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13. side.桜花 美月
しおりを挟む「頭痛いだけ」
明らかにそれだけではなさそうな真っ青な顔つきで教室を出ていってしまった国春くん。君は今何処にいるでしょうか。知っていますか。
教室は今、地獄のような雰囲気です。
「ど、どうしよっ……怒らせちゃったよね」
「うぅ、お近付きになりたかったのに……」
なんてヒソヒソヒソヒソと涙目で呟く生徒達に、呆然と固まってしまった弥生先生。先生、きっと今まであんな塩対応された事がないんだろうな……。
挙句の果てにはべそべそと泣き出す生徒が現れ始めたところで、僕は仲裁の為におずおずと手を挙げた。
手を挙げて発言するのは怖いけれど、国春くんは立場とかを意外と気にしてるみたいだったから、今は僕が何とかしないと。
さっき国春くんが僕を守ろうとしてくれたように。
「あ、あ、あの、」
「ーーあ?どうした?」
ビクビクしながらも何とか手を挙げると、弥生先生が整った顔でじっと俺を見つめてきた。途端、教室のお通夜のような空気が「抜け駆け」を見咎める厳しいものに変わる。
平凡な顔立ちの僕を見る、苛立ちと嫉妬の目の数々。あまりにも分かりやすい顔面贔屓に最早ショックも起きない。寧ろ逆に冷静になってきた。
僕は小さく息を吸って吐くと、もう一度弥生先生の目を見て立ち上がる。
「ーーあの、僕は新入生で、彼の同室の桜花 美月と言います。よろしくお願いいたします。彼……国春くんの事で、皆さんにお伝えしたいことがあって……大丈夫でしょうか」
「あぁ、桜花か。よろしくな。で、どうした?」
「もうアイツ、佐野様に取り入ったわけ!?」なんて囁き声が後ろから聞こえてくる。聞こえよがしに言っているのかーーそうじゃないのなら、彼等は秘密話とか人がいるところでしない方がいい。
なんて心の中で皮肉を言ってみるけれど、カタカタと緊張と恐怖に震え出す手は止まってくれない。
あまりにも臆病な自分。
以前までの僕なら、こんな言葉が聞こえてきた時点で口を噤んでしまっていただろう。明日虐められるかも。嫌われるかも。ーーなんて、誰かに脅えて。
でも。
『じゃあ俺、桜花クン見習って行動する』
そう言ってくれた君に、僕も胸を張れる行動をしなければ。
ゴクリと唾を飲み、僕は弥生先生の目を見つめた。
「く、国春くん、多分騒がしい所とか、人の視線が多く集まる場所とかが苦手なんです。自分の話を目に見えるところで噂されるのも……人が自分に関心を持っているのが嫌みたいで」
「……あの顔でか」
「彼、自分の顔に自覚がないというか……頓着してないみたいで……」
僕の言葉に、自分たちの行動の中で思い当たる節があったのだろう。生徒達が気まずそうにヒソヒソ話をやめていった。弥生先生も申し訳なさそうに「悪いことしたか」とこめかみを掻く。
僕は慌てて首を振り、再度口を開く。今回、別に誰も悪くなどないのだ。
だって彼等は国春くんについてまだ何も知らないのだから。
「出来れば、国春くんの視界に入るところでは彼の話をしたりチラチラ見たりするようなことは、出来るだけ減らして貰えたらなって思うんです。勿論彼、見たくなるような顔してるのは分かるんですけど……その、正面切って話しかけた方が、彼にとって楽なので」
「話しかけるのはいいのか?」
「僕も、突然話しかけたけど普通に……愛想はアレですけど……返してくれました。国春くん、自分でも『感情を制御出来ない』って言ってました。イライラするとそれが態度とか体調に出やすいんだと思います」
でも、制御しようと頑張ってるところなので、皆さんにも協力して頂けたら、嬉しいです……。
最後の方は尻窄みになってしまったけれど、何とか言いたいことを言い切ることが出来た。圧倒的な達成感と共に席に着く。
もしかしたら、お節介かもしれない。でも、国春くんがこの学園で少しでも過ごしやすくなるなら、僕は何でもしたい。
「……そうか。教えてくれてありがとうな。助かったよ桜花。お前らも出来るだけそうしてやってくれ。実際喧騒や視線に過敏に反応してしまう人は実際沢山いる。そういった人を常に優先しろとは言わねぇが、配慮の仕方を知っておくことはお前らにも佐野にもいい経験になるからな」
はい!!!といい返事をしてくれる生徒達に、僕の心も少し軽くなる。彼らもまた、悪い人たちではないのだ。
「真宮も、知らなかったとはいえ大勢の前で佐野に話しかけたからしんどかったんだろ。委員会のことは俺達教師はとやかく言わんが、訂正くらいはしといてやれ」
「分かりました。後で直接謝罪もしたいと思います」
「謝罪はまぁ……お前も悪くないから任せるわ」
「ありがとうございます」
弥生先生が担任で良かったな、と思う。国春くんに過度に同情的になることなく、皆に寄り添ってくれるすごく良い先生だ。
国春くんも、この先生の受け持つクラスなら居心地よく過ごせるようになるかなぁ。
「顔合わせ」の時間が終わった後、クラスの皆が僕のそばに近寄ってきては「さっきはごめんね」「勇気あるなって思った」「教えてくれてありがとう」と声をかけてくれた。
それが本心か、僕伝いに国春くんにお近付きになりたいが為かは分からないけれど。素直に受け取って置くことにした。愛想だけでも、こうしてクラスの皆が積極的に関わってくれること自体、以前の僕では有り得ないことなのだから。
それに、見えない悪意を探し出すのはしんどいし、少なくとも僕には、国春くんっていう友達がいる。
「……僕、頑張れたよ国春くん」
僕のしたことはお節介かもしれない。
けど、国春くんなら、ぱちぱちと真っ黒の瞳を瞬かせて「ありがとう」って言ってくれるような気がするんだ。
僕はこの時、まさか国春くんが新入生の僕でも知っている危険人物と2人っきりで話しているとは夢にも思っておらず。
「夕ご飯はご褒美にパスタかな」なんて呑気な事を考えていたのだった。
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