神がおちた世界

兎飼なおと

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第99話

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「一言で言えば、魔族が生きるためだ」

それは予想以上に身勝手な理由だった。
”そんなこと”のために自分達は蹂躙されたのか。
”そんなこと”のために全てを破壊されたのか
コルトは沸々と怒りがこみ上がり、イスを蹴倒して立ち上がった。

「そんなことが赦されると思ってるのか、自分たちのために共族文明も何もかもを犠牲にして壊したっていうのか!お前らの身勝手な侵攻のせいで何人もの人間が死んだと思ってる。いくつもの積み重ねがなくなったと思ってる。そんなことのために!」

だがそれで怒ったのは相手も同じだった。

「そんな事だと?生きる事がそんな事だと!?何も知らない共族の小僧の分際で、我ら魔族がどういう状況にあるかも知らずにそんな事だと!?」
「お前らの都合なんて共族には関係無いだろ!そっちが攻めてこなければ、こっちは今頃文明の粋を極めてたんだぞ!」
「文明の粋がなんだ。そんなものは全て貴様らの神の知識と管理で効率的に発展させられたものだろうが!そもそもの大本すら借り物をさも自分達の功績のように語るたぁ、随分傲慢じゃねぇか、えぇ!?」
「っ!?」

予想外の反論だった。

──コイツハドコマデ知ッテイル。危険ダ、排除セネバ。

頭の中で猛烈な勢いで外敵を排除せよと何かが囁き始めた。
それは共族を守れと、害悪を滅せよと囁く。
だが害悪はまだ口を開く。

「そもそも貴様らが全てを失ったのは貴様らの神の怠慢と、身内での殺し合いだろう!」

──ソンナハズハナイ、殺シ合ワナイヨウニ管理シテイタ。

そしてここで殺してしまおうか、と考えた時だった。
明確に殺意を抱く寸前で共族の魔族に同意する声が入る。

「共族同士が殺し合ったのは事実だ、魔族の襲撃はきっかけに過ぎない」

その瞬間、冷水を浴びせられたように急激に頭が冷えていく。
コルトは瞠目しながら声のほうを見た、コルネウスだ。
コルネウスは不可解なものを見るような目でコルトを見つめると、再度共族の自滅だと言った。

「だって、そんな…そんなはずがない!」
「何を根拠に否定するのか知らないが……、ハウリル。なんだコイツは」

コルトを指差すコルネウスに、ハウリルは困った笑みを浮かべた。

「コルトくんはその…少々魔族がお嫌いでして…」
「ここまで来るのにそっちの彼と一緒にいたはずなのに、魔族嫌い?よくここまで来れたな」
「えぇまぁ…、道中は途中からは過剰反応する事は無かったのですが……。コルトくん、怒る気持ちは分かりますが少々落ち着いて下さい。ここで争っても得られるものがありません」
「……でも…」
「糾弾するなら情報を得てからでもいいでしょう」
「…はい……」

冷静に叱られてシュンとなってしまう。
するとアンリに腕を掴まれて、再度イスに座らされた。

「お前が怒ってくれるのは嬉しいよ、私だって魔族が来なければって思ったことあるし。でも今は落ち着こう、な?それとも私と一緒に外に出てるか?話ならあとでハウリルにでも聞けばいいしさ」
「…ごめん……、大丈夫……ここにいるよ」
「そうか、でも次は殴って止めるからな」

それはさっき交わした約束だった。

「……ありがとう」

アンリがニッコリと頷いて隣に座ると、それを確認したハウリルが咳払いしてコルネウスとバスカロンに向き直った。

「失礼しました。コルトくんは共族への仲間意識が少々強い子でして」
「あぁ気にすんな。俺もついうっかりガキ相手に年甲斐もなく熱くなっちまったからな」
「お気遣いありがとうございます。しかしまず魔族の話を聞く前に、共族が殺し合ったというのはどういう……。わたしもそれは初耳です」

兄も恐らく知らないだろうとハウリルがつけたすと、それはそうだろうなとコルネウスが頷いた。

「この事実は教会が統治するにあたって邪魔だからな、情報を抹殺した。共族の寿命なら文字という記録手段を奪い、100年あれば歴史なんぞいくらでも書き換えられる。今は当時の英雄の家の者のみが知っているはずだが、正直他家はどこまで伝わっているかは俺には分からん」
「何故そのような情報統制を」
「神がすでに4000年も前から我らに答えず、神子として神事に関わっている者全てが虚像という事実を隠すためだ」

アンリが全身を震わせて息を呑み、ハウリルも表情が固まった。
コルトはそれが何を意味するのか理解できなかった、だが全身から汗が吹き出すのを感じる。
確実に良くない現実があったことを全身が警告していた。

「魔族の襲撃はきっかけだ、本当にきっかけだった。それまで共族は他者への攻撃という手段を徹底的に教えられず、持たされず、与えられなかった。それは外敵の攻撃から身を守る事も含まれる。だが魔族の襲撃で神が我らを守らない事実が知れ渡った。その瞬間共族は分裂したのだ」

本来その状態で”世界”を進行させるなら、外敵からは神が守るべきだった。
だがそれは行われなかった。
人々はそれをどう受け止めたのか。
神の加護が無いと知り、見捨てられたと絶望するもの。
加護が無いことを知っていながら、それを隠していた神子達に怒りが湧いたもの。
魔族が排除されず、また自分たちも助けられないのであれば、神を捨てると宣言したもの。
その他自分では判断できない、行動できない者。
様々に別れた。

「それで…なんで共族同士で殺し合いが始まるんだよ。だって、それまで一緒に仲良く暮らしてたんだろ?」

震える声で疑問をあげるアンリ、落ち着かないのか両手で自らを抱きしめている。
コルネウスはそれに静かに答えた。

「ある者は神は我らを助けない、不要な者と判断した、ならば我らが共族を終わらせると。ある者は己の信じるモノが虚像であると知り、怒りのままに神子を殺そうとした。またある者は、神の支配がないのであれば、自らが新しい支配者になる事を目指した。それまで行動の指針を決めていたものが突然なくなったのだ。統率はなくなり、各々が自らの欲望のままに邪魔なものを排除しようと動き出した」
「あぁ、それはいけません、本当にいけません。秩序という概念が壊れた、とでも言うべきでしょうか」
「そうだ。その中で我ら教会一派は何とか生き残るために再度秩序を構築しようと動き出した、その時ちょうどよく現れたのが……」
「俺ら魔族だ」

コルネウスがバスカロンに目配せし、それに答えるようにバスカロンが後をつなげた。
だが何故そこで魔族が出てくるのか。
共族同士の争いに魔族がしゃしゃり出てくる道理が分からない。
そもそもの原因は魔族のはずだ。

「前提として俺たち魔族は共族を滅ぼすために攻撃を仕掛けた訳じゃない。お前らの神がこっちに神に答えねぇから、起こすためにその”子”にちょっかい掛けただけだ」
「その割にいささか手段が乱暴過ぎませんか?」
「俺らよりも文明が進んでる奴らなのに、俺たちのやる気の無い攻撃を防げないどころか、攻撃の一切を概念から知らねぇなんて思わねぇよ。そもそも俺たちはその為に作られてたからな」
「そちらについても気になりますが…」
「先ずはこちらの話を終わらせたい。教会始祖と魔族の関係だ」
「俺らはコイツらの先祖と取引した。俺らもこのまま共族が全滅すれば、余波で俺らも消される可能性があるからな、それは避けたい。だが俺らも自分らの目標を達成したい、だから魔族を1人”提供”した」
「なるほど、その魔族が現在の教会の神ですね」

それにルーカスがピクッと反応し、バスカロンを睨みつける。
前々から魔族が共族に捕まるとは思っていなかった。
それは正解だったが、真実はもっと残酷だった。

「そうだ。そして魔族の肉体を利用してある計画を始めた、共族の魔族化計画だ」

コルネウスが口にしたその言葉に、コルトは卒倒しそうになった。
理論的に可能なのは理解できる。
でも人為的な生物の改造だ、生理的な嫌悪感があり気持ち悪くおぞましい。
全てを否定された気分だ。

「なんで…なんでそんな事を…、そこまでして神を否定しなくても」
「神を否定したい訳では無い。だが無いものには縋れない。自らを作り変えてでも生き残りたいものはそうするしかなかった」
「………」
「……なるほど、では教会はずっと前から魔族と協力関係にあったという事ですね」
「実はそれがそうでもねぇんだよ」
「………は?」

珍しくハウリルの顔が引きつった。

「協力関係にあるならもっと早くから動いてた。ちょっとこっちの状況が一時的に悪くなってな、様子を見れない時期があった。その間に状況が変わりすぎて、教会連中はすっかり俺らとの事を忘れてやがったのよ」

バスカロンの愚痴にコルネウスはため息を返した。

「500年はさすがに我々には長すぎる、裏切られたと思って話を進めても仕方がないだろう」
「全く面倒な話だ」
「その500年というのは大体いつ頃の?」
「今から1300年前から800年前あたりだ。その時期に破滅信者共の勢力が拡大して、我々教会も耐えきれず山を超えた南部への退避計画が起こり、同時に独立勢力だったエルデ王国も攻勢に耐えきれず崩壊、壁の悪魔が誕生した」

あまりにもあんまりな話だった。
逃げたかった、泣き叫びたかった。
これ以上共族の崩壊の歴史を聞きたくなかった。

──でも…、ここで逃げ出すのは責任から目を背けてる……。

コルトは膝の上に置いた手を握りしめた。

「コルト……」

そんなコルトを心配してアンリが声をかけるが、アンリ自身も聞かされた話に困惑するばかりで言葉が見つからない。

「なるほど、大体共族側のことは分かりました。その後の現在の関係について聞きたいですが、話を戻して魔族側の事情について改めてうかがってもよろしいでしょうか?」
「当然よ。坊もよく聞けよ。これがお前が知りたがってた話だ」

そして聞かされた話も、追い詰められた生物の、後が無い話だった。

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