神がおちた世界

兎飼なおと

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第89話

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「ってな事をフラウネールが言ってた」

翌日昼食を終えたコルト、アンリ、ルーカスの3人は中庭で顔を突き合わせていた。
そこで聞かされた内容には驚いたが、コルトは思い当たる節が無いわけではなかった。

「一定以上の魔力持ちの人から障害を持って生まれる子供の確率って今の所ゼロなんだよ」
「どういう意味だ?」

アンリとルーカスが意味がわからないという顔をした。
なので無魔の中では極低確率で目や耳やその他いろいろなものが生まれながらに上手く機能しなかったりする子供がいることを伝えると、2人ともそんなまさかと驚いている。
それはそうだろう。
魔族のルーカスはともかく、アンリの村でも最低条件よりも多くの魔力を持っている人しかいなかった。
統計的には生まれる可能性はゼロだ。
そういうことがある事自体知らないだろう。
もし胎児の時点で母体の魔力の影響を受けて、”魔力に記録された状態”を再現するように働いているのであれば、生まれない事にも納得ができる。
それはともかくとして、文字を使わなくても共族みんなが魔術を使えるようになる可能性は少しワクワクするものがあった。

「要するに魔力に命令式を伝達出来ればいいんだよね」
「そうなるな」
「でもどうやるんだよ、共鳴力の使い方なんて私知らないぞ」

それはコルトも使ったことがないので具体的には知らない。
普段魔力が邪魔をして表に出てこない能力だ。
だが魔術を刻む段階でそれが作用している事は確かなはずだ。

「意識的には使えなくても作用している事は確かだから、使う時にイメージする事が一番重要なんだと思う。例えば強く思い浮かべながら魔法を放ってみるとか」
「うーん、戦闘中にできるかな」
「んなこたぁ今はいいんだよ、先ずはやってみろ。出来るようになりゃ、あとは戦闘中でも使えるように体に叩き込むだけだろ」
「それもそうか」

アンリは立ち上がると、5メートル程先を指差し先ずはあそこに水球を出してみると一点を凝視し始めた。
そして全身に力を込めて唸りながら魔力を練り上げるが。

「何も起きねぇな」

10分ほどたっても特に何も起きなかった。

「ぷはぁ…。ヤバい、これ結構キツイ。出来る気がしない」
「一朝一夕にできるものじゃないと思うよ」
「そもそも出来るかどうかも分かんねぇしな。よしっ、俺が見本作ってやるよ」

そう言ってルーカスは小さな水球を地面の上に作り上げた。
それを見てアンリが驚いて大声を上げる。

「魔族は魔術使えないんじゃないの!?」
「使えねぇよ。魔力をあそこまで充満させて発生源を拡張してるだけだ」
「魔力量に物を言わせたってやつだね」
「うわぁ……」

魔族の無茶苦茶な魔力にドン引きをしたが、アンリはすぐに気を取り直すと再度意識を集中し始めた。
見本が隣にあるからか、僅かにその場に水が発生し球形に形作り始める。
そしてほぼ同じ見た目の水球が出来上がった。

「凄いよアンリ!」
「おぉ、やるじゃねぇか!」

コルトとルーカスでアンリを褒め、アンリもそれに得意気に笑った。
だが形を保てたのも束の間で、アンリが気を抜いた瞬間にパシャッと音を立てて水球は壊れ、地面を濡らした。
あぁ、とアンリはがっくりする。

「くっそぉ、維持が難しいな」
「形が出来ただけでも上出来だろ」
「でもこれじゃ戦いには使えないだろ」

アンリはそう言ってうーんと唸り、再度同じ場所に水球を作り始めたが、やはり同じように気を抜くと一瞬で壊れてしまった。
維持する分だけ作り続けていなければいけないらしく、その分消費魔力も大きい。
ハウリルは魔術は魔力の効率が良いと言っていたが、これではとてもそうは思えなかった。
コルトはそれを見てどうしてだろうと考える。
水球自体は指定の地点に出来ているので、命令は正しく伝達できている。
なら足りないものはなんだろうか。

「アンリ、水球を作る時にどのくらいの時間出現するか考えてる?」
「ん、どういう事だ」
「寿命の設定をしてるのかなって。多分作り始めたそばから壊れるのはどのくらい水球を維持するのかを設定してないからだと思う」

めんどくせぇなぁと声を上げたのはルーカスだ。
そこまで瞬時に考えないといけないのであれば普通に魔法として放ったほうが楽だろう、一瞬の判断が必要となる戦闘でそこまでの事を考える余裕があるとは思えない。。
コルトもそれはそうだなと思ってしまった、実際コルト自身も出来るとは思えなかった。
絶対にパニックになる。

「なんか期待して損した感じ?」
「今のところはな。まだお前が未熟ってのを考慮しても、戦況の把握と魔術発動を同時並行で考えんのは無理だろ。クソ司教みたいに後方からぶっ放すタイプならそれでもいいが、お前は前に出る戦い方だしな」

2人は半分諦めモードが。
だがコルトはもう少し何か出来ないかと考える。
出来ないわけがない、ここで諦めたくはなかった。

──もう一回各要素を整理して1つずつ何かないか考えよう、絶対何かあるはず。

まず魔術の発動には共鳴力の情報の伝達能力が必要だ。
コルトは文字と想像以外の分かりやすい伝達手段について考えてみる。
そしてすぐに思いついた。

「言葉として発するのはどうかな?」

すぐに2人がコルトを見た。
文字による術式は刻んだ文字を術者の記憶を通して発動している。
発声も発動者本人の記憶を読み取るはずなので、原理的には可能である。
ルーカスも少し考えていけんじゃねぇか?とアンリにふった。

「うーん、声に出すんだろ?魔力とかどこに込めんだ?」
「普通に声出す時に喉に魔力込めて吐き出しゃいいだろ」
「その必要も無いと思う。発動する意志を持って発声すれば、あとは共鳴力のほうが勝手に魔力に伝達してくれるはず」

共鳴力の存在を知らなくても魔術は使えるのだ。
恐らく無意識でも何かをしようと思いさえすれば勝手に発動する。
アンリはちょっと考え、そして。

「水球!」

そう声を上げると、先程とは打って変わって一瞬で水の塊ができあがり、そしてあっという間に崩れ落ちた。

「おぉ、すげぇじゃねぇか!妙案だな、コルト」

ルーカスに褒められると悪い気はしないが、少し痒かった。
それはともかく、とりあえず発動はしたので方向性は間違ってはいない。
問題は継続時間が短すぎることだ。

「水球の寿命について考えてる?」
「寿命?」
「どのくらい水球を長持ちさせるかってイメージ。すぐに壊れちゃうのはそのイメージが無いからじゃないかな、だから発動意識がそれて魔力の供給が途絶えるとその時点で壊れちゃうんだと思う」

アンリはなら10秒だなと頷くと、再度水球を発生させる。
すると今度はそのままの形を本当に10秒ほど維持してから壊れた。
即時対応が出来たことを褒めるとアンリは少し照れだした。

「この調子なら1ヶ月もありゃある程度はものになってそうじゃねぇか」
「でもちょっと思ったんだけど、戦闘中に何するか叫ぶの恥ずかしいな」
「なら俺も一緒に叫んでやろうか?」
「ないわー、勘弁しろよ」
「おまっ、せっかく人が一緒に恥ずかしさを分け合ってやろうってのによ」
「そもそもお前は魔術使えないじゃん」

2人がワイワイ冗談を言い合い、流れるようにそのまま戦闘訓練に入ったので、コルトは端に避けると、先程のアンリの魔術について自分でも試し始めた。
言葉を発さずに2人からは見えない位置に小さな雷球をいくつも発生させる。

──……出来るだろうなって思ったけど、あっさり出来るとなんかつらいな。

昨日自分が人間の設計図を知っていることを自覚し、それから流れるように断片的な情報を思い出した。
その中には当然共鳴力が何のための力で、何が出来るのかも入っていた。
だから先程ルーカスの話を聞いて瞬時に出来ると思った。

──これで分かった、共族が使ってるのは全部魔術だ。多分魔族が属性放出と身体強化しかできないから、みんなそれに引きずられてる。魔力はそれにしか使えないって思い込んでるからそうとしか使えない。

魔族が純粋に魔力の放出なら、共族は魔力を材料に共鳴力で具現化したものだ。
それなら何故普段から他の物質の具現化が出来ないのかはいくつか理由が考えられるが、一番大きいのはやはり魔力が共族にとっては異物だからだろう。
早く体外に出そうとして優先処理される、だから魔力が枯渇した状態でのみ本来の共鳴力が使えるようになる。

──これを僕が知ってるってことは、件の創造神が僕に直接何かしたんだろうな。胎児の時に改造されたんだろうけど、それならなんでそうしたのか理由くらい記憶に入れといてよ。

色々なめぐり合わせでたまたま運良く思い出して察する事が出来たが、もし壁の外に出る機会が無ければ知らないままだったろう。
そうではなく、これまでに起きたことが全て創造神の仕組んだもので、意図的に外に出るように仕向けられたのだとしたら怒りがわく。
だがそれより今は他に気になることがあった。

──僕が創造神から直接改造された個体なら、魔族のルーカスよりもよっぽど異物じゃないか。

ルーカスも魔族とは言え自然の仕組みによる個体だが、コルトはそうではない改造された個体だ。
これはあの3人に言うべきだろうか。
言わなきゃいけないだろう。

──でも言えないよこんなこと。そもそも誰が信じるんだ、どうみても突然頭がおかしくなった奴じゃないか。

それともう1つ。
単純に怖かった。
武器兵器という抵抗手段を奪っておきながら、魔族の侵攻を見過ごした創造神の関係者かもしれないなどと言えるわけがない。
どう考えてもなんで守ってくれなかったんだと言われるに決まっている。
守っていれば今こんな文明と文化が著しく後退した状況にはなっていなかった。
あの3人にどうして、と責められるのが怖い。
自分が見殺した理由を教えてほしいくらいだ。

──……僕個人に神に会いに行く理由が出来るとは思わなかったな。

どこか他人事だと思っていた。
頼られたから、君しかいないからと、そして好奇心があったからだった。
他人事だから自分のことしか考えていなかった。
だから魔族のルーカスにも突っかかったし、余計な人助けもした。

──最低だ、本当に最低だ。自覚が出るまでそれに気が付かないなんて、クズじゃないか。

コルトは作り出した雷球を全て消滅させると、2人の模擬戦で一部庭が壊れ、ハウリルが激怒の笑顔で走ってくるのを遠い目で見ていた。
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