限を上げる事になってな、その分パワーも上がるから貧弱なものを持たせて壊れたなんて事になったらあれだろ。向こうにいる間は彼らの武器のメンテナンスは君がするんだ、ならなるべく君が把握しているものが良いだろうって事で新調してもらった」
「コルトさん、そう不満気な顔をしないでください。気を付けなければいけないのは教会支配下の南部だけで、山を超えた先は気にすることはありません。剣も活躍出来るとおもいますよ」

ついでハウリルがニコニコしながら穏やかに語る。
確かになるべく隠密に行きたい任務だし、それもそうである。
アンリもなんなら南部の魔物はこいつの代わりに私が全部退治する、と専用武器をもらって上機嫌そうに言っている。
ならいいかという気分になった。
それからコルトも服のほうはどうかと聞かれ問題ない事を返すと、各々の装備の調整はこれで終わりという事になった。
完了である。

「それで俺たち4人を集めたのは装備の確認だけか?」
「いやっ、出立日の確定と各種ルートの確認もある」

いよいよだ、とコルトは気が引き締まった。
4人にアシュバート、他に隊長達が近場の天幕に移動すると、中央に置かれた無骨な机の上に壁周辺の落書きのような地図が置いてあった。西側はほぼ真っ白だ。
等高線がなくざっくりと地名だけが書かれたものだ、これでは地形が分からない。
だが軍の人たちは全く気にしていない。

「出発は5日後の早朝を予定している。出国ルートだが、そちらの2名は入国時と同じく目隠しの状態で犬ゾリに乗ってもらう」
「機密情報ですからね、仕方がありません」
「コルトくんとルイは前回同様に2番隊について例の経路から出国し欲しい」

という事は軽い山登りだろう。
めったに経験出来る事ではないが、舗装されていない山道はしんどいのだ。
さらにアシュバートの見送りも今回はないそうだ。

「合流地点はここだ、出国後のルートについてだが」
「それはわたしがいたしましょう」

ハウリルは説明を引き継ぐと駒をいくつも地図の上に置き始めた。

「先ずはアンリさんの村のさらに北のルートを通って西の港エータスを目指します。そこからは船で西大陸に渡る予定ですが、どの港の船になるかは現地についてみないとわからないですね」
「定期便とかないんですか?」
「ありません。海流、風、風属性の人や魔術が使える教会の者の人数によって航路が左右されるため、現地についてみないとどこ行きかわからないのです」
「おいおい、魔力はお前ぇらのほうが一日の長があんだろ?なんでまともに船も動かせねぇんだよ」

ルーカスの問いかけにエータスに当たる駒を北に置き、対岸に4つ駒を置いているハウリルが困った顔をした。
代わりに答えたのは軍の人だ。

「海流に逆らえるような船をつくる造船技術が無いのでは?金属資材も南部はほとんど産出しないと聞いている。元々素材は全て共鳴力で生み出してたものだ、それを捨てたんならそうなるだろう」
「そこまで分析されるとは、困ったものですね」
「文明を捨てると決めたのはそちらの先祖ではないか?」
「………困ったものです」

口では困ったと繰り返すハウリルだが、口ほどにはあまり困っているような印象は受けなかった。
コルトは少し首をかしげた。

「とりあえず、わたしがいるので1番遠い港ということにはならないと思います、大体どこでも2,3日もあれば着くはずです。それにどこに着こうがルンデンダックへの道のりの難易度はそこまで代わりはありませんよ」

またいつも通りのニコニコとした表情に戻ったハウリルは、地図をどかし4つの駒の位置をずらすとそこから離れたところに駒をまとめて一箇所に置いた。
大きな街を表しているのだろう、そしてそこが教皇庁のあるルンデンダックであることも。

「随分と離れているな」
「西大陸はこちらの東大陸よりもかなり広いですからね。それとなるべく広い範囲を監視するために中央部に設置したのでこうなりました」
「てぇとあれだな、主要な陸地の東西の幅は南とあんま変わんねぇ感じか」

駒の位置関係を見ながら何やら一人納得顔なのはルーカスだ。

「東から西の長さはあまりそちらとは変わらない、と?」
「東がもっと西にずれてるとかはあるが、陸地の長さはあんま変わんねぇんじゃねぇかな。まぁこっちはもっと小大陸が集まってるみてねぇな感じだが」
「ルーカスは魔族領の地形を全て把握しているのですか?」
「ざっくりとはな」
「おっ、じゃあ地面が球面上であることは理解してるか?」
「知ってるぞ、当たり前だろ。南に行くほど1周の距離が縮むからな、実体験としても分かってるよ」

その言葉にアンリがはっ?という顔をした。
そして口をパクパクとさせ、地面はまっすぐだろ!?などとつぶやいている。
場の空気が空気なので大きな声が出ないらしい、なのであとで説明するねと言って、とりあえずこの場は諦めてもらう。

「そういやお前ら船出せんならわざわざ山越えしなくても、そのまま東に船を出せばいいだろ?なんでそうしないんだ」
「出せるなら最初からそうしてたさ。残念だが今の我々でも東から船を出して陸地に到着させるのは無理だ。なんせ300キロ進んでも陸地1つ見えんからな」

調査船を何度か出してはいるが今の所ほぼほぼ成果がない上に命がけだ、実際に過去に何隻か帰ってこなかった。
分の悪い賭けというか賭けにすらならない、ただ命を捨てに行くようなものだ。

「あぁやっぱ結構距離あんのか。俺も一回南で試した時に全然陸地が見えねぇからやべぇと思って諦めたんだよな」
「どこまで南下したら1周出来た?」
「半分よりももっと南だな」
「なるほど……。その話、もっと詳しく聞ければ瀑布の両岸の距離も分かるかもしれないな」
「思ってるよりは短いと思うぜ、俺の感想だけどな」

そこで話がそれていると軌道修正が入った。
だがすでに大まかなルートの確認は終わっている。
なのでルート周りについて確認したい事はあるかという話になったが、誰からも疑問は出なかった。
なのでこの場で解散となった。
着ているものは出来れば当日まではしまっておいて欲しいとのことなので、恐らく全員一度部屋に戻る事になるだろう。
コルトもアンリに先程の説明をしたい。
なのでアンリに声を掛けて外に出ようとすると、アシュバートに呼び止められた。
そして何か小包みを手渡される。
とても軽いものだ。

「本当は出発直前に渡したほうが良いのだろうが、荷造りもあるだろうからな。もし仮に君が彼、ハウリル殿の兄という教会の偉い人物に会うことがあったら渡してくれないだろうか」

それならハウリルから直接渡してもらったほうが確実だと思うのだが、いいのだろうか。

「それでは意味が無い。それには陛下からの親書の予備と、こちらからの追加支援の目録が入っている。ラグゼル出身の君にも偏見無く会ってくれるような人物であれば、こちらも安心出来るからね」

陛下の親書という重要なものを渡されてしまいコルトは狼狽えた、責任重大である。
今回はハウリルの助言もあり、前回よりも荷物が増えたのだ。
それなら確かに荷造りで落とさない奥の方かつ潰さないようにしまいたいので、予め受け取っておいたほうがありがたい。

「すまないな、よろしく頼む。君だけが頼りなんだ」
「!!……はい、任せて下さい!」

君だけと頼られて嬉しくないわけがない。
コルトは半分小躍りしながらアンリと合流すべく天幕を出るのだった。
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