神がおちた世界

兎飼なおと

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第59話

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ラグゼルの調査部隊の拠点を飛び出したルーカスは、上空を高速で飛行しながらどうしようもない焦燥感にかられていた。
普通に考えればアウレポトラなどほっとけばいいのだ。
ルーカスには奴らがどうなろうが関係が無いし、亜人と軍勢がラグゼルの近くまで迫ってきたところで、恐らく彼らの兵器を用いれば殲滅はそこまで難しくはない。
それは頭では分かっている。
だが、心の奥底。
本能とでもいうべき場所が一刻も早く亜人共を殲滅しろ、滅ぼせ、認めるなと命令するのだ。
前回アウレポトラで亜人の胎児を見つけた時には全く抱かなかった感情だ。
実を言うとルーカス自身は生きた亜人を見たことがない。
幼い頃に発生したと大人たちが騒いでいたのを覚えているだけだ、しかもその当時は何が起きたのかすらよく分かっていなかった。
にも関わらず、現在体全体が亜人を殺せと警告している。
自分が何か知らないものに支配されているような感覚がしてそれに少し恐怖を覚えた。

──マズイな、日が暮れてきた。

衝動の赴くままにハイスピードで飛んでいるが、それでも日の沈む速度に敵わない。
さらに雲も出てきて悪い視界がさらに悪くなっている。
ルーカスは迷った。
植物型であれば夜は活動が少し収まる。
それなら攻めるには絶好のチャンスだが、同時に自身も視界が悪くなる事を意味する。
竜種のため多少は他の魔人より夜目が効くが、相手が亜人であれば何が起きるか分からない。少しの油断が死を招く。
過去そうやって何人も議席持ちが物言わぬ肉となったのだ。

──だがあいつらを待ってられねぇ。次の日がまた暮れちまう。それはダメだ、どんだけ喰ったか知らねぇが、これ以上日も人もやれねぇ。

時間をかけ他の種族を捕食するほど強くなり、そして同族を生み出す亜人。
さらに植物型は動きが遅い分、日の光からでも自力で強化が可能だ。
今は雲が出てきているとはいえ明日がどうなるかは分からない。
どうすると考えながら飛び続けていると、無数の魔力が探知範囲に入ってきた。
高度を下げると眼下では木々をなぎ倒しながら魔物の群れが進軍する様子が見て取れた。
ルーカスは一度停止すると目に魔力を集中させる。
【竜眼】、普段は閉じているそれを魔力で開く事で、普段は見えない魔力をサーモグラフィーのように見ることが出来る。
それで確認すると、魔力集団の先頭を人型の生物が逃げるように走っている。
そのうちの何人かが隣の見えない何かをかばうような動きをしていることから、恐らくラグゼルの調査隊だろう。だが大分魔力が薄い。

──どうする、ほっとくか?

無視しようか迷ったが、体のほうはそれよりも先に助ける方に動いていた。
属性変換していない純粋な魔力の塊を魔物の群れの真ん中辺りに向けて発射すると同時に、自らは彼らと魔物の間に魔物の攻撃を吹き飛ばしながら飛び込んだ。
突然の乱入者、そして後方での爆発と仲間の大量死。
魔物は混乱し動きを止めた。
と同時に守ったはずの後方からも悲鳴が上がったが、殺意と躊躇もなく近寄ってくる者もいた。

「ルイ…ルイか!ありがとう、助かった!」

振り返ると調査隊が額に大粒の汗を滲ませながらこちらを見ていた。
その後ろでは調査隊の面々と、例の逃げてきたアウレポトラの住人と思われる者たちがこちらをみながら怯えている。

「魔力も共鳴力も限界だったんだ、来てくれて助かった」
「別に助けるために来たわけじゃねぇよ。亜人がいるっていうから向かってる途中にお前らがいただけだ」
「それで構わないさ。お前はこれから亜人のほうに向かうのか?」
「あぁ、ほっとくわけにはいかねぇからな」
「そうか、すまないが俺達は手助け出来ない」
「気にすんな、さっさと逃げとけ」
「すまない、お前も気を付けてくれ」

ものの20秒の会話だったが調査隊を見送ると、再び前方の魔物の群れを見据えた。
先程まで自分たちが追いかけていたものと同じ姿をしているが、明らかに異質なその存在に魔物は攻めあぐねている。
ルーカスは偽装体を解き、普段は抑えている魔力を一気に解放する。
すると、魔物も目の前の存在が魔族である事に気が付いたのか、先程よりも明らかに興奮し始めた。
自分たちよりも格下の相手を数を使ってなぶっていたと思ったら、突然その数を蹂躙する一個体が現れたのだ。
魔物の中には静かに下がって逃走しようとするものが現れた。
だがルーカスはそんなことは関係無いとばかりにノーモーションで魔力を迸らせ辺りに充満させると、炎と雷の複合属性で森ごと消し飛ばした。
己のいた空間ごと魔法で潰された魔物達は何が起こったのかも分からないままその体を消滅させる。
ギリギリ免れた後方の魔物達はそれを見て一目散に逃げ出した。

──数が多すぎる。亜人の野郎、随分食いやがったな。だがこれで時間は稼げた。

ルーカスは飛び上がると、再び亜人を目指して飛行を開始する。
日は完全に沈み、近づくほどに濃くなっていく魔力。
そして、それはアウレポトラの北側の位置にその反応が現れた。
上空から様子を伺うと、アウレポトラの北の壁は完全に崩れ去り見る影もない。
そして無数の魔力の集団の端っこ、位置的には西側に小さな魔物とはまた別の魔力が感じられた。
どうやら夜に乗じて僅かに抵抗している勢力があるらしい。
だがこのまま何もしなければ時期に飲み込まれる。

──……どうせ教会の連中だ。

ルーカスは手のひらの中に魔力を限界まで圧縮すると、それを中央の巨大な魔力、亜人と思われる場所に向けて放った。
それはまるで夜空から落ちてきた星のように瞬きながら真っ直ぐに亜人に向けて轟音を上げながら突き進む。
魔物達が気付いた。
慌てふためきうめき声を上げる魔物達だが、無数にひしめき合っていたため逃げること叶わない。
そして着弾と同時に巨大な爆発が起き、炎と爆風で魔物達は数にしておよそ7割が容赦なく殲滅された。
辺りを土煙が充満し何も見えなくなる。
ルーカスは油断することなく竜眼に切り替えて確認すると、着弾地点、一番威力が高いはずの場所に変わらぬ魔力の塊が視界に写った。

「なんだありゃ!?」

大量に喰った影響かあまりにも巨大過ぎて人型なのか分からない形をしている。
思わず声をあげて驚くと、突然手足を触手に絡まれた。

──クソッ、魔力がデカすぎて見逃した!!

絡まれた触手に振り回されそのまま視界の悪い煙の中に引きずり落とされそうになるが、燃やしてギリギリで逃れる。
だがそのときにはすでに周囲を無数の触手に囲まれていた。
何とか燃やして切り刻んで避けてと対処するが、相手の手数が多すぎてどうにもならず、結局思いっきり叩きつけられ視界の悪い煙の中に叩き落されてしまった。

「ガハッ!…ソがぁ!」

悪態をつきながらもすぐさま砂塵を吹き飛ばして視界の確保しながら、同時にまた迫ってきた触手を吹き飛ばす。
だが、突然地面が揺れると同時に凄まじい勢いで盛り上がった。
慌ててそれを後方に回避し、地面から出てくるそれに視線を向ける。
轟音を上げ、地形を変えながら地の中から現れた目の前のそれは異形の王だった。
全身を蔓状の植物で覆われ頭部に巨大な花を咲かせ、明らかに巨大な植物の塊という外見にも関わらず、顔は人間のように血走った白目の中に赤い瞳を持ち、黄ばんだ並びの悪い歯とねっとりとした口内をのぞかせている。
その身の丈何倍もある巨大な亜人がルーカスを見下ろしていた。
普通の人間であれば見ただけで腰を抜かしてそのまま動けなくなっていただろう。

──地面に潜ってやがったのか!しくった、先に視認すべきだった!!

心の中で悪態をつきすぐさま攻撃に移ろうとするが、不気味に歪む顔面、振り上げられた腕。
それを避けたのはほぼ本能だった。
子供の癇癪のように交互に振り上げては振り下ろされる両手。
それを隙間を縫うようにして回避し亜人の顔面の目の前にくると、巨大な火球を叩き込もうと両腕を上に上げて魔力をためる。
だが亜人のほうが早かった。
頬が膨らんだかと思うと、大量の溶解液が口から吹き放たれたのだ。
マズイと思ったがもう遅い。
全身に焼けるような痛みが走った。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

骨まで溶かすその痛みに雄叫びをあげ、全身の魔力が修復せんと駆け巡る。
修復と破壊が繰り返される肉体。

──ざっけんなぁ!!

認められない、認められない、認めるわけにはいかない。
全身から湧き上がるどうしようもない殺意と怒りがルーカスの思考を支配する。
怒りのままに修復に走る魔力を無理やり火属性変換に回した。
そして溶解液を焼き飛ばし、そのまま燃え上がる体のまま亜人に突っ込む。
亜人の体を爪で切り裂き、燃やし、噛みちぎって進み、突き破った。
体を無茶苦茶に貫かれた亜人の悲鳴が響き渡る。
受け身もとれず地面に墜落したルーカスは再び修復を開始する己の肉体にムチ打って立ち上がろうとして膝をついた。
右足が無かった。
だがそんなものは魔人には関係ない、修復が間に合わないなら魔力で飛び上がるまで。
周囲を魔法で囲み、迫りくる触手を消し飛ばし、亜人に接近すると振り向きざまに巨腕が横薙ぎにしてきたが、体の痛みを無理やり説き伏せ己の腕を突き刺すと、亜人の体内で魔法を炸裂させた。
腕がちぎれ亜人が悲鳴を上げる。
植物の見た目だが、中身は人と同じ肉。
それが血しぶきをあげながら雨のように細切れとなって降り注いだ。
怯んだ亜人の隙きをつき、ルーカスはさらに亜人に接近する。
だが亜人の体の表面が胎動し無数の種子が生み出されると、勢いよく射出され雨のように降り注いだ。
そして地面に突き刺されると同時にそこから植物型の魔物が生まれる。
さらに亜人の悲鳴を聞いた周囲の魔物の群れが、自分たちの王を守るべくルーカスに殺到し襲いかかった。
先程とは違い、燃えようが吹き飛ぼうが切り刻まれようが、己を肉の盾として阻もうとする魔物達。

「邪魔なんだよ!!」

雄叫びをあげながらさらに出力を上げて吹き飛ばし、空いた一瞬のすきで飛び上がる。
未だに腕を失った痛みでこちらを視界に収めない亜人に次こそはと魔力を集中させる。
だが注意が向いていないのはルーカスも同じだった。
視界に入っていなかったもう亜人の残ったもう一方の腕、それが音に紛れて地面に突き刺されていた。
それから伸ばされた触手が地中を伝って背後から現れたのだ。
それに気付いて魔力が放たれるのと触手がルーカスの体を捕らえるのはほぼ同時だった。
放たれた魔力は亜人の顔の半分を消し飛ばす。
痛みに暴れる亜人は捉えたルーカスを力任せに締め付けながら振り回し、そして訳もわからないまま思いっきりぶん投げた。
投げられたルーカスも消耗と直前まで骨が折れるほど強く締め付けながら振り回された影響で限界だった。
なので遠ざかっていく亜人を視界の隅に収めながら意識を手放してしまった。
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