大好きな貴方へ

あか

文字の大きさ
上 下
6 / 8

5

しおりを挟む
ーーーーーーーーーー


あの日、兄が、追放されて。
俺はその事実が信じられなくてーーーフランを毒殺する計画を立てた立案者であるフェイスに、問い詰めに向かった。


『フェイス!どうして、どうしてこんなことを……っ!!
俺はあの人を、追い出したい訳じゃなかった!なのに……っ!!』

『どうして?…そう、ですねぇ』


いつもなら安心するはずの彼の笑顔が、その時初めて、背筋をぞっとさせ。
怖いと、思ってしまった。

『試したかったんですよ、私自身の器を』
『私は貧しい村の出身でした。しかし、顔はよかったので、とある神官の方に見初められて、宮廷に入ることができました』
『必死に勉強しましたよ。侮られたくありませんから』 
『そうしているうちに、私は周りよりも知識を持ち、それなりに人心掌握することができました』
『そんな時に、レオン様のご婚約の話が持ち上がり』
『以前から顔見知りだったアンジェ様のお悩みを聞いて…閃いたのです』



『レオンハルト様を追い出して、アンジェ様に王になって頂こう、と』


『……っ!!』

こんな、酷い話。
兄上程ではないとはいえ、頼りにしていた俺の目が、浅はかすぎたのだ。


『こんなの……こんなの、俺は望んでなんかいなかった!!』


あの人は、何も悪くないのに。
裁かれるとしたら、俺のはずだった。

証拠も残した。
婚約者を奪った罪人として、あの人に裁かれることが。
俺の最後の、望みだった。はず、だった。



『元々私は、レオン様が大嫌いだったんです。あの人は明るくて、誰にでも優しくて…正直、反吐が出そうでした』
 『アンジェ様は生まれは卑しくても、私と同じ、闇を知っていらっしゃいました。…だから、心地よかった』
『けれど、この方はあなたのことをあまりにもお慕いしておりました…ただの人形ではなく、自分の意思を持っていたのです』
『だから、計画いたしました。…これで私は、王でなくとも上にのし上がれる、と』

うっそりと、暗い影を瞳に映して。綺麗な顔のフェイスが、そうのたまった姿が。


今でも、忘れられないでいる。




ーーーーーーーーーー


「…貴様!よくも、よくもロイを……っ!!」

激高した兄上が、フェイスに向かって切りかかる。
けれど、フェイスは身体を仰け反って、防いでみせる。

「その男のせいです……その男が、私達を裏切って、クーデターを起こさせたから……っ!」

そう言って、動かなくなったロイを剣で指し示して激昂する。


「……知ってたよ。そんなこと」

ぽつりと、誰に言うでもなく、俺は独りごちる。

だって、ロイは兄上のこと、大好きだったんだもの。きっと、俺と同じの、好き。
瞳孔が開いて、もうその瞳に光が宿ることの無い彼だった者を、見下ろして。
そして、思い出す。




ーーー俺があのクーデターに協力してるって言ったら、どうする?


それが、あの日の書庫の中での、彼の告白。
最後の、彼との会話だ。
何を思ったか、王の前でとんでもないことを口にした男を。


ーーー別に。どうもしないよ。



俺は、見逃した。


そもそも、ロイが動かなかったとしても、事態は変わらなかっただろうから。
フェイスは賢いけど、平民出身のためか、貴族達への反感がかなり強かった。
だからこそ、貴族達は。正当な後継者である兄上を王にさせるために、あらゆる手を使って市民の不満を増長させたことだろう。

それが、追放されたはずの兄上が、この王都に戻ってくる後ろ盾になっていたであろうから。

このクーデターは、遅かれ早かれ、行われてしまうのだ。
そんな凡愚な王に出来ることなんて、たかが知れていて。

せめて罪のない市民は巻き添えをくわないよう、何かあっても生きていける施設や保証の法整備に、尽力するだけだった。




「ーーーもう、いい。こうなればレオンハルト、貴方の息の根だけでも……っ!!」


追い詰められて、錯乱しきったフェイスが、兄上に向けて剣を前に突き出す。


それは好機、だった。

しおりを挟む

処理中です...