神がおちた世界

兎飼なおと

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第56話

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ルーカスが悶々としているころ、クルト達と2班についてきたコルトとアンリは先導されながら森の中を歩いていた。
軽い気持ちでこちらについてきたのだが、候補地がそこそこ離れているらしく泊りがけになると聞いて早くも帰りたくなっていた。
だがさすがにそれを表情に出すわけにもいかないし、なによりクルト達が目に見えてワクワクと元気に飛び跳ねているのだ。
個人的などうでもいい事で水を差すわけにはいかない。
なので無心でひたすら歩いていると、アンリがひそひそと話しかけてきた。

「お前、内心帰りたいと思ってないか?」
「そっそんな事、思ってないよ!?」
「ウソつけ、思ってたな」
「…だってそんな遠いとは思わなかったんだよ」

あっさり白状すると、アンリはしょうがない奴だなとため息をつきながら苦笑した。
それから前方を歩く2班を見ながら腰や手に持っているのは何かと聞いてきた。
銃の事を言っているのだろう。
確かにこちらには無いものなので、一見しただけでは分からないかもしれない。

「銃って言って小さなゴムの塊を高速で飛ばす武器だよ」
「ゴムってなんだ?」
「えぇっと、弾力があって、硬いような柔らかいようなもの?」
「そんなもので殺せんのかよ」
「もちろん違うよ。殺すためじゃない、相手をそれで気絶させるんだよ。当たると普通に痛いらしいからそれで気絶させるんだ」
「それ意味あんの?」

さっぱり分からないというアンリにラグゼルでの使いみちを説明しようとすると、私が説明するね!と突然背後からアンリと一纏めに抱きつかれた。
揃って驚きの声を上げて振り向くとそこには何度か見たことがある4番隊の女性の顔があった。

「ラディー!?」
「正解!アンちゃんの師匠のラディーお姉さんよー!アンちゃんがこっちって聞いたから交代してもらいました」
「良いんですか、そんな現場判断で配置換えなんてして」
「大丈夫大丈夫!ちゃんと班長にも報告済みで許可もらってるの。それよりー」

と、一呼吸置いてコルトの両頬を両手で抓って引っ張った。
謂れなき暴力に抗議の抵抗をするが、女性とは鍛えている軍人相手に軟弱を絵に書いたようなコルトでは相手にもならず、一頻り頬を右に左に上と下といった感じでグニグニされた。

「酷いじゃないですか!」
「この程度で済まされた事を感謝して欲しいな、コルトくん。あんまりこっちの軍事情報を漏らして欲しくないのよ。君も開発研究室に出入りしてたのよね?余計な事まで喋られる前に止めに来たの」
「あっ……その、ごめんなさい」
「次から気をつけてね」

素直に謝るとあっさりと解放してくれた。
そして、

「コルトくんが喋っちゃったから色々訂正するけど、ゴム弾で気絶ってのは警邏隊が装備しているもので、私達が持ってるものは違うのよ。本来の金属製だから当たりどころ悪いと普通に死ぬよ」

ニコニコと恐ろしいことをラディーは口にし、太ももにくくりつけられたポーチから予備弾丸をホラッと見せてくれた。
鈍く光る冷たいそれは間違いなく金属製の弾丸だった。
記憶が確かなら数ミリの鉄板くらいなら簡単に貫通すると聞いた事がある。

「命のやり取りにするのに確実性の無いものなんか使わないよ」

一発で気絶するかも分からないものよりかは、当たれば確実に負傷させられるもののほうが効率が良い。
さらに魔物ともなれば気絶を狙うなんて悠長なことを言っているどころではない。
そんなものを何食わぬ顔で全員が持ち歩いている事にコルトはビビったが、いまいち理解出来ないアンリは分からないという顔だ。
そもそも魔法を使ったほうが早いという話である。
魔術も使えればさらに幅も広がる。
それに対して魔力が多いからそう思うだけとラディーは答えた。

「銃って元々無魔の人達が魔力持ちと一緒に戦うために開発されたものなのよ、どうしたって肉体的に劣っちゃうからね。隣に並べない代わりに後方も攻撃に参加出来るように作られたものなの」

そのため当初は狙撃を目的としたものが主流だったのだが、70年前に無魔を前線に出すことへの反対運動が激化した結果表向きには無魔の前線配備も、無魔の使用を前提とした銃の開発も中断してしまった。
とはいえ、無魔が使って便利なものは当然魔力持ちが使っても便利なので、今度は近距離で魔力持ちが使用する目的のものの研究開発が進められ、その過程で殺傷性を極限まで削ぎ落として警邏も使用できる拳銃型などが出てきた。
ちなみに魔力持ちが使用する場合は、弾丸に各々の魔力を込めることで属性を付与した弾丸を射出出来るようになり、現在は魔術を組み合わせたものの開発が進められているが、こちらは弾1つ1つに魔術式を組み込まなければいけないため、コストがアホのように掛かるという事で現在開発が見合わされている。

「ふーん、なんか遠くから攻撃出来るのは斧とかよりも便利そうだな」
「便利なのは便利なんだけどね。やっぱり弾丸を持ち歩かないといけないのがめんどくさいかな、弾切れしたらただの荷物だし」

その点で言えば、共鳴力が使える無魔は有利だ。
己の体力と精神力が持つ限りはその場で無限に弾丸を生成出来るため、生成コストが小さい弾丸では実質弾切れがおきない。
実際に軍内部では魔力持ちよりも圧倒的に練習量を重ねられるため、射撃の技術力の上位層はほとんど無魔が占めている。
リロード時間を嫌がって、弾倉の中に直接生成し続けて連射する変態、もとい猛者までいる。
そのため、調査部隊の人員選考でも魔力持ちのほうが街中調査は有利だが、鎧が使えないためいざ戦闘になった場合を考えると無魔もいたほうがいいという事になり、部隊の半分は無魔だ。
初期調査では壁から大して離れないという事も加味された。

「魔物はともかく人間相手ならとにかく便利なのよね、使う状況にならない事を祈ってるわ」

そしてこの話はおしまいと2人の背中に手を当てると、前方集団に追いつかんとばかりにグイグイ押し始めた。
追いついた前の集団ではクルト達が2班の面々とどんな村がいいか、何が欲しいかなど色々希望を語り合っていた。
最初はかなり警戒していたクルト達だったが、色々喋っているうちに大分慣れたらしい。
大人しく手を繋がれたり、肩車をしてもらったりとかなり嬉しそうだ。

「地下に秘密基地を作るんだ。そこには村を守るための大切なものを色々おこう、外の人には教えちゃいけない内緒の場所だぞ」
「なにそれすっげー!おもしろそう!」
「しかも中は迷路にしておいて、正解の道は俺達しか知らないんだ。いいだろ!」
「うおおおおお、すげぇ!なにそれ早く作りたい!」
「はっはっは、おじさん達と頑張ろうな!」

など、かなり盛り上がっている。
だが盛り上がっていたのは最初の1,2時間で、さすがに歩き疲れたのかそのうち全員が2班に背負われて眠ってしまった。
目的地についたのは夕方ごろだった。
大分日も傾いていたため今日は川岸でキャンプとなり、本格的な探索は明日という事になった。
キャンプとは言えテントを張るわけにはいかないので、いい感じに平らな石を運んで積み上げて風よけを作り寝袋をおける場所を確保するだけである。
そしてどうやら先行していたらしいメンバーが仕留めてきた魔物の肉を焼いていると、クルト達がモゾモゾと匂いにつられて起きてきた。
そして久々にお腹いっぱい食べたせいか、そのまますぐ寝てしまう。
コルト達はそんな彼らを寝袋まで運ぶと、守るように自分達も付近に寝袋を敷いた。
警戒は2班が交代で行うのでコルト達は気にせず寝ててもいいとの事だ。
そんなわけで地味にかなり疲れていたコルトは遠慮なくその日はぐっすりと眠りについたのだった。





翌日、コルトが目が覚めるとすっかり辺りは日が昇りきっていた。
慌てて飛び起きると既にみんな活動をしていて、アンリが狩られた魔物の解体の仕方を2班の一部に手ほどきしていた。
寝坊を謝り起こしてほしかったというと、最近まともに寝れてなかったし人一倍体力ないんだから、寝られる時に寝とけと正論を言われてしまう。
ついでに何か手伝える事はないかと特に無いと素気無く言われ、余計に申し訳がない。
あまりにも不甲斐ない無いのでみんなの装備品の整備を申し出た。
すると、長期で本国に戻れないためありがたいと喜んで任せてくれた。
銃は専門外だが近接武器も当然持ち込まれているので、ギリギリの役立たず回避である。
しばらくすると昼食の支度が整うとともに朝から元気なクルト達が両手に魔物の素材を抱えて帰ってきた。

「付近の魔物の巣の掃討は粗方終わったと思われます」
「所感ですが、普通の動物っぽいのは銃で殺せるんで無魔でも対応出来ます。硬い外皮を持ってる虫っぽいのとか、あと弱点が良くわからない植物型はキツイですね」
「虫は力任せにぶん殴るのが一番早かったな。植物は燃やすのがいい、逆に水はダメでさ、私は相性最悪なんだよな」
「なるほど。意外と見た目通りの対応でいけるのね」

軍支給の野戦食と魔物の肉を食べながらアンリと2班は魔物の対処法について語り合っている。

「ところで開拓場所はもう決めたのか?」
「いやっ、もう少し考えたいところだ。彼らの希望はなるべく叶えたいからな」

と視線をよこした方向には骨付き肉を持って走り回り、2班の大人に怒られているクルト達の姿があった。すっかり託児所のような雰囲気になっている。
アンリが意外そうに適当に流すかと思ってたと言うと、自分たちの村という自覚が強いほうが都合がいいらしい。
どの辺りの都合がいいのかは分からなかったが、お互いにメリットがあるならいいんじゃないかなと流した。

「そういうわけで悪いな嬢ちゃん。折角ここまで来てもらったけど、今日明日じゃ参考になりそうな事はなさそうだ」
「……まぁしょうがないよな。よく考えればそんな簡単に決まるわけないし」

アンリは多少残念そうにしてはいるが、すぐに気持ちが切り替わったらしい。
ここまで来たので他に何か手伝えることはないかと聞いてみると、引き続き魔物について色々教えて欲しいようだ。
コルト達がここに来る前、魔物との戦闘中に攻撃の当たりどころが悪く溶解液が辺りに飛び散って酷い目にあったらしい。
それもあって銃をメイン運用していたようだが、弾丸の消耗も馬鹿にならないので倒せるならなるべく近接武器を使いたいのだ。
ちなみに武器に魔力を通すと魔物の損壊が激しくなり、食用にも研究用にも残念な感じになる。
小型の魔物ばかりなのもそれに拍車をかけた。
なのでなるべく手早く綺麗に倒すためにアンリに教えを請おうという訳だ。
普段大人から教えられてばかりのアンリは、自分が教える側になるという事で少し上機嫌になった。
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