神がおちた世界

兎飼なおと

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第77話

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コルトは歴史に興味が持てなかった。
たかが数百年から1000年程度のことだし、それよりも未来がどうなるかとか、どんなものが作りたいかなどのほうに関心があった。
なので、毎度歴史系はドベを這いずっていたのだが、それ以外の科目がそこそこだったりしたのでなんとか面目を保てていた。

「エルデっていうのは私達の旧国名よ、逃亡する前の国名ね」
「なんで名前変えたんだ?」
「逃げてる最中にエルデ王国以外の人達も合流したからよ。代表的なのがソルシエ家ね」
「ほぉ!まだソルシエが残っているのか!」
「貴族に収まってるし研究中心に今も色々やってる。しかも皇太子妃がソルシエの令嬢だ、いずれは王妃だな」

それを聞いたフラウネールが他の枢機卿が聞いたらどんな嫌な顔をするかな、といい笑顔で笑った。

「ラグゼルって言うのは、エルデ王国にいた将軍の名前よ。国を捨てるときに残って戦う事で、王家と国民が逃げるための時間を稼いだのよ。彼がいなかったら間違いなく全滅してたから、現在の礎として名前をもらったの」
「あとはそのままエルデを名乗ろうにも、無視出来ないくらいにはエルデ国民以外もいたから、ならいっそのこと別の名前にしたほうが、結束力が生まれるだろうってな」
「なるほどなぁ!前にハウリルが言ってた関係ないうちらにも決まりを守らせて一体感的な話か!」
「原理的にはそうですが、失礼な気がしますね。それより今の王家はそのエルデ王国から続いている王家ですか?」
「第2王子の直系よ」

当時2人の王子と2人の姫がいたが、それぞれ別方向に逃げて第2王子しか逃げ切れなかった。
というより、他3人の行方が分からない。
800年も前のことなのでどっちみち生きてはいないだろうか、彼らが率いていた民達もその後子孫を残せる状況なのか、それとも……という状況だ。

「出来れば他の王子や姫達の足取りも知りたいんだけど、さすがにそこまで貴方達に頼むのは違うしね。向こうに気兼ねなくいけるようになったらこっちで探すわ」

まずは足場を固めない事にはいくら先の事を考えようと所詮は机上の空論に過ぎない。

「アンリちゃん、この説明で良い?」
「ありがとう。大体分かった」

アンリが礼を言うと、扉が開いてシュルツが入ってきた。
支払いが終わったらしい。
それを時間切れとして、フラウネールは軍人夫婦にも帰宅を促した。

「まだ色々聞きたい事はあるが、あまり長居させて良からぬ妄想をするものが出ても困る」
「他に知りたい事があるなら、実行部隊のコルトくんと協力者の魔人に聞いて欲しい。俺達はあくまでアーク商会の護衛でしかないから、山越えの方法も詳細を知らされてない」
「その協力者はいつ頃こちらに着くのかな?」
「前回ぶっ倒れたときは2週間くらい寝てたけど、今回のあの様子じゃもっと寝てる可能性があるのよね」

とはいえすでに2ヶ月くらいはたつ。
いい加減目覚めていてもいい頃だ。

「予想よりも体の具合が悪いのか、それとも殿下に色々と雑用を押し付けられたか」
「それ言われると後者な気がするのよね」
「アウレポトラがあの後どうなったのか知りたいですね、その情報を持ってきていただけると助かるのですが」

ルンデンダックにはまだ東の状況は伝わっていない。
だが伝わってしまえば大混乱になるのは目に見えている。
そのときにどのくらい準備が出来ているのかで、色々と状況が変わってくる。
いずれにせよ本人が到着しないことには確かめようがないので、子供の移動をどうするかの詳細はまた後日決めることだけ伝えると、アーク商会は帰っていった。





それから数日、コルトとアンリは子供たちの輸送準備の手伝いで忙しかった。
残りの小麦を片っ端から乾パンにするのだ。
食べるのが無魔の子供なため、魔力強化も使えない。
最初の数日は全身が筋肉痛になった。
それを終えると今度はルンデンダックから出るときに入る箱作りだ。
子供5人と大人1人を1つの箱に入れるには、さすがにサイズが大きすぎて怪しまれるため、2つ作ることになった。
さらに乾パンやその他必要なものを入れる箱など、大きさはバラバラだが合計5箱必要だ。
材料は木材だがこちらでは鉄材の釘がないのでどうするのかと思えば、なんと木製品はほとんどが組み木で作られているらしい。
アンリが村で少しやっていたらしいので、アンリの指導を受け悪戦苦闘しながらなんとか完成させることが出来た。
釘があれば楽なのに、と何度思ったか分からない。
そして数日がたち必要な準備を終え、子供5人と選ばれた母親1人がアーク商会の馬車に積荷として載せられ、ルンデンダックを出発していった。
見送ることは出来ないので、アンリとともに屋敷の窓から東の門のほうをみる。
西の空が曇っている事が少し不安だが、彼らの向かう東の空は穏やかな晴天が広がっている。

「無事につけるといいね」
「そうだな。なんとか向こうに渡れさえすれば大丈夫だと思うんだよなぁ」

こちら側は魔物も強いし、まだ異端審問官もうろついているとフラウネールが言っていた。
止めさせられないのかと聞いたが、フラウネールには権限がないらしい。
それに止める理由を聞かれても、正直には言えないし他にふさわしい理由もない。
祈るしかなかった。

「アンリさん、コルトさんもこちらにいましたか」
「なんだよ。今日はもう働かないぞ、休ませろ!」
「もちろんですよ。でも身分証の確認くらいはしませんか?」
「出来たのか!?」

アンリが目を輝かせて早く見せろと催促する。
子供の輸送があったため、軍人夫婦の分の発行を最優先にしたため、2人の分が少し遅れていた。

「諸注意もありますので、まずは兄の執務室に行きましょう」
「これで自由に出歩けるんだよな!」

作業があったので退屈はしなかったが、ずっと屋敷の中で軟禁状態だしいい加減出歩きたくもなる。
あれだけ連日働いたというのにアンリの足取りは軽く、それだけで喜びが伝わってくる。

「兄さん、入りますよ」

執務室に入るとフラウネールが座るデスクの上に、2枚のカードが置いてあった。
アンリの顔が明るくなり駆け寄って自分のカードを手にとった。

「内容に不備はないかな?」

コルトも手にとってカードを見るが、名前の記入がない代わりに見慣れない紋章やマークがいくつか押してあった。

「記名は無いんですか?」
「一応こちらには文字が無いことになっているので」
「……そっか、読めないんだった」

文字で記名したところで読めなければ意味がないし、そもそもその記号の並びに意味があると知られてしまえば、一般に魔術が広がってしまう可能性がある。

「そちらの紋章は兄の紋章です。その身分証が兄の手続きで発行されたことを意味します。発行数が少ないので奇異の目で見られるかもしれませんが、信用度はかなり高いものです。そしてこちらのマークですが、コルトくんはまとめると一般市民を示すマークです、アンリさんは下級討伐員のマークですね」

どうやら細かいマークにそれぞれ意味があるらしいが、短期間のものなので大雑把に一般市民で戦闘員ではないことだけ分かってればいいらしい。
そしてアンリは自分のカードをジッと見つめ、そしてハウリルを見た。

「なぁ…そういえば、私の中級昇格はどうなったんだ?」
「おやっ、忘れてなかったんですね」
「そんなわけないだろ!忙しいのにここで自分の事いうのは空気読めてないって思って我慢してたんだよ!」
「それは失礼しました」

謝ったハウリルはフラウネールを振り返った。
ニコニコしながらやり取りを見ていたフラウネールは、彼女は有望なのかな?と聞き返している。

「実力的にはすでに中級の枠に入っています。壁にて文字も学習したので、魔術の下地もありますし、魔族と共に食料調達の魔物退治もしていたのでそこで色々と魔物の知識も教えてもらったと」
「魔族から直接魔物の知識か、それはいいな!そんなにホイホイと教えてくれるのか」
「アイツあれで面倒見良いから、聞けば割と何でも教えてくれるぞ。それに私も前に同じ事聞いたけど、たかがこの程度って言われたしな」

魔物についていくら喋ったところで、自分の生存が脅かされることはないという自信の現れだろう。

「ハウリルからも色々と話を聞いたが、どうやらその魔族は本当にこちらを侵略する理由を知らないようだな」
「それな、アイツも気にしてるみたいなんだよ。なんも言わないけど、時々なんか考え込んでんだよな。こっちに気付くとやめるけど」
「えぇ、なんかいつも適当な感じで場を引っ掻き回したりするのに?そんなに何か考えるようには見えないけど」
「それはお前がアイツに興味無いからだろ」

興味、と言われると確かにコルトからは無いが、アンリはあるのだろうか。
敵なんだからあんまり仲良くして欲しくはない。
向こうのほうが圧倒的に強い存在だから、油断したところをグサリなんて可能性もあるのだ。

──そうだよ、魔族は敵なんだ。勝手にこっちに来てこの地を荒らして、共族を作り変えてる敵だ。……どうして忘れてたんだろう……思い出したらなんか心が晴れた気がする。

最近変な違和感を覚える事が多くなってきたが、魔族が敵であるという事だけは揺るがない何かがあった。
頭の中心にこびり付いたと言うべきか、それだけは変えてはいけないという確かな確信。
コルトはそれを確かめると、よく分からないが安心というか安堵を覚えるのだった。
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