佐野国春の受難。

千花 夜

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5.

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「えへへ、国春くんと同室で良かったぁ……」
「うん、俺も」
「ほんと?嬉しいなぁ」


 リビングのソファに2人腰掛け、ホッと息を着く。俺の数少ない荷物は既にリビングに運び込まれていて、隅っこの方にぽつんと寂しそうに置かれていた。
 桜花クンの荷物は結構多い。やっぱり仰々しい名前の通り、彼のお家も金持ちなのだろう。

 なんにせよ、桜花クンは「月待金持ち」の人間とは違う。俺も同室になるなら彼がいいと思っていたし、実際運良くそうなった事に肩の荷が降りた気分だった。

 ボンヤリとソファに背を預け、先程寮監に言われたことを思い返す。


『リビング、ダイニング、シャワールーム、他水周りの家電は2人で共有だ。洗濯・掃除は各自でやってもいいが、一応登校時間後に希望者の部屋には清掃員が入る。他人が部屋に入るのが嫌なら本人達で分担するのが吉だ』

 
 自室に桜花クン以外の人間を入れるなんて論外だ。家事は料理以外ならまぁ並の人間程度には出来るし、自分達でやりたい。そのことをぼそりと告げると、桜花クンも笑顔で頷いてくれた。有難い。
 料理は出来ないけれど、食事は売店がある。馬鹿豪華な食堂もあるらしいが、沢山の人がいると聞いて行く気にはなれなかった。それに金掛かるし。

 「月待家」での待遇を余程周囲に知られたくないらしい父親は「学園内での生活は不自由なく出来るよう支援はする。しかし、浪費はするな」と言っていた。売店がある以上食堂は「浪費」になるだろう。この際料理を練習してみるのもいいかもしれない。


「国春くん」
「なに」
「あらためてさ、自己紹介とかしたいなと思って」


 自己紹介。――中学1年生の最初の頃に、一度だけしたことがあるような。俺が首を傾げると、桜花クンは照れたように頬を掻いた。


「えっと……僕は桜花 美月。中学は近所の私立中学に通ってたんだけど、高等部からは『帝華』に通うのが僕の家のルールなんだ。好きなものは桜餅に、わらび餅。嫌いなものはナス。甘い物は基本好きかなぁ。――そのせいでちょっと太っちゃったから今はダイエット中!」
「へぇ。頑張れ」
「うん、ありがとう。……あとは……何か聞きたいことはある?」


 別にない。

 けれど、馬鹿正直に本音を言うことだけが良い事ではないことくらい、流石の俺でも知っている。首を傾げ、適当に「どこのお店の桜餅とわらび餅が美味しいの」と聞くと、桜花クンは殊更嬉しそうに頬を染めた。どうやら正解を導き出せたらしい。
 知らない名前が続々と出てくるので、合格発表の際学校から支給された携帯端末のメモアプリを開き、メモしていく。今後ともお世話になる事はないだろうが、念のために。

 ちなみに俺は桜餅もわらび餅も食べた事がない。そもそも餅もない。バーでは和菓子は出なかった。

 さて、桜花クンの自己紹介が終わったところで、今度は俺の番らしい。別に紹介することなんてないけれど。


「佐野 国春。中学は近所の公立。父親に言われて高等部から『帝華』に入ることになった。好きな食べ物…………は、チョコレートの何か丸い奴」
「――トリュフ?」
「多分それ。嫌いなのはトマト。死んでも食べない。俺も甘い食べ物は基本的に好きだと思う。和菓子は食べた事ないからわかんないけど」
「それ人生の9割損してる」


 そんなに?――確かに、俺の人生「ABYSS」の皆に会えたこと以外ほとんど不幸ばっかりだった。マジか。和菓子があれば解決した?

 なんとも言えない顔をしていたんだと思う。桜花クンはくすくすと楽しそうに笑って「今度父さんが和菓子を送ってくれることになってるから食べてみるといいよ」と言ってくれた。君ダイエット中なんじゃないの?
 まぁ彼は別に痩せなければ不健康な身体ではないから問題ないと思うけど。

 ちなみに、トマト嫌いは初めてトマトクリームパスタを食して全てリバースしたことで発覚した。現物は勿論、トマトの味がする場合は全て受け付けない。ケチャップでギリギリセーフ。


 自己紹介を終えて小さく息を吐く。なんだか無性に緊張した。
 俺の自己紹介をメモアプリにメモしていたらしい桜花クンは、顔を上げてニコニコと微笑む。緊張からの解放もあってか、今の彼は非常に機嫌が良いみたいだった。楽しそうで何より。


「国春くんの事、もっと沢山知れたらなって思う。これからも仲良くして欲しいな」
「……」


 多分、こういう人が人から好かれるのだと思う。本心かどうかはさておき、人に対して優しい感情と言葉を向けられる人。俺には無理だ。
 「家族」以外に優しくされたことがないから、何だか照れ臭い気分だ。首裏を撫でさすり、目を逸らして頷く。かっゆい。


「……うん。俺も」


 そしたらまた、彼は嬉しそうに笑ってくれるのだ。


 俺の顔にも穏やかな笑みが浮かんでいたことを知っているのは、桜花クンただ1人である。



 その後、寮監にアドバイスされた通り「じゃんけん」で公平に個室を決め(後に俺は左希望で桜花クンは右希望だったのでそもそも不要だった事が発覚した)、各々荷物を運び入れた。
 俺の荷物の少なさに、桜花クンなりに察するところがあったのかもしれないけれど、何も言わずにいてくれたのに正直救われた気がする。

 お風呂は湯船に入れて心地良かった。「月待」では水シャワーしかダメだったから、「ABYSS」に戻ったような気持ちだ。
 これから3年間、毎日お湯を浴びれると思うとこの学園に来て良かったのかもしれない。

 でも。


「…………差し引きマイナスなんだよなぁ……」


 真正面に座ってた奴は要注意だ。出来る限り関わらないように平和に過ごそう。
 桜花クンは『帝華学園』にそこそこ詳しいみたいだったから角が立たないように色々と教えてもらおうか。明日。


 今日は、ちょっと無理。疲れた。
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