神がおちた世界

兎飼なおと

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第80話

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魔物がいるという場所は切り立った岩山の上だった。
かすかに聞こえるギャアギャアという鳴き声から、魔物がいるのは分かるが姿が見えない。
アンリは隣に立った青い髪の男に魔物の種類が分かったか一応聞いてみた。

「すまない。結局こちらでは分からなかった」
「気にすんなよ、私も分からなかった。それより、これってどっから登るんだ?」

ざっと見てみた感じ、道などは見当たらない。
まさかこの崖を自力で登るのかと思ったが、そのまさかだった。

「これ登んの!?めんどくさっ!」
「魔物がこっちに都合の良い場所に来てくれるわけないだろ」
「そりゃそうだけどさ…」
「やっぱりお前みたいな女のガキには無理だろ。大人しく田舎に帰るか、あの司教に媚びでも売ってろよ」

結局最後までアンリが相手にしなかったせいか、絡んでいた男達の態度が急変している。
やっぱり小物だったかと思いつつ、とりあえず最低限隣の青い髪の男はまともなのでそちらとだけ連携を気にすればいいだろう。
そういえば名前を聞いていなかった。

「そういや兄さんは名前なんていうんだ?連携すんのに知らなかいのは不便だろ?」
「ファルゴだ」
「私はアンリだ、よろしく」

手を差し出すと、ファルゴは少し驚いた。
そしてアンリは左右の太ももにぶら下げている武器がしっかり落ちないように固定されているか再度確認し、手袋もしっかりとはめた。

「それじゃ登るとするか」
「そうだな」

そして男が崖に近づき手を掛けた。
他の連中はそれをニヤニヤと見守っている。
余計なことをするかなと思いつつ、今のところはただ見ているだけのようだ。
狙われるなら多分自分だろうなとアンリは予想し、魔力を下半身に集中させるとその場で数回軽く飛び跳ねる。

──一気に駆け上がれば、いくらアイツらでも追いつけないだろ。

そして姿勢を低くすると地を蹴り、崖の手前で大きく踏み込んでジャンプした。
そのまま崖を手を使いながら四足動物のように駆け上がっていく。
壁走りのやり方をラグゼルで強制的に体に叩き込まれたのだ。
人工的な真っ平らな壁とは違い、自然の崖は凹凸が多いために勝手が違うが、それが逆に登りやすかった。
あそこはいざという時のために、壁走りが出来て初めて前線に立てるらしい。
撤退時に専用器具が損傷している可能性もあるため、帰還のために必須事項だと言っていた。
それをなんで関係ないアンリがやらされているのか甚だ疑問だったが、今は純粋に自分が生き残るために教えてくれたのだと感謝が出来る。

──下は見ない、上だけを見続ける。あと少し。

そして、頂上につく瞬間に大きく踏み込み高く飛び上がると、斧を抜き取り着地した。
すかさず周囲に視線を回して警戒する。
案の定、一匹の鳥型の魔物が真っ直ぐに襲いかかってきた。
それを横に飛んで回避すると、相手も旋回して羽根を仕舞い再度突っ込んでくる。

──尻尾が長い、体色は緑で大きさは中型。イケる!

アンリは鳥から目を離さず斧を一度しまう。
そしてギリギリで回避すると、相手の尾羽根を両手で掴んだ。

「ギャアァァァ!」

尾羽根を掴まれた魔物はびっくりして叫び声をあげるが、アンリは気にせず手繰り寄せるとその背に思いっきり斧を振り下ろす。
骨の砕ける音と共に魔物はそのまま地面に墜落し、アンリは再度斧を振り上げると今度は頭をかち割った。
これで確実に死んだだろう。

「もう1匹終わったのか。見かけによらず凄いなお前」

その声に振り返ると、崖から上半身だけ出して驚いた顔をしているファルゴがいた。

「でもまだ1匹だぞ」
「それでも凄いだろ。崖を駆け上がったのも驚いたが、初見の魔物を無傷で倒すとか、お前本当に下級か?」
「下級だから試験受けてんだけど」
「真面目に返されると返答に困るな」

困った笑みを浮かべたファルドは、その後すぐ真面目な表情に切り替わるとアンリが倒した魔物を観察し始めた。
なのでアンリも改めて倒した魔物を観察する。
全体的に羽根がとても美しく輝いているが、特に翼と尾羽根の飾り羽が光の反射で七色に輝いており、それだけで装飾品として使えそうな程だ。

──これでココを着飾ったらすっごい綺麗だろうな、持ち帰れないのが残念だ。

「緑美鳥だな。見ての通り羽根が綺麗だから損傷が少ないほど高く売れる、速さはあるが力はないし魔法も使ってこないからそこまで強い魔物じゃない。試験にはもってこいだ」
「ふーん。こんなに綺麗な羽根なら1本くらいすぐ見つかりそうなもんだけどな」
「こいつらの羽根は簡単には抜けない、お前が引っ張っても抜けなかっただろ。さすがに生え変わりの時期は目立つんだが、巣に籠もっちまう」
「なら家畜にでもしたらどうだ?それなら取り放題だろ」
「試したが懐かなかった、しかも凶暴で人間を見るとすぐに襲いかかってくる。おまけに肉食だからな、討伐員じゃないと飼育担当が食い殺される」
「そりゃダメだわ」
「ついでに言うと、ここに長居してるのも良くない」

言うが早いか、ギャアギャアという夥しい数の鳴き声が響き渡った。
振り返ると、十数匹はいるだろう緑美鳥がこちらに向かって突っ込んで来ていた。

「そっちを先に言えよ!!」

アンリは慌てて魔力を足に巡らせると、鳥に向かって駆け出した。
後ろは崖だ。
なるべく距離を稼ぎたい。
急降下してくる鳥の群れをスライディングで回避すると、アンリは手斧からハルバードに切り替えた。
そして繰り返し突っ込んでくる緑美鳥に慣れてカウンターを叩き込み、数匹を地面に引きずり落として処理すると、そのうち警戒して上空から降りてこなくなってしまった。
試しに数発水弾を打ってみたが当たらない。

──なら降りてきたくなるようにしてやるよ。

アンリは緑美鳥に背を向けると巣を探し始めた。
卵か雛か、無くても巣が破壊されれば必ず襲ってくるはずだ。
案の定、アンリが巣の近くに踏み込むと激昂したのか猛烈な鳴き声を上げながら急降下してきた。
アンリはそれを見て思わずニヤッと口角が上がる。

「遅いんだよ!」

振り向いた勢いを武器に乗せて思いっきり叩きつけた。
横殴りの重い一撃。
一撃で絶命するのに十分な威力だ。
アンリはそれに安堵せず、念のため頭を足で踏みつけて周囲を見渡す。

「よしっ、あと何匹だ?」

すると、ファルゴや男たちが残りの緑美鳥と戦っているのが視界に入った。
ファルゴが一匹を締め上げ、他の男達が魔法を放ち弾幕で撃ち落としている。
そして間もなく緑美鳥の討伐が終了した。
アンリは足元の緑美鳥を持ち上げて担ぐと、ファルゴに近づいた。

「お疲れ!」
「おう、お疲れ。お前本当に凄いな、東は雑魚ばっかって聞いてたが」
「師匠?が結構キッツい修行を遠慮なくガンガン入れてきたんだよ」
「やっぱり師がいるのか、上級討伐員か?」
「あー、分かんない。あんま自分の事喋んないから」

壁の悪魔と人型魔族が師とはさすがに言えない。

「そうか。でもそんだけ強いのに自分の事喋らないってことは、こっちで何かやらかしたのかもな」

どうやらファルゴは勝手な解釈で納得してくれたようだ。

「最初は魔力は少ない、体も小さいから大丈夫か?って思ったんだが杞憂だったな。さすがはあのハウリル司教が推薦しただけのことはある」
「……ハウリルのやつやっぱ嫌われてんのか?」
「呼び捨てするとは、豪胆だなお前。嫌われてるっていうか、兄貴が希代の魔力の枢機卿で有名なのに、その弟が特に特徴のないどこにでもいる魔力だからな。俺は外の生まれだが、あの兄弟の噂はこっちの教会でも聞こえてきた、出来の悪い弟を持って兄が可愛そうだってな」
「あれで出来が悪い扱いかよ、腹立つな」
「お前は大分魔力が低そうだからな、あの坊主と比べたらマシだが。お前がこれなら、やつもあれで腕が良いのか?」
「アイツは戦闘はからっきしだよ、魔法打ってもどこに飛んでくかわかりゃしない。でも人が良いから初対面でも警戒されない、性格が悪くて疑い深いハウリルには外面用に丁度いいんだろ」
「……お前もなかなかだな」

どういう意味だとジロッと睨むと、そこへタイミングよく試験官が現れた。
音がしなくなったので様子を見に来たらしく、すでに狩り終わっていることに驚嘆している。
すると、我先にと例の男たちが試験官に戦果を報告し始めた。
その中にはアンリが倒したものまで含まれている。

「うわっ、アイツらマジかよ。ばっかじゃねぇの」

自分の手柄を取られて中級に上がれなければ台無しである。
アンリは倒したのは自分だと慌てて抗議の声を上げた。

「討伐痕みれば私の武器だって分かるだろ!」
「うるせー!ガキはすっこんでろ」
「はぁ?ざっけんな、雑魚が他人の手柄で意気がってんじゃねぇよ!」

腹が立ってガンッと思いっきり武器を地面に叩きつけると、一瞬男達がビクついた。
そのアンリの行動をジッと試験官は見つめ、そして。

「どちらが討伐したとしても、この試験は全員で協力しての討伐です。結果が成功であれば、誰が討伐したのかは問いません」
「……そりゃないだろ」

がっくりとアンリは肩を落とした。
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