車屋異世界転生記

ライ蔵

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二章 オッサン少女、喧嘩を売られる。2

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 遂に自転車勝負の日になり俺達は王都に来ている。

 無論俺達は負ける気が全くと言っていいほどしない。

 俺は普段通りなのだがアランとおっさん達が悪そうな笑顔をしている。

 今回は俺達、自転車に絡んでいる面子にオヤジ様とヴェルディットのじじいも王都に来ている。

 オヤジ様達は自転車とは別件だ。

 リーザに頼んで手に入れた物を二人に渡すとこれまた悪い笑顔をしていた。

 それをどうやって手に入れたかを二人に聞かれ誤魔化すのが大変だったがな...


 議会の一室を借りて待合室に皆で居るのだが、あの領主のバカ息子のマテウスが俺達の部屋に入ってきた。

 [やあやあ、皆さん。今日でリーンベルでのコピー自転車作りは終わりですね!!]

 あー、コイツ面倒な上にウザイ事この上ない!!!...殺してー。いや我慢だ!!


 [かえれ。]


 あ、本音が出ちゃった。

 俺の本音をマテウスが聞き顔を真っ赤にして怒り狂う。

 [なんだと!?貴様こちらがお前達の事を思って事なきように動いてやってると言うのに!!!よし、決めたぞ!!おい、お前!!お前達が負けたらお前は俺の言うことを何でも聞くことを約束しろ!!それで許してやる!!]

 [許してくれなくても別に良いですよ?]

 どうやら俺の言葉で完璧にキレたらしく俺に掴み掛かろうとするがオヤジ様が割って入る。

 [ジュエル、頭に来てるのは分かるが言い過ぎだ!!頭を冷やせ!!こんなゴミクズ相手にするだけ無駄だ!!]

 お、オヤジ様。俺より言ってることがひどいっす。

 烈火の如く怒っているマテウスが突然ニヤリと笑い言い放つ。

 [もう決めたぞ!!この勝負にジュエル、お前が負けたら俺の嫁に来てもらうからな!!!奴隷と変わらぬ扱いで可愛がってやるから覚悟しておけよ!!!]

 くっくっくと笑いながらマテウスが部屋から出て行く。

 いや、おっさん達、にやにやしないで悔しそうな顔とか不安そうな顔をして下さいよ。そうしないと相手の面白い反応が見れないよ?

 まあ、しかしあのマテウスの自信、もう確信するしかないな。
 絶対審査員を買収してるわ。
 まあそれでも負ける気がしないけどな。

 再びドアが開き、俺達を審査する隣の部屋へと案内する人間が入って来る。

 [では自転車を持って隣の部屋へ来てください。]

 アランのみこの部屋に残り他の者は俺と共に隣の部屋へ移動した。




 審査の部屋に入ると、中央の椅子に5人が座っている。

 俺達は指定された場所に行き、ファンブル商会とリーンベルの領主親子と向かい合う。

 [では早速始めましょうか。]

 モリッツが審査開始の合図を出す。

 [それでは我々から始めさせてもらおうか!!]

 ちょび髭オヤジがにやにやしながら布に覆われた自転車を中央まで持っていき布を剥がす。

 ....目の前にゴテゴテとした装飾が痛々しいシティサイクルが出現する。

 えーっと、どう進化してるんだ?アイツ等の自転車!?

 [我々は自転車の変速を4速から6速に進化させた!!!]

 おお!!っと審査員席から驚きのどよめき声が響く。

 ま、まじか...スプロケットの枚数を増やしてリアディレイラーをそれように調整しただけじゃねえか...。

 [この短期間にこれ程の改良が出来る我々がオリジナルだ!!]

 審査員席から割れんばかりの拍手が鳴り響く。

 こちら側の反応は俺が作った自転車を知っているからか目が点になって黙ってしまっている。

 うんうん、中々演技派だなおっさん達!!

 [では君達の偽物自転車を見せてもらおうか!!]

 自信満々に俺達を指差しニヤニヤしながら元いた席に戻る。

 [では次はリーンベルの方々。]

 モリッツに言われ俺は自転車を中央に持っていき布を剥ぐ。

 [私達の自転車はこれです!!]

 そこには内装式8段を積んだシティサイクルがあった。

 [なんだそれは!!変速機すら付いていないじゃないか!?これはお笑いだ!!そんな物しか作れないのか!!]

 ファンブル商会側の人間が皆でバカにしたように笑う。

 [いえ?これは変速式ですよ?方式が違うだけです。これは内装式と言って8段を積んでいます。誰か審査員の方が確認のために乗って見てください。]

 [では私が。]

 モリッツが自転車に跨がった後、使い方を教える。

 [このダイアルを回して変速してください。]

 モリッツが自転車を漕ぎ出しギヤを切り換え確認する。

 [ほう!?本当に8段ありますね!!他の審査員も確認して下さい。]

 他の4人も自転車に乗り確認して驚嘆の声を出す。

 審査員が乗り終わった後、バラバラにしている内装式の部品を見せて説明する。

 [このように変速機構をチェーンにつけないことによりチェーンが外れたりするトラブルから解消されました。その上ペダルを漕いでいない状態でも変速出来ます。]

 俺は止まった状態でもカチカチとギアを変えて見せる。

 [これはもうどちらが優れているかすぐに分かりますね。では結果は多数決で決めましょう!まずはファンブル商会の方を挙げる方...]

 俺の予想通りモリッツを除く4人が手を挙げる。

 [...え!?ど、どうしてですか!?]

 モリッツは予想していなかったのか驚きの声を上げ戸惑っている。


 [これが結果だよ、モリッツ君!!これで我々の特許状が認められた訳だ!!]
 [ジュエル!これで勝負は着いたな!!貴様はこれから俺の奴隷だ!!]
 [ダグラス君、そう言う事だ。君の娘は貰うぞ!!]

 ちょび髭オヤジとバカ親子が勝ち誇った顔で俺達にそう言い放つ。

 [...モリッツさん。そちらのファンブル商会の方に手を挙げた方々の手を挙げた理由を聞きたいのですが良いでしょうか。]

 [ええ、それは私も是非とも聞きたいですね。ファンブル商会を推した理由を仰ってもらっても良いですか?]

 モリッツに理由が聞きたいと言われ4人は動揺するが、やがて4人の内の一人が口を開く。

 [...リーンベルの新規構の変速機は素晴らしい物があるがチェーン方式はファンブル商会の物と聞いている。我々はそこに重きを置いたのだ。リーンベルもチェーン式を採用している、ならばチェーン方式を採用している事こそリーンベル側もファンブル商会の技術力を認めている事に他ならないだろう!ファンブル商会の勝ちは当然の事だ!!]

 他の3人もうんうんと、頷いている。

 最もらしいこと言ってるがそもそもチェーンを使い出したのも俺達だからな。

 [なるほどですね。チェーンで駆動しているのが問題なのならまだ見てもらいたい物があるのですが宜しいですか?]

 モリッツにそう言うと少し考える様子を見せた後に口を開く。

 [...そうですね...。私としては見たいのですがファンブル商会側はどうですか?]

 ちょび髭オヤジとバカ親子はもう勝ちは揺るがないと思っているらしく嫌みな笑いを浮かべながら[良いでしょう!!どのような素晴らしい物なのか見せてもらいましょうか!!]と自信満々に言う。

 お、乗ってきたぞ!やっぱりバカだなこいつら

 [すみません、あれを持ってきて下さい。]

 アランの親父さんに指示を出すと部屋から出て行き、再び一台の自転車を押しながら戻ってくる。

 [ではこれを見てください!私達の方が技術的にも優れている証拠の品です!!]

 アランの親父さんが持ってきた自転車はシャフト駆動式のシティサイクルだ、これで文句は無いだろう!

 [これはシャフト駆動式です。チェーンは使用していません!それに内装式の変速機をこれにも組み込んでいます。どうぞ皆さんで乗って見て下さい!]

 モリッツ含め5人の審査員は乗った後に驚愕の表情を隠さず、ファンブル商会の面々は目が点状態のアホ面になっている。

 我に返ったマテウスが怒鳴り散らし始める。

 [だがその自転車は美しくない!!装飾などが一切無いじゃないか!!]

 当たり前だろ実用車に装飾がいるかボケ!!




 [お尋ねしたいのですが、どうしてこちらのシャフト駆動の方を先に出さなかったのですか?]

 モリッツが俺たちのシャフト駆動の自転車を眺めながら尋ねてくる。

 [シャフト駆動は部品精度などの都合で部品コストがチェーンよりも高くその分自転車の値段も上がってしまいます。こちらの自転車は売り出す予定が今のところは無かったので審査が終わった後に皆さんにこんなのもありますよと言うデモンストレーションの為に持って来ていたものです。]

 俺がそう言い終わると同時にちょび髭オヤジがヤジを飛ばす。

 [しかし審査の結果、自転車の特許状は我々の物だ!!リーンベルは今後一切自転車を作らないでもらおうか!!]

 うぜえな、そろそろ止めを刺しとくか。

 [モリッツさん、少し確認しておきたいのですが今回の特許状はクエンティド王国の商会にだけ効力があるもので他国の商会を縛る効力は無いのですか?]

 俺の質問にモリッツが答える。

 [ええ、この国の商会のみの効力しかありません。国際特許の場合は各国の担当者とやり取りをして決めなくてはならないですから。]

 ふふん、勝ったな!!

 [では私達、リーンベルの自転車製造に関する知識、職人をイセリア共和国のラザエフ商会さんに全て譲渡します!!その上でラザエフ商会さんから自転車を輸入し販売します!!ラザエフ商会のトルステンさん、どうぞお入り下さい!]

 扉が開き、にやにやが押さえきれないヴェルディットと商人のおっさんが入ってくる。

 実はこのトルステンがあのアルセンスの時のキャラバン隊の商人であり、同時に俺の魔導具のお得意様だ。

 [ラザエフ商会のトルステンと申します。この度リーンベルの皆様から自転車製造の全件を我が商会に頂きました。つきましては自転車製造はイセリア共和国のラザエフ商会製の自転車としてリーンベルで委託生産を行い販売もラザエフ商会製の自転車として売らせていただきます。]

 トルステンが挨拶と共に簡潔にこれからの事を説明する。

 これで俺達、リーンベルはイセリア共和国の商会であるラザエフ商会の下請けって事で俺達にクエンティド国内でしか効力の無い特許法は適応されないってこった。

 [そ、そんなことは不可能だ!!!]

 ちょび髭オヤジの絶叫が響渡る。

 [いえ、可能ですね。...しかもこれでは自転車販売で儲けた金額の税金がイセリア共和国に流出する事になります。これは大問題になりますね。...もうラザエフ商会とは書面での契約は済ませているのですか?]

 [いいえ、この審査が終わり次第すぐにでも契約する手筈になっています。]

 真剣な顔で考えているモリッツがさらに続ける。

 [あなた方、このままでは首が飛ぶだけでは済まなくなりますよ。]

 そうファンブル商会側に着いた審査員をモリッツが睨む。

 [い、いや。我々はシャフト駆動方式で気が変わった!!リーンベルの方々に特許状を出そう!!そうなればラザエフ商会は簡単には手出しできないはず!!]

 買収してた審査員も寝返ったぞ、もう終わりだな!

 [では自転車の特許状をリーンベルに発行します!!]

 モリッツが高らかに俺達の勝利をつげると、リーンベル側のおっさん達がバカ騒ぎを始める。

 [やったぞー!!!]

 [自転車は俺達のものだー!!!]

 舌打ちしながらバカ親子が退席しようとするがヴェルディットが前に立ちふさがる。

 [ちょいと待って、お前達親子とファンブル商会に宰相が用があるそうだぞ。のう宰相!!!]

 扉が開くとその扉から身分の高そうなナイスミドルなおじさまが不機嫌そうな顔でつかつかと入ってくる。

 [貴様ら、この書類についての話をきかせてもらおうか!!!]

 宰相が手に持っていた書類をバカ親子に投げつける。

 領主が書類を拾い上げ目を通すと途端に顔が青ざめる。

 [ば、馬鹿な!!!何故この書類が...!!!]
 [父様!!それは一体何なのですか!?]

 宰相が近くに居る兵士に命令を出す。

 [目障りだコイツらを連れていけ!!後でお前達、審査官にも話がある。終わり次第私の部屋に来い!!]

 それだけ言うと宰相も部屋を後にした。


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