神がおちた世界

兎飼なおと

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第72話

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コルトは地面に刻んだ魔術を消しながら、リビーとアンリの会話を聞いていた。
襲撃者を全員始末出来たらしく、ハウリルとアーリンもこちら向かっているらしい。
始末出来たということは、全員殺したということだろう。
アンリも人を殺したのかなとさらに聞き耳を立てるが、防戦一方で結局合流したリビーが終わらせたようだ。
商人達も無事に一先ずの脅威が去ったと胸を撫で下ろしている。
程なくしてハウリルたちも合流し、一応身元の確認のため死体の元にハウリルとリビーが向かった。
コルトは実際に自分が襲われ、その場の仲間によって返り討ちにしたという事実に複雑な感情を抱いていた。

「お前、なんか変なこと考えてるだろ」

見透かしたように目の前に立ったアンリが言った。

「奴らは私達を殺す気だった、殺さないとこっちが殺されてた。それは分かってるよな」

頷いて肯定した。
殺したくはないが、殺されたくもない。
そしてコルトには両方を成し遂げるだけの力は無い。
分かっている、分かってはいるのだ。
ただ心がついていかないだけで。

──死んじゃったら全部なくなるのに……。

残らなければ意味がない、なくなってしまえば意味がない。
それなのに何故、お互いに奪い合うのか。

「おっ、戻ってきた。ほらっ、いつまでもいじけてないで行くぞ」
「いじけてるわけじゃないよ」

立ち上がりさらに魔術を刻んだ場所を足でこする。
これで魔術の痕跡は消えただろう、少なくともパッと見ただけでは分かるまい。
そして再び歩きの旅かと思われたが、6人なんて規模の襲撃がそう何度もあるとは思えないし、日も完全に登っており夫婦だけで事足りるとのことで、馬車に乗っての移動となった。

「なんかやっと落ち着いたな」
「船で酔って寝たきりからの戦闘ですからね、お疲れさまです」

あの状態からそれほど時間をおかずの命がけの戦闘だ。
本当にお疲れ様としか言いようがない。

「全然攻撃に回れなかったのは悔しいけど、相手の動きにはついていけたんだ。少し自信がついた!」
「ふふふ、今ならオーガも1人で倒せるんじゃないですか?」

オーガと聞いてアンリがビクッとなり、嫌そうな顔をした。
アウレポトラでのことを思い出したのだろう。
あの頃はまだ色々隠し事をしてばかりだった。

「思い出させんなよ、あの時のこと結構恥ずかしいんだ。それよりルンデンダックにはどのくらいで着くんだ?」
「大陸の東寄りなので、のんびり馬車で1ヶ月くらいです」
「1ヶ月かぁ、それまでにまた襲われないといいんだけどなぁ」
「そうですね。襲ってきた理由が分からないので、対策のしようが無いのがつらいところです」
「働かせるために捕まえようとしたんじゃないのか?」
「どうみても行商の列ですよ?肉体労働には向きません、まだ物資の強奪のほうが分かります」

物資の強奪が目的であれば、再度襲われる可能性がある。

「さっきの人達以外にも襲われる可能性ってあるんですか?盗賊とかそういう……」
「無くはないですが、可能性は低いでしょうね。東はルンデンダックに近く教会の目が届きやすいので、ならず者が出てもすぐに討伐隊を編成されるので大体そういう目的では西に流れますね」
「でも西って魔物が強いんじゃないか?」
「その通り、半端な者ではあっという間に魔物の餌になります。ですがそれは裏を返せば、西の不届き者はそれだけ腕の立つ者ということでもあります」

それよりも今は魔物の心配をしたほうがいいと忠告が入った。
西大陸についてからここまでまだ魔物には遭遇していないが、東よりも数も質も段違いらしい。
遭遇しなかったのは、恐らくあの異端審問官6人がうろついていたため、魔物が警戒していたのではないかとハウリルは予想している。

「元々下級が街付きで外に出られないというのは、こちらの基準での話だったのです。下級程度が他所に行こうとしたところで、魔物に殺されるのが落ちですから」
「なんだよそれ。私ら関係無いんじゃん、なんで一緒にしたんだよ」
「教会の都合ですよ。違いを出すとそこをきっかけにどんどん独自性を歩まれて独立される可能性が出てきます。それを防ぐためにも意味がなかろうと全て同じにする必要があったのです」

それを聞いてアンリはぶーぶー文句をたれ始めた。
確かに意味も無く全て同じにするのは合理的では無いし、合わないルールを押し付けられて理不尽を感じないわけがない。

「同じって仲間意識を出すためには重要なんだよ、知らない者同士でも何か共通点があると親近感が湧いたりすることあるよね」
「……それは分かるけどさ」
「まぁいいではないですか。すでに東は変革せねばならないような状態です、あなたの人生の中ではそのルールに縛られている時期のほうが短くなるはずですよ」

そういうハウリルは心なしかいつもよりはずんだ声だった。





それから1ヶ月。
途中3つほどの街に寄り、道中では何度も魔物に襲われながらも誰一人欠けることなく一行は念願のルンデンダックを目の前にしていた。
馬車から降りたコルトとアンリは、口をあんぐりと開けて目の前の巨大な城壁を見上げている。

「うわぁ、凄いね、これ全部石だよ。どうやって積み上げたんだろう」
「お前のとこが別世界みたいだったから、あれ以上のモノはないだろって思ってけど、全然そんなこと無かったわ」
「こんなに巨大な城壁を作って、内側に日がさすのかな?」

アウレポトラとは比べ物にならないほどの規模の城壁に囲まれた都市、ルンデンダック。
数百年に渡りほぼ全ての共族達をまとめあげてきた者たちの中心地である。
城壁の外側をグルッと囲む堀と川が外からの侵入を阻み、中に入るためには四方に掛けられた橋のみ。
城壁の上には絶えず警備の人間が武器を手に持ち魔物を警戒している。

「外縁部は主に警備や討伐員の詰め所になっていますので、あまり日光は関係ないのです」

その声に振り返るとルブランを連れたハウリルが立っていた。
ルブランはやっと安心できるところに帰ってこれたせいか、顔がほころんでいる。

「中に入る前に少し説明いたしましょう」

ハウリルは地面に杖で丸を描いた。
そして内側を東西南北、十字に区切る。

「おおまかにこの4つの区画に分かれています。管理しやすいように分けているだけで、構造としては外側から順に警備や討伐員の居住区、商人たちの区画、一般市民の区画、そしてわたしたち教会の区域となっており、全て同じです。一般市民の区画までは自由に行き来が出来ますが、教会内部は礼拝のため区域以外は基本的に許可が無ければ立ち入りが出来ません。兄の屋敷も立ち入り制限区域にあります」

兄の屋敷位置です、と街の中心部から少し西にずれたところをハウリルは杖でつついた。
中心地はお抱えの商人でも滅多に中には入れず、ルブランも1回しか入ったことがないと零す。

「ここにいる間の活動拠点はこの屋敷になりますが、通行許可証が個人に発行されるまでは屋敷からでないでください。わたしが同行していないと、恐らく不法侵入で問答無用で監獄行きになりますので」
「わかりました」
「どのくらいで発行されるんだ?」
「兄の強権を使っても2,3日はかかるかと。発行されてもあまり教会区域は歩き回らないで欲しいです。何かを探っていると勘ぐられると兄が困るので」
「外は別にいいんだろ?」
「はい、構いません。ですが、慣れない街だと思いますので、あまり1人での行動はおすすめしませんよ」

他に質問はあるかの問いに否を返すと、では行きましょうとハウリルが先導し始めた。
橋を渡るとハウリルが門番に話しかける。
ボッシュという人物はいるかと問うと、しばらくしてガッチリした体型の中年の男性がでてきた。

「おう、ハウリルじゃねぇか!全然帰ってこねぇから死んだんじゃねぇかって心配したぞ」
「幸運にもまだ生きております。それより、連れがいるのですがそちらの方も一緒に中に入っても良いでしょうか?」
「連れ!?お前が!?」

驚いた顔をしたボッシュがコルト達の姿を見ると、さらに目を見開いた。

「そっちはアーク商会の商会長か?それにガキまで連れてるとは、お前子供嫌いじゃなかったか?」
「そんなつもりはありませんが、アーク商会とは魔物に追いかけられている道中に出会いまして、そのまま同行を願い出たのです」

服もあまりにボロボロでしたので変えました、と両手を広げてアピールしている。
相変わらず笑顔で嘘をスラスラ並べる男だ。

「そのお礼に兄へ面を通そうと思いまして、一緒に中へ入ったほうが都合が良いのです」
「お前がフラウネール様になー。いいだろう、どっちみちアーク商会なら通行証持ってるだろうしな。通りな」
「ありがとうございます」

にっこりわらって会釈をすると、さぁ行きますよとハウリルは門の中へ歩き始めた。
コルトもボッシュに軽く頭を下げ、アーク商会の馬車と共に続いた。
中は石畳の道と石造りの家が続いており、多くの討伐員と思われる人達が行き来し大変活気があった。
コルトとアンリは初めて見る石材の家屋に物珍しそうにあたりを見渡した。

「すっげぇ、これ全部討伐員の家か、どのくらいあるんだ」
「石で家を作るなんて凄い、どうやって組み上げたんだろう」
「人力ですよ、魔力があればこの程度人の力で出来ますので。それと、石材なら有事の際はそのまま防御壁として出来ます。実際に使われたことがないので、耐久性がどの程度なのかは知りませんが」

それから少し進むと商業区域と思われる場所に出た。
多くの人が足早に行き交い、至る所で露天の客引きなどの声が上がっている。
見たこともないような品々が売られていて、アンリ共々ついつい視線が向き足が止まってしまう。
その度にハウリルに注意をされ、最終的に後日いくらでも見れますから、と背後に立ったハウリルに背中を押されて強制的に前に進まされる事になった。
そしてしばらく進むと、広場になっているところに出た。
中央に誰かを模しただろう石像があり、その周りが人々の憩いの場になっているようだ。

「ここは東地区でよく待ち合わせに使われる場所です、迷子になった場合もとりあえずここを目指してください」
「分かりました」
「……分かった」

アンリは石像が気になるらしく返事が適当だった。
それを見てハウリルがまた後で念を押さないと呟くと、横からおずおずと言った感じでルブランが一度商会に戻りたいと言い出した。
フラウネールとの顔合わせをするのに身綺麗にしてからにしたいらしい。
ハウリルも長旅で疲れているし、時間に余裕もあるのでそれに同意すると、明日の10時に教会区の入り口に使いを寄越すのでそれまでに来て欲しいと約束し、ルブラン達とはそこで別れた。
ルブラン達の馬車がいなくなり、さらに視界が開けてくるとそれはもう色々なものが気になってくる。
アンリと一緒にあっちへフラフラ、こっちへフラフラしていると、無言でいつもよりさらに口角が上がったハウリルの笑顔が視界に入ってくる。
心なしか纏ってるオーラがドス黒い。
それを見てやっとコルトたちは冷静になった。
2人で謝ってハウリルの機嫌を取りつつ、中心に向かうべくさらに歩く。
商業区域に入ってからだが、中心地に続く道が右に左にとかなり分岐が多く、なかなか中心部に近づけない。
このまま日が暮れるのではないかと心配し始めた。

「討伐員の多い区画はなるべく早く門にたどり着くために真っ直ぐ作っているのですが、商業区からはなるべく時間を稼ぐためにこのように入り組んだ形にしているのです」
「迷子になりそうだな」
「規則性があるのでそのうち慣れますよ」

確かにある程度規則的に道が並んでいるように見えるが、どの建物も似たような外観のためどの道もさっき通ったような気がしてくる。
目指す場所の中心地に巨大な白亜の塔があるので、それでなんとか行き先を見失わないで済んでいるようなものだ。
そしてやっとの思い出商業区と居住区を超えると、ようやく教会区の入り口が見えてきた。
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